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2話 裏冒険者ギルドとの出会い

 リーダ郊外にある一本の裏路地。その路地を奥に進んだ先にある、違法増床を繰り返したようなアパート。アクセスの悪さはもちろんのこと、日照権という概念が存在しない激安アパート。その中にある小さな一室。その一室がケンたちの家であった。

 元々持ち家だったが、妹の医療費のために売り飛ばしたのだ。

 冒険者ギルドからは遠くなり、また壁も薄い。夏は暑く、冬は寒い。壁と床からは軋む音が一日中聞こえ、雨が降れば雨漏りし虫がしょっちゅう侵入する。

 ケンは、金銭的に余裕ができたらもう少しマシな所に引っ越したいと考えていた。


「た、ただいま……」


 ケンは、そんなあまりよい感情を持っていない家に申し訳ないと思いつつ帰ってきた。

 理由はもちろん、薬が手に入らなかったからである。

 妹が飲む薬は頓服薬なのだが、少ない日でも一日数回。多い日だと一日数十回痙攣発作が起こるため、薬が切れてしまうと妹は長時間に渡って苦しむことになるのだ。

 そんな様子を見て、ケンが苦しまないはずがない。


「あ、お兄ちゃん。おかえり……」


 そう口にしていたのはケンの妹、フォンであった。フォンは玄関のすぐ近くまで来ていたのか、ゆっくりと床を伝い玄関の方へと歩いてきていた。元気なように見えるが、顔は紅潮し足は千鳥足。見た目からして決して容態がよいわけではない。

 実際、フォンはかなり無理をしていた。


「フォン! なんで体を起こしてるんだ! 寝てないとだめじゃないか」


 急いでフォンのもとに向かうケン。

 フォンはケンに自分が大丈夫であることを伝えようとするも、ケンが来たことに安堵してしまいそのままバランスを崩す。


「危ない!」

 

 倒れそうになったフォンを、ケンはすぐに抱きかかえる。そして、フォンを支えながらフォンのベッドへと向かう。

 しかし、フォンは自分自身が介抱されていることに不満があった。ケンの迷惑になりたくなかったのである。


「大丈夫だって……あれ?」


 フォンは自信げに大丈夫だと主張すると、ケンから離れた。しかし、すぐにひどくふらつくとそのまま目眩で倒れそうになるところをケンに抱えられた。


「全然大丈夫じゃないじゃないか!」


 ケンはフォンを叱責した。

 フォンは懲りて大人しくなったのか視線をケンから逸し、ケンになされるがままにベッドへと寝かせられた。何日も洗っていないシーツは、所々黄ばんでいる。こうした汚れもまた、フォンの衛生上悪いというのは理解しているが、時間もお金もないのだ。

 すると、フォンは咳き込んだ。聞いているケンも思わず耳を塞いでしまいたくなるような、そんな痛々しい乾いた激しい咳だ。咄嗟にフォンは口元を手で押さえる。

 だが、様子がおかしい。最後に大きな咳をすると、フォンの手には血がついていた。フォンとしても驚いたのだが、咄嗟に血のついた手をもう片方の手で隠してしまう。


「そうだ、頓服薬……あ」


 いつもの癖で、ケンは頓服薬を探す。しかし、それと同時に頓服薬が切れてしまっていることを思い出す。だからこそ先程買おうとしたのだから。

 ケンは改めてフォンを見た。


「だ、大丈夫だよ。これくらい……」


 フォンは、ケンに心配をかけまいと笑顔を取り繕った。

 しかし、ケンは苦しんでいるフォンがのことを放っておくわけにもいかない。


「フォン! 少し待ってろ、すぐに頓服薬手に入れてくるからな!」


 ケンはフォンに、安心できるような言葉を投げかけると大急ぎで家を飛び出した。


「お兄ちゃん……」


 フォンはベッドに横たわったまま、家を飛び出していったケンを見送ることしかできなかった。



 ケンは焦燥感に駆られながら暗い裏路地を歩いていた。


「どうしたら……」


 フォンには、薬を手に入れると豪語してしまった。しかし、そんなあてなどあるわけがない。

 ギルドに行こうにも、ケンが単独でこなせそうな仕事は実入りが悪い。決して少ない額というわけではないが、今日中には1.5万ベラ用意できるかと問われればそれは無理だろう。

 どうやって金を稼ごうと思案していると、冒険者が歩いているのが見えた。


「たしかあいつ、冒険者ギルドで最近よく見かける……」


 その冒険者は、最近になって頭角を現し始め近々Bランクになるのではと噂がなされているほどだ。そんな冒険者が、特に武器も持たず依頼書を丸めて手に持ち意気揚々と裏路地を歩いているのだ。不思議に思わないわけがない。


「あいつ、確かCランク冒険者だったな。なんでこんなところに? 依頼者がこんな場所に住んでいるのか?」


 裏路地は基本的に貧乏人しか住んでいないのだ。

 そのような者たちは、ギルドに依頼を出しても報酬を捻出できず僅かな報酬しか提示できない。そのため、冒険者からは見向きもされないことが多い。中には、心の優しい冒険者が達成してくれることもあるが、正直期待はできない。

 だが、ケンはそんなことを考えている余裕はない。一刻も早く今日中に頓服薬を入手するための手段を探さないといけないのだ。


「金を借りるか? いや、それだと……」


 リーダ中央金融の支払いは終わったため、また行けば貸してくれる可能性はある。ただし、問題は山積みだ。

 元々、冒険者というのは金を貸してもらいにくい。

 一般人と比べても、死亡や怪我のリスクがあまりにも高いためである。そのためか、冒険者ギルドでは高利子ながら冒険者向けのローンが充実している。しかし、ケンは以前フォンの容体が急激に悪化してしまったために薬代のために冒険者ギルドから金を借りたことがあった。だが、ケンは当然払えるわけもなく、その金を数か月間も滞納してしまったことがあった。

 そのため、当然冒険者ギルドの金融部門からはブラックリストに載ってしまったのである。

 そんな中、ある時ケンは生活費が足りず冒険者ギルド受付嬢のリンに何か良い方法はないか聞いたことがあった。


「ここだけの話なんですけどね、法定利息をちょっと上回る闇金があるんですけど、どうします?」


 彼女は笑顔だった。しかし、ケンはどこか彼女の闇の部分が顕在化してしまったような彼女の妖艶な表情に心を奪われてしまい、何も考えることなく頷いてしまった。

 そこでリンから紹介されたのは、リーダ中央金融。

 貸してくれたとはいえ、法定利息を平然と無視して貸し付けているのだ。おまけに、客の事情も関係ないとばかりに集金に来るため、ケンの周囲の人まで迷惑が及ぶ。だが、必至で働いて返すしかなかったのだ。

 今回も借りてしまえば、当然行く先々で集金に来てケンの周囲の人に迷惑がかかるだろう。だが、それはケンにとっても大きな問題ではなかった。問題は、薬代すらも平気で徴収してしまうのである。

 今回借りて、一時的に薬が手に入るかもしれないがその後しばらくの間フォンは薬なしでの生活を余儀なくされるかもしれない。そう考えると、リーダ中央金融から金を借りるという発想にはならなかった。

 他に策はないのか。

 しかし、いくら考えたところでそんな手段など思いつかない。

 否、一つだけ思い当たる節があった。

 だが、その考えが浮かぶや否やすぐさまその考えを消そうと頭を横に振ってみせる。


「だめだ、それじゃ……」

 

 その方法というのは、医者を脅すといった違法なものである。

 もし、ケンが捕まってしまえばフォンの面倒は誰も見てくれない。介護サービスのような金のかかるサービスを、国が無償で提供してくれるわけがないのだ。野垂れ死ぬのは確実。合法的な手段で手に入れるしかない。

 とはいえ、その合法的な手段では今日中に頓服薬を手に入れられない。そう思うと、1.5万ベラを今日中に入手しようという意欲がどんどんなくなっていくのを感じた。

 フォンが苦しんでいるというのは理解している。しかし、体が動かないのだ。


「不甲斐ない兄貴だ」


 ケンは自嘲した。

 仮に2日間かけて頓服薬を手に入れたところで、色々と障害が出る。金がかかるのは決して薬代だけではないのだ。食事代も、家賃も、武具も、日用品にも金はかかる。薬代を優先するということは、それらを後回しにすることも同義。薬代が原因で家賃を払えず追い出されしまったら、それこそ問題だ。


「許してくれ、フォン」

 

 ケンは謝罪の言葉を口にした。

 とはいえ、その言葉はフォンには届かないし、ケンの良心の呵責は一向に軽くはならない。

 ただ、自己満足のためであった。

 ケンは歩く気力すらなくし、裏路地の片隅に腰を下ろす。

 裏路地の地面には血痕やらよくわからない液体の跡が染み付いているが、特に気にはしない。

 一度ネガティブなことを考え出すと、次々とネガティブな考えが雨後の筍の如く湧き出してくる。結局、妹は治るのかや一体いくら医者に金を毟り取られ続けているかなどだ。


「だめだ、なんかポジティブなことを考えよう」


 無理にポジティブなことを考え続けなければ、きっと自分はだめになってしまう。ケンはそう信じて何かポジティブになれそうなものを探すことにした。

 まずケンが目につけたのは先程からのうのうと歩いている冒険者だ。正直いって、ここは裏路地。面白いものが落ちているわけもないのだ。それとは別に、その冒険者はどこか金のにおいがした。


「まあ、気分転換にはなるか」

 

 思考がネガティブに染まらないためにもと思い、ケンは冒険者を追って見ることにした。そんな中、冒険者は裏路地にあるとある建物に入り、ケンはその建物の入口へとやってきた。


「酒場?」


 ケンの目の前の扉は、酒場のような雰囲気をどこか醸し出していた。しかし、どこにも店名も何も書いておらず、扉には趣味の悪い人食いムカデの顔が飾られていた。リーダでは教育の機会がなく字が読めない人も多いため、そういった店も決して少なくはない。

 外観は決してきれいでもないしおしゃれでもない。

 そう思っていると、扉が開きケンの前に人が現れた。


「おいしかったよー、また来るねー」


 その客は酔っぱらった人のようだった。その客は扉の前にいたケンを気にすることなく帰っていく。

 酒場かどうかはわからないが、酒を出している以上酒場に近いものであることは確実である。だとしたら冒険者が訪れる意味がますますわからなくなった。

 依頼達成後ならまだしも、依頼中に酒場に行ったところで意味なんてない。もし酒場で酒でも飲もうものなら、アルコールの影響でモンスターの攻撃を避けられなくなることなんで十分に考えられるのだ。

 基本的に冒険者は依頼中や依頼前には酒は飲まない。それは命取りになるからで、冒険者の間では常識だ。

 しかし、その扉はどこか魅力的だった。ケンは決心し、その扉を開けた。


「失礼します」


 ケンが入ると同時に、ドアベルが鳴る。そのことに、カウンターの奥にいた中年女性が気がつくと扉の方へと向いた。


「いらっしゃい……あんた、初見さんだね」


 中年女性は、すぐにケンが今までに訪れたことのない客であることに気がついた。


「ああ、すみません。そういうお店でしたか?」


 一見さんお断りな店かと思ったケンはそのことを問うが、女性は首を横に振る。そんなことよりとばかりに、女性はケンの格好を見て何かを言いたそうだ。


「別にそういうわけでもないよ……あんた、見たところ冒険者かい?」


「あ、はい。Bランク冒険者のケンと申します」


 ケンは軽く挨拶をすると、店内を見渡した。普通に酒場にしては、内装は凝っていない。並んである酒も、繁華街にある酒場と比べるとどうしても量も質も悪いようだ。


「ふーん、そうかい。私のことは女将とでも呼んでくれ」


 女将は自己紹介すると、どことなく不敵な笑みを浮かべた。

 ケンはその意味がわからないでいると、女将に向かって声がかかった。


「じゃー女将さん。この剣士借りてくねー」


 声をかけたのは、先程この店に入っていった冒険者だった。女将に軽く告げると、そのまま剣士を連れて行ってしまう。


「あれは一体?」


 ケンが聞くと、女将は一驚したのか目を丸くする。


「まさかあんた、知らないでここに来たの?」


 女将は目を丸くしたまま、威勢を強めてケンに確認する。


「はい、冒険者が依頼書を持ったまま来たんで何なのかなと」


 ケンは少々怯えながらも事実を包み隠さずに告げた。


「そうかい。ここはただの私が経営する酒場だよ。表向きはね? でも裏の顔は冒険者の下請けをする通称裏ギルドさ」


 裏ギルドという言葉に、ケンは引っかかる。


「裏ギルド?」


 ケンが反芻して問い直すと、女将は酒場の奥を目配せした。


「あれを見な」


 ケンが奥のテーブル席を見ると、そこにいたのは胡散臭さがにじみ出るも体つきのよい剣士などだった。剣士以外にも、魔法使いといった冒険者になるのに相応しい人材ばかりだ。彼らは仲良くバックギャモンで賭けをしているようである。


「あいつらは通称、裏冒険者。訳あって冒険者ギルドを出禁になった奴、無戸籍で登録できないやつ。他にも犯罪者などがいるよ。うちの店では冒険者ギルドで受けた依頼の報酬額の3割をいただく。そしたらあんたは裏冒険者を見繕う。あんたはただ依頼人に署名させるだけでいい。後は全部裏冒険者がやってくれるから。そして、あんたは冒険者ギルドで依頼報酬を受け取る。そうすればあんたは戦わずして依頼報酬の7割を受け取れるんだ」


 女将は何気なく説明してくれたが、かなり容赦のない搾取を行っている。しかし、そんなことはどうでもいいとばかりに、ケンの記憶からはそんなどうでもいいところは瞬時に短期記憶へ移行した。衝撃を受けたのは別の部分だ。


「7割……」


 ケンは反芻すると、脳裏は一瞬でその言葉で染まってしまった。そして、ようやく意識が戻ると急いで財布を確認する。今現在、持ち金は5千ベラだ。それが意味するもの。


「もし仮に5千ベラを3割としたら……えーっと?」

 

 ケンは冒険者学校には通っていたが、フォンが病気になってからというもの勉学を疎かにしてまで働き出したために学力は乏しかった。一応暗算自体は学校でやった記憶があるのだが、答えを出してもう一度確認しようと暗算をするとその答えが違うものになる。だから延々と時間がかかる。


「報酬が1万ベラの依頼を受けて私に3千ベラ払えば、あんたは1万ベラが手に入るよ」


 一向に計算できないケンに、女将はため息をつき答えを丁寧に教えてあげた。裏冒険者ギルドの冒険者は学校に行ったことすらないものも多いため、計算すらできないというのはよく聞く話なのだ。


「1万ベラか……」

 

 女将に5千ベラを払い依頼に成功すれば1万ベラを獲得できる。

 もし、1万ベラもあったらを想像してみるケン。1回きりであったらそんなことを考えていない。利用するたびに何度でも1万ベラを手に入れられるのだ。そうしたら頓服薬はもちろん、シーツも新しいのを手に入れられるし、少しは栄養のあるものを食べさせてあげられる。


「さて、どうする?」


 女将は試すように告げた。

 なぜなら、ケンの顔を見て、裏冒険者たちを使ってくれると確信したからだった。

 一方のケンは、女将の声かけにとある決心をする。


「冒険者ギルドで依頼を受けてきます。少しだけ待っててください」


 そう女将に告げるとケンは急いで冒険者ギルドへと向かっていった。


「あいよ」


 女将が返事をした時には、既にケンは酒場もとい裏ギルドを出た後だった。

 その後、ケンは戻ってきて裏ギルドを利用した。結果から言うと、裏冒険者の実力はケンの何倍も上だった。

 今回の依頼は人食いムカデの討伐依頼。今回は前回に比べて小さめということもあり、報酬は1万ベラ。

 裏冒険者は、人食いムカデを見つけるや否や一瞬にしてその胴体を真っ二つに切断した。そして、難なく1万ベラという大金を手にしてしまったのだ。


「使える。これは使えるぞ」


 ケンは簡単に金を手に入れる方法を見つけ、自然と口角が上がった。その眼の中に狂気が芽生えたことなど、誰も知る由はなかった。

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