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1話 Bランク冒険者ケン

 大きなムカデがいた。

 ムカデは昆虫であり、人間から見るととても小さく害虫とされるも所詮はちっぽけな存在である。

 しかし、そのムカデの大きさはムカデと呼ぶには大きすぎた。

 通常個体のおおよそ30倍。体積比およそ2万7千倍。

 本来の個体でさえも人間に噛みつくことがあるというのだから、もちろんその個体もそうだ。

 人間にも物怖じせずに攻撃し、またその強靭な顎で多くのものを引き裂くことから人はそのムカデをひどく恐れた。そしていつしか、そのムカデは人食いムカデと呼ばれるようになった。

 そのため、人食いムカデの討伐は冒険者と呼ばれる職業の者によって討伐されるのが恒例となっていた。


「ケン! 危ない」


 近くにいた魔法使いの呼びかけを理解し、ケンがすぐに後ろに振り向いた時には既に人食いムカデが今にもケンを食べようと体の前半分を起こしていた。

 そして、人食いムカデはケンに突撃してくる。

 一瞬のことだったが、ケンはどうにかして回避する。しかし運がよいのも束の間、それを予測していたかのように人食いムカデは改めてケンに突撃した。回避行動をしたばかりのケンには、もう避ける手段がなかった。回避は無理だと考え目を瞑る。

 しかし、時間が経ってもケンは攻撃を受けなかった。恐る恐る眼を開くと、人食いムカデの頭は無く胴体からは青色の体液が吹き出している。

 頭はどこにあるかというと、地面に転がっていた。

 同じパーティーメンバーの大鎚使いが人食いムカデの頭を潰していたのだった。


「大丈夫か? ケン」


 大槌使いが人食いムカデに襲われかけたケンの身を案ずる。


「ああ、大丈夫だ。それと助かったよ。ありがとう」


「何いってんだ。俺とおまえの仲だろう」


 大槌使いはケンの首に手を回した。そして、ケンも満更でもないためその行為を受け入れる。しかし、不満を持つ人物がいた。ケンと大槌使いと同じく人食いムカデ狩りに来ていた魔法使いである。


「ちょっと、私も入れてよ!」


 魔法使いは少し苛立ったようにケンの元へと来ると、大槌使いと同じようにケンの首に手を回した。

 ケンと大槌使い、魔法使いは同じ冒険者学校を卒業した同期だ。学校時代は仲がよく、冒険者になった現在でもパーティーを組んで活躍。3人ともBランク冒険者となっていた。


「お、そうだったな。悪い悪い。俺たち3人は仲間だからな」


 大槌使いがそう告げると、残る2人も首肯する。

 一生友だちであり、離れ離れになることなど考えられないとばかりに。


「ああ」


「ええ」


 2人も同調したのだが、よくよく考えると自分たちはとても恥ずかしいことをしたのではないかと、3人は思った。


「じゃ、じゃあ依頼人の所よって帰ろうか」


 ケンの提案に3人は恥ずかしさを隠すようにすぐさま過剰なまでの首肯を行い、恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら依頼人のところへと向かった。

 依頼人は人食いムカデのいた場所からすぐ近くにある村の住人だ。丁度家にいたため、すぐに会うことができた。


「おお、人食いムカデを倒してくれましたか」


 人食いムカデを討伐したという吉報を聞き、依頼人は大きく感嘆し柔和な笑みを浮かべた。

 依頼人が住む村は、自由都市リーダというケンたちが拠点にしている都市の近くにある村だ。

 そして、その依頼人はその村で養蚕をしている高齢男性だった。最近になって、蚕がよく人食いムカデに食い荒らされて被害額が大きいという。

 そのため、3人は喜びも一入である。

 そんな中、ケンは鞄を漁りとあるものを依頼人に見せた。


「はい、これが証拠です」


 ケンが見せたもの。それは、人食いムカデを倒して手に入れた頭だった。特徴的な感触で、一度触ればその感触は当分忘れなさそうな滑らかさがある。

 戦闘能力のない依頼人が冒険者の付き添いをすることはほぼ不可能なため、人食いムカデを討伐したという絶対的な証拠が求められるのだ。

 そのためケンは依頼人に証拠品を見せたのだが、依頼人は驚いた様子で腰を抜かしてしまった。


「ひぃ……。しまってしまって!」


 冒険者たちは、仕事上世間一般から見て怖いモンスターや気持ち悪いモンスターと戦ったりする機会が多い。そのため、冒険者はそのようなものに対してはすっかり見慣れてしまっている。しかし、それはあくまでも冒険者の話であることをケンたちは完全に失念していた。

 やはり、人食いムカデの顔は世間一般から見て怖いのだ。圧倒的な存在感を誇る触覚はもちろん、小顎や顎肢といったものも恐怖心を覚える者が多い。

 依頼人は人食いムカデの頭の怖さにすっかりおののいてしまっており、ケンはすぐに鞄へとしまう。


「わざわざ見せなくても心配していませんよ。えーっと? 何でしたっけ? この依頼書の署名欄に書けばいいんですよね?」


 恐怖で考えが麻痺したのか、依頼人は改めて依頼の達成方法について聞いてきた。


「ええ、そうです」


 冒険者ギルドの規約では、依頼達成時に基本的に依頼人のところへと向かい依頼人が達成したと認めた時に依頼書に直筆の署名をもらうことになっている。

 ケンは依頼人に事細かに説明をすると、依頼人は依頼書に署名をしてくれた。その後依頼書に不備がないことを確認すると、鞄へとしまう


「それでは、これで」


「3人とも、本当にありがとうございました。どうかお元気で」


 ケンたちは依頼人に見送られつつ冒険者ギルドへと戻った。


 

 自由都市リーダ。

 内陸に位置するとしで、通称夢の街。何でも夢が叶うと噂される都市だ。

 規制がほとんどなく、やりたいことをほぼすべてできる都市。そういう触れ込みで、世界中から多くの人々とモノが集まってくる場所でもあった。

 そんなリーダの中心部に周囲の建物と比べても一際高いビルがあった。

 冒険者ギルドリーダ本部である。

 多くの冒険者が行き交うこの場所で、ケンたちは依頼達成の報告を行っていた。


「依頼達成のご報告ですね? 依頼書をお預かりします」


 ケンの受付を担当するのは、受付嬢のリン。まだ20代前半で、さらに高卒であるにもかかわらず配属された支店で莫大な売上を叩き出し、すぐさま本店に栄転した正真正銘の天才である。

 天は二物を与えずという言葉があるが、リンはその親しみやすい性格と知識量の豊富さ。悩み相談などもしてくれる。そして愛くるしい容姿も相まって冒険者ギルドの中でも極めて高い人気を誇る。

 そして何より、ケンの憧れの人でもあるのだ。

 ケンは恥ずかしそうにリンに依頼書を手渡すと、リンはそのまま渡された依頼書を確認する。

 正式なものであるかどうかの確認のため、依頼書に押されている印鑑の確認。そして、きちんと依頼人から署名されたかどうか確認するために、依頼を受付したときの筆跡を依頼書の署名と照らし合わせる。最後に、その他問題がないことを確認し、依頼達成済みの印鑑を押し誰が担当したかわかるように受付嬢自らの署名をする。


「確かに依頼達成ですね。報酬をお支払いいたしますが、3等分でよろしいですか?」


 冒険者パーティーが報酬をどのように配分するかは各パーティーによってバラバラだが、ケンたち3人のパーティーはみんな等しく3等分にしていた。


「はい。それでお願いします」


「報酬総額は4.5万ベラなので、一人当たり1.5万ベラですね」


 リンは手元の算盤で3等分であることを確認した。なお、ベラというのは自由都市リーダの通貨単位である。

 

「口座に振り込んでおきますね。通帳お預かりします」


 基本的に依頼達成時の報酬は紐づけされた口座に振り込まれることが多い。そのため、リンは3人から通帳を預かり口座に振り込もうとするのだがケンが待ったをかけた。


「あ、あの。俺は現金でもらえますか?」


「あ、はい。わかりました」


 リンは大槌使いと魔法使いから通帳を預かると、カウンターの奥へと向かう。2人の通帳に入金分を書き込み、ケンの分の現金を引き出すと封筒に1万5千ベラを入れて戻ってきた。


「こちら、1万5千ベラになります。金額お確かめください」


 ケンはすぐにその場で確認し、1万5千ベラあることを確認。一息ついた。


「なあケン、人食いムカデ討伐記念に、飲みに行こうって話があるんだが一緒に行かないか?」


 大槌使いがケンに話しかける。魔法使いも行く気満々のようだったが、ケンには行けない理由があった。


「ああ、悪い。行けないわ。それじゃ、俺はここで」


 ケンは手のひらを合わせて謝罪すると、2人に申し訳無さそうにすぐさまギルドを出ていった。


「そんなに深刻なのか? ケンの妹?」


 大槌使いも、魔法使いも、ケンの妹が病気を患っているということは知っていた。しかし、どんな病気なのか、あるいはどのくらい重いのかなどについては一切聞いていなかったためにあんな切羽詰まったケンを見るのは初めてだったのだ。

 2人は互いに見合わせるも、どうすることもできずただその場に立ち尽くすしかなかった。



「はぁ……はぁ……」


 ケンは走っていた。

 そんなケンが向かっている場所、それはリーダの中央から遠く離れた場所にあるバラック小屋だ。リーダ中心分は高層建築物が競うようにあったが、少し離れると平屋の建物が多くなる。そして、さらに離れると今にも崩れそうなバラック小屋ばかり。中には明らかに建築基準法を守っていないようなバラック小屋も存在する。あまつさえ、心なしか変な臭いも漂う。


「えーっと、確か……」

 

 バラック小屋だらけの街の中、ケンはとある建築物を見つけた。一見すると、そんじょそこらの少し大きめのバラック小屋に見える。しかし、その実態は診療所なのである。そして、いざ診療所の中に入ろうとした時、後ろから腕を掴まれた。


「おや、ケンさんじゃん。お金は手に入ったかい?」


 その言葉に、ケンの背筋が震え上がった。顔を見なくてもわかる。現れたのは、リーダ中央金融という金融会社の男だった。


「いやー、実はですね。ちょっと依頼に失敗してしまいまして、まとまったお金は手に入らなかったというか、なんというか……」


 ケンは、男の方に内心ヒヤヒヤしつつ視線を合わせると必死に取り繕った。

 なぜなら、ケンはこの男から多額の借金をしているのだ。1.5万ベラを持っているのがバレようものなら瞬く間に取り立てられてしまうからである。決して頭の上がらない存在なのである。


「へー、失敗したねぇ……」


 男はケンの言い分を復唱するが、全く信じていない。なぜなら、ケンが手に持っている封筒を凝視しているからだ。


「その封筒、ちょっと見せてよ」


 男がそう言うと、ケンは咄嗟に抵抗しようとするが封筒をひったくることに成功する。男はこういったことに慣れているのだ。

 男が封筒の中を確かめると、口元に弧を描く。


「結構入ってるじゃん。これだけあれば全部払えそうだけど」


 男は封筒からいくらか硬貨を取り出すと、路端の石ころのように上に投げて遊び始めた。


「お、お願いします。先月の支払いもう少し伸ばしてはくれませんか」


 ケンは男に両手を合わせると、跪いて希った。しかし、男は一切ケンに耳を傾けようとはしない。


「そうは言われても、こっちだって商売してんだよ。というか、先月分で終わりなんだから払えばいいのに……。はいこれお釣り」


 男は封筒の中身から先月分を差し引くと、封筒を返却した。ケンが慌てて封筒の中を確認すると、残っていたのは5千ベラだけだった。


「またいつでも借りたくなったらうちに来てね? あと、最近臓器価格上がってるらしいからどうしてもお金に困った時はうちに来てね。高値で臓器買い取って上げるから。それと完済証明書は後で持っていくから。それじゃ」


 必死に封筒を握りしめ悔しがるケンをよそ目に、男は清々しい顔で帰っていった。



 報酬の大半を取られたケンは、眼の前の診療所へと向かった。しかし、その足取りは先程とは違い随分と重たそうである。

 中は随分と殺風景であり、壁や床には汚れや血痕。動物の死骸といったように衛生観念のえの字もない。ここは本当に医療機関なのかと疑いたくなるが、事実としてここは診療所なのだ。けれども、その外装といい内装といい、積極的に来たがるもの好きはいない。そのためか、ケンの他には誰もいなかった。


「医者はいるか?」


 ケンは大声で問いかけたものの、何一つとして反応がない。壁が非常に薄いため、間違いなく奥の部屋まで声が届いたはずであるにもかかわらずだ。

 その後、ゆっくりと奥の部屋から一人の白髪の老人が出てきた。


「ここだが……ってあんたか」


 医者はケンを見るなり落胆した。理由は明白。あまり金を持っていないため儲からないからだ。


「例の薬だろ? 1.5万ベラ出しな」


 医者はケンがここにきた理由をすぐに察すると、早速調剤しようと調剤室へと向かう。

 しかし、ここで医者がケンの様子がおかしいことに気がつき調剤室へと向かう足を止めた。いつもなら乗る気でないながらも1.5万ベラ払ってくれるのに、今回払ってくれる素振りを一切見せない。どうしたものかと思っていると、ケンは医者に向かって深々と頭を下げた。


「実は今、手持ちがなくて。どうか負けてくれませんか?」


 ケンは跪いた。

 本日2回目であるが、本人からすればプライドもクソもない。少しでも安くなるのであれば、喜んでプライドを捨てるだろう。

 一方の医者は、ケンの様子を見てとあることを思い出した。

 

「ああ、なるほど。さっき店の前がうるさいと思っていたが、その様子じゃ金貸しに出会っちまったというわけか」


 医者は事態すぐさまを把握した。しかし、情で負けるようではリーダでは生きていけない。非情にも首を横に振った。


「だが、金は金だ。大人しく1.5万ベラ払うんだな」


 残酷ともいえる発言に、ケンは歯を食いしばった。


「どうしても駄目なのか?」


 いつのまにやら、ケンは頭を汚れた床に擦り付けながら懇願していた。さすがに、その様子を見て医者はため息をついた。


「ワシが悪者みたいになっとるが、これでもだいぶ安いほうだぞ? 他所の医者にあたってみろ? 3万ベラは下らない。元はと言えば、あんたが妹に民間医療保険を入らせなかったのが原因だろ? この街では金がすべてだ。嫌ならリーダを去るなりすればいいさ」


 リーダは国家の介入が殆どないとして知られるが、それは逆にいえば国家による保障がないということの裏返しなのだ。国民皆保険がないため、市民は民間の医療保険に加入せざるを得ない。そして、お金がなく民間の医療保険に加入できないものは一度大怪我や難病になってしまったら文化的な生活の死を迎えることになるのだ。

 その点、ケンが足繁く通っているこの医者は口こそ悪いがかなり良心的な価格なのだ。

 社会保障の充実した地域に移住しようにも、国民健康保険の加入資格を得るまでには時間とお金がかかる。


「……金が入ったらまた来るよ。……そもそも、冒険者なのが間違っているのかな?」


 このリーダでは、金が全てなのだ。改めてそのことについて思い知らされたケンは今の気持ちを嘆くと、大人しく医者に背を向けた。


「おまえに出来て稼げるのは冒険者くらいだ。冒険者は辞めるな。街の兵士とかは止めとけよ? あいつら、本当に給料少ないからな」


 意外にも、医者はケンに対して優しくアドバイスをしてくれる。しかし、その実態は自分自身が儲かるためには客であるケンの給料が上がってもらわないと困るからである。

 ケンも、その事は理解できた。


「わかりました。もうちょっと冒険者やってきます」


「おう、たんまりと持って来い」


 挑発するような医者の発言に堪えながら、ケンは大人しく診療所を去った。

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