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4話 絶望とひらめき

「すまん! 少しの間、パーティーから抜けさせてほしい!」


 ケンは2人に対してそう告げた。誠意の証なのか頭を低くし両手を合わせる。

 人食いムカデ討伐の依頼を達成した3人は、冒険者ギルドで報酬を受け取りそのまま飲みに行かないかという話が出た時のことだった。

 大槌使いと魔法使いは、驚きのあまり話すことを忘れ互いの顔を一瞥しつつもケンの方を向いた。


「理由を聞いてもいいか?」


 大槌使いの発言に、現時点では大槌使いは反対していないことにケンは軽く安堵し理由を話す。


「ああ、実は妹が助かるためには大金を稼がなくちゃならなくてな。実は効率的な金の稼ぎ方がわかったんだ」


 ひしひしと伝わってくるケンの切実さと本気度。2人にとって、ケンという大切な仲間がパーティーから離れるのは正直思う所もあるのだ。

 しかし、事情も事情。止むに止まれぬ事情だと知り、2人は笑顔でケンを送り出す方向で決めた。


「なるほど、無理にとは止めないが本当に大丈夫なのか?」


 効率的な金の稼ぎ方が何なのかは二人は知らない。けれども、どこか怪しいにおいがするのだ。大切な友人なのだから、心配せずにはいられない。


「大丈夫だよ。問題ない」


 何の心配もないとばかりにそう宣言した。しかし、2人はますます心配に陥る。とはいえ、ここまで自信満々げに主張しているケンを止めるというのは難しいことでもある。

 大槌使いは止める方向で考えていた。しかし、ケンの自信満々な発言を受け、大槌使いは頭を掻きむしるとケンのことを信じることにした。

 ケンは学校時代退学が危ぶまれたが、最終的には無事に卒業した。だったら次もなんとかなるのではないか。そんな考えが二人の間に浮かぶ。


「そう、なら仕方ない」


 大槌使いと魔法使いはパーティーからの離脱に合意してくれた。


「2人とも……ありがとう」


 ケンは2人にお礼を言うと、頭を下げる。そして、早速行動を開始した。

 冒険者ギルドで報酬の良さそうな依頼を何件か見繕うと受付へと向かった。

 どんな方法で金を稼ぐのかと思っていた大槌使いと魔法使いは、大量の依頼書を持って受付へと向かうケンに驚いた。大槌使いも、魔法使いもパーティーを組んでいただけあって、ケンの実力は把握している。

 実際、Bランクというそこそこ高い地位にまでありつけているわけだが、やはり限界というものは存在する。大量の依頼を受けることは、無謀ともいえる選択だった。

 しかし、ケンは二人に目もくれずに受付嬢であるリンの前に大きな音を立てて依頼書を置いた。


「こ、こちら全部ですか? 冒険者ギルド規則では依頼を受諾したにも関わらず、取り掛かろうとしない場合罰則がございますが本当に大丈夫でしょうか?」


 依頼書を全て奪っていった冒険者が結局実行せずに周囲に損害を与えないためにも、その辺のことは規制されている。最悪冒険者ギルドへの出入り禁止という処分が下されることもあるのだ。


「ん? そうなのか。でもまあ大丈夫です」


 そのことをケンは知らず、驚いてしまったが特段問題はない。なにせ、裏冒険者ギルドの力を使えばどうにかできるというは絶対的な自信があったからだ。

 そのあまりにも自信に満ちた表情に、リンは納得せざるを得なかった。


「畏まりました。ケンさんが受諾ということで」


 大量の依頼書にギルドから受諾されたという証の印鑑が次々と押され、ケンはそれらを受け取る。


「あの、本当に大丈夫なんですよね?」


 不安になった受付嬢が立ち上がりケンへと迫る。

 冒険者が依頼を未達成の場合担当した受付嬢も社内評価が下がるのだ。心配しないわけがない。


「ええ、失望はさせませんよ」

 

 ケンは意気揚々にそう告げると、裏冒険者ギルドへと向かった。



 家の近くにある、裏路地を少し歩いたところにある一見すると酒場にしか見えない裏冒険者ギルド。あまり正規の冒険者には知られていないようで、人の出入りは少ない。

 早速扉を開けて中に入ると、女将がすっかり見慣れてしまった客に声をかけた。


「いらっしゃい……。またあんたか。最近良く精が出るね」


「ああ、お陰様で。早速だが利用させてもらいたい」


 ケンは、女将に対し依頼書を見せると報酬である1万4千ベラを置いた。

 裏冒険者を見繕いに行こうとするケンに、女将はケンの腕を引っ張り静止させた。

 何事かとケンが思っていると、女将は依頼書をケンの目の前に突きつける。


「あんた、計算間違ってる。この依頼書の合計なら1万5千ベラだ」


 女将は、依頼書に書かれている報酬金額の所を指さした。

 しかし、計算が苦手なケンはイマイチよくわかっていない。


「え? ああ、そうなのか」


 とはいえ、女将がそう言うのだ。だからそうなのだろうと思いケンは支払うと、酒場の奥でバックギャモンをやっている裏冒険者たちを見る。

 いかにも反社会的勢力というような顔こそ多いが、一応生真面目そうな者もいる。


「そうだね……この依頼なら彼だな。薬草採取もモンスター討伐もお手の物だよ」


 女将に薦められたのは、顔に古傷が入ったいかにも歴戦の戦士といった風貌の者だった。

 Sランク冒険者になるとではと囁かれていた時期もあったが、自身の不手際により仲間が死亡。その精神的にショックで、立ち直らせようとする受付嬢に暴行してしまったことから裏冒険者となったようだ。法律上は時効が成立したのだが、冒険者ギルドは出禁。今では受付嬢に当たってしまったことを深く後悔しているのだという。

 そのことを道中聞き涙ぐんでいるケンに対し、その冒険者は補足とばかりに付け加えた。


「いいか、下手にリスクを打って出ようとするな。せめてもの忠告だ。こんなおっさんのことが嫌いでも、これだけは覚えておいてくれ……」


 ケンには、すごく大事なことを伝えているということはわかった。しかし、その意味まではわからなかった。


「わかった、肝に銘じとくよ」


 ケンは裏冒険者の機嫌を損ねないように、話を合わせた。

 そして、依頼書に書かれた大量の討伐モンスターがいる場所へとやってきた2人は、一晩かかわらずそれらのモンスターを殲滅することに成功する。

 ただし、討伐を担当したのは裏冒険者であり、ケンはほとんど何も関与しなかった。

 その後、解散となったものの昼間に冒険者ギルドへと持っていったのであれば無駄に目立ってしまう。裏冒険者ギルドを使っていることなど、下手に公言はできないのだ。

 そのため、冒険者ギルドの夜間受付にこっそりと提出する。当然受付嬢には驚かれたが、他に人はいない。下手に目立つことなく無事に目的を達成できたのだ。

 


「だいぶ溜まったな」


 ケンは改めて封筒に入っているお金を総額を数える。しかし、途中で桁がわからなくなってしまい何度も数え直す。しかし、途中でやっぱりわからなくなってしまい少なくとも10万ベラはあるということはわかった。

 わざわざ詳細な額を調べなくとも、大雑把な額さえわかれば日常生活では何も困らない。


「この調子でいけば1か月以内に100万は余裕でいけるな」


 当初危惧していた人食いムカデの討伐依頼については、特に個体が減少することはなかった。それどころか、順調に人食いムカデは増えておりそれを見かねた一部企業が討伐に対し報酬金を出した。そのため、報酬金額はだいぶ釣り上がっている。この調子で行けば、間違いなく1か月以内に100万ベラを達成できるのだ。

 モンスターが大量発生してしまえば、それだけ多くの人が被害にあう可能性が高くなる。しかし、ケンはそのことを喜ばずにはいられなかった。


「それにしても今日は疲れたな……」


 基本的に戦闘については裏冒険者に任せっぱなしである。しかし、依頼を達成したという証明のために依頼人の直筆の署名を集めたり、ギルドについてからも、受付嬢から少々怪しまれながらも質問されたりしたため精神的な疲労が多いのだ。

 少しばかり息抜きをしたい。そう考えたケンは、すぐに自分が持っている封筒のことを思い出す。


「ちょっとくらいならいいか」


 封筒には10万ベラ以上入っているのだ。ちょっと使ったところで大きな問題はない。お金を稼ぐモチベーションを維持するためには仕方のない出費なのだと、ケンは自己暗示をかける。


「よし」


 ケンは封筒を握りしめると繁華街の中にある酒場へと向かった。

 ケンが選んだこの酒場は、よく大槌使いや魔法使いが飲んでいる酒場である。なお、酒場ではあるがソフトドリンク類も充実しているため未成年もよく来るのだ。

 そして、ケンは酒場の入り口の前に来ると看板を見上げた。


「懐かしいな」

 

 ケンが来るのは、フォンが病気になる前。随分と久しぶりであった。

 そのため、自分が行っていたころと変わってしまったのではないかとも思ったが、窓から見えた時の客の雰囲気などは完全にあの頃のまま。完全に杞憂であった。

 ケンが酒場の入り口で感動したのち、入店してみると入り口近くの席に座っていた大槌使いがケンのことに気がついた。


「お、ケン? どうしてここに? フォンちゃんの医療費はいいのか?」


 ケンがいきなり入ってきたことに対し、酒場で料理に舌鼓を打っていた大槌使いと魔法使いは驚いたように反応した。


「ああ、お金の目処が立ったんだ。少し息抜きをと思って」


「お、そうか。ならこっちこい。一緒に飲もうぜ」


 大槌使いは、荷物を置いていたすぐに隣の席の上を片付ける。

 その後、ケンは大槌使いの隣に座った。今回は休息の意味を込めて酒場へとやってきたとはいえ、あまりお金を使わないようにと思っていた。

 しかし、大槌使いや魔法使いが注文していた料理が、すでに机の上に並んでいる。それらの見た目や芳香が、長年抑圧し続けてきたケンの食欲を刺激する。


「……す、すみません、あそこからあそこまでのメニュー。全部持ってきてください」


 ケンは、壁の端から端までかかっているメニューが書かれた木札を指さした。ケンが指さした木札はどれもそこまで高くはため、大量に頼んでもそれほど高くはならないという判断だ。


「か、かしこまりました」


 ケンから呼ばれた店員は、大量の料理を頼んできたケンに驚きつつも丁重に扱わなければならないと思い丁寧に頭を下げた後すぐに厨房へと向かった。

 そんな店員の様子と、特にやらかしてしまったと思っていないケンの様子を見て大槌使いは口を挟まずをいられなかった。


「ケン? いくら目処がたったとはいえ、これはさすがに」


 魔法使いから助言がかかった頃には、既にケンは大槌使いと魔法使いが頼んでいた酒を大量に飲み酔っ払っていた。


「いい飲みっぷりだが……さすがにちょっと飲み過ぎじゃ? ケンはそんなに酒強くないだろ」


 大槌使いは、止めようとするがケンの手は止まらない。

 

「よーし、じゃあこれも注文します!」


 すでに顔を赤らめてふらつき始めるケンは、幸せとも言える気分を過ごした。

 大量の食べ物を食べ、酒を飲んだ。

 大槌使いも、魔法使いも、止めようとしたがすべてが無駄となりそのままお会計となる。当然だが、ろくに歩けないため魔法使いがなんとか会計カウンターの所までケンを連れて行く。


「お会計、8万9千ベラとなります」


 店員の言葉はひどく泥酔したケンには全く理解ができなかった。おまけに、この酔っ払いの様子ではろくに動くことすらできない。支払うのは無理だろう。


「ケン? お会計8万9千ベラだって」


 魔法使いが耳元で告げてくれた。しかし、ケンは顔を緩める。


「あはは。見て見て、お金が浮いてる。あそこに100万ベラがあるあはははは」


 幻覚が見え始め、突然笑い出すケン。さすがにこれ以上酒場にいては迷惑になりかねない。そう判断した大槌使いは、ケンの財布を取り出し金を支払うことにした。


「ケン? おまえの財布からお金払うからな! 聞こえてるか」


 親しい友人とはいえ、勝手に相手の財布を取り出すのである。大槌使いは耳元でしっかりと宣言する。

 だというのに、一方のケンは完全に酔っぱらっていて明日大槌使いの言った言葉を覚えているかすら怪しい。


「人食いムカデの目が冒険者ギルドの武器保険になってるははは」


「駄目だこりゃ。すまん、財布とってくれ」


 大槌使いから依頼され、魔法使いはケンの鞄から財布を取り出して8万9千ベラを決済した。


「お金ギリギリじゃん。大丈夫なのかな……」


 10万ベラ近く入っていたが、8万9千ベラも使ってしまい封筒はかなり軽くなってしまった。


「まあ、大丈夫じゃないか?」


 大槌使いも酒を飲んだとはいえ、酒に強い。また明日に冒険者として活動することも予定しているだけあって、それほど飲んでいなかった。


「じゃあ俺送ってくよ」


 大槌使いはケンに肩を貸すと、そのままケンの家へと向かうことにする。大槌使いは今の家に行ったことはなかったが、過去に家を持っていた時代に訪れたことはあった。また、引っ越ししてからの住所を覚えていた。


「あ、ここ俺の家。でも、最近家の中に人食いムカデが出て……」


 酔っぱらっているケンも、自分の家であるということは理解しているようだ。代わりに、それ以外の認知能力を全て消失しているようだが。


「ここか」


 大槌使いは無事にケンの家に到着する。そしてケンを家の前の床に寝かせると、ケンの持っていた鍵を拝借し扉を開けた。

 すると、すぐに扉が開き一人の少女が出てきた。


「あ、おかえりお兄ちゃん。おそかっ……ってどうしたの?」


 扉を開けるなりいきなりに出迎えてくれたのはケンの妹のフォンだった。フォンは帰りが遅いことを心配し、ずっと玄関で待っていたのだ。しかし、いざ扉を開けてみれば酔っぱらった自分の兄が介抱されていた。


「ああ、フォンちゃん。こんばんは。実はケンが金の目処がついたって酒場で大金を使って飲んだくれちゃって」


 大槌使いは、フォンにケンのことを話す。

 フォンと大槌使いは、ケンを通して顔を見知っていたためフォンは特に疑わずに大槌使いの話を聞く。


「そうなんですか……ありがとうございます」


 フォンがケンに代わってお礼を告げて、ケンを引き取る。


「いえいえ、ケンとは長い付き合いですから。それでは」


「兄が本当にお世話になりました」


 挨拶を交わし、大槌使いは去っていった。


 

「なんじゃこりゃー!」


 朝、フォンが目を覚ましたのは兄であるケンの悲痛な叫びを聞いてからだった。


「ど、どうしたの? お兄ちゃん。そんな大声出して。この部屋、壁薄いから多分近隣住民にも聞こえるんだけど」

 

 フォンは何事かと思い、咄嗟に飛び起きてすぐにケンの元へと駆け寄った。

 ケンは血眼になって財布の中身を確認していた。

 何度も、何度も、何度も。

 ただでさえボロボロだった財布が破れてしまうのではないかとフォンが思うくらいには。

 そして、フォンは昨晩のことを思い出し、ケンは昨晩の記憶と金がないことに驚き慌てているのだろうと見当をつけた。


「ない、ない、俺のためた金が……ほとんど無くなってる!」


 慟哭をあげ、咽び泣くケンにフォンが優しく近づいていく。


「お兄ちゃん、昨日酒場で大金を使って飲んだくれちゃったって仲間の人が言ってたよ」


「は? 大金? ……あ」


 ケンはとあることを思い出した。昨日は金銭的に少し余裕が出てきたので酒場で飲もうとしたのだ。そして、大槌使いなどと一緒に飲んだ。しかし、それ以降のことは覚えていないのだがお金に糸目をつけずに頼んだような気がしたのだ。


「もしかして俺、やっちゃいました?」


 自分がせっかくの大金を使い果たしてしまった。その事実は大きい。元々1万ベラも使う予定はなかったのだ。しかし、ここまで使ってしまうと1か月以内に100万ベラを稼ぐという目標に支障が出てくる。


「まずいな……」


 自分が原因でせっかくのフォンの治癒の機会を奪ってはならないのである。外に出るなり焦りながら冒険者ギルドまでの道のりを急いだ。

 冒険者ギルドに入ってからも、苛立ちを一切隠さずに右往左往。

 そんな中、依頼が目に止まった。


「そういえば裏冒険者ギルドって依頼を受け付けていないのか?」


 ふと、ケンが気がついた。

 裏冒険者ギルドは、冒険者ギルドで受諾された依頼を元に、さらに裏冒険者に下請けする場所だ。しかし、普通に裏冒険者ギルドでも依頼を受け付けたら普通に儲かるのではないかと。


「なんでやらないんだ?」


 そもそも、依頼人が示した報酬が裏冒険者に届くまでに中間搾取が多すぎるのである。依頼人から冒険者ギルド、冒険者、裏冒険者ギルド、裏冒険者。依頼人から直接裏冒険者ギルドへと依頼すれば、裏冒険者の報酬額も高くなるはずである。


「使えるな。これ」

 

 ケンは閃いてしまった。

 ここは自由都市リーダ。煩わしい規制が一切ない都市だ。

 つまり、冒険者ギルドについても規制がされておらず、独占業務というわけではない。別に冒険者ギルドを作ったとしても何1つも問題はないのだ。


「そうだ、俺が、俺の手で裏冒険者ギルドを作ればいいんだ!」


 ケンは、確かな狂気が見える目をしていた。

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