【短編】おお聖女よ! しんでしまうとはなにごとだ!!
――― 「そんなこと言われても」とアイリスは心の中でクダをまく。
アイリスはとある子爵家の次女として生まれた。跡継ぎではないので、政略結婚の駒になるつもりで、自身は薬師として腕を磨きながら、素材を自分で採取する為に、冒険者としても登録していた。
やがて、自分で作った傷薬や毒消し、回復用のポーションなどを冒険者ギルドに卸すようになり、それなりに名前を知られていたのである。
「明日、王宮に向かうように。王命だ」
「……」
国境近くに現れた『魔王』の噂はアイリスも聞いていた。どうやら、魔物を使役する魔物使いの能力を持つ魔術師であるというのだ。幾度か近隣から兵士を派遣したということなのだが、山岳地帯でもあり、また、拠点とする廃城塞も複数あることから、容易にその姿を捕捉し討伐することも難しいという。
察するに、冒険者を募り、討伐に向かわせることにしたのだろう。その中に、貴族の子弟で冒険者として活動しているアイリスを入れて、王宮側から管理できるようにしたいと言ったところなのだろう。
幸い、回復の力がある冒険者は希少であり、また、戦闘に直接かかわれないのであれば、戦闘職は馬車での移動などで休息を取っている間に回復職が馭者を務めることで、役割分担することもできる。
彼女は馭者もこなせるし、馬にも乗れる。当然、馬の世話も出来る。
とはいえ、王都には名の知られた冒険者パーティーは今いないはずであり、そうすると、彼女と同程度の駈出しから一人前になりかけの冒険者の中から才のある者を選び、旅の中で育成しながら討伐に向かう事になるのかもしれない。
何より、『魔王討伐』といったふわっとした依頼をうける上位冒険者はいない。有名な傭兵団同様、名のある冒険者は指名依頼を受け、その時点で相応の報酬を約束される。期間も有限であるし、更新するかどうかも冒険者次第だ。
それに対して、今回の話は達成するまでの期間は未定。まともな冒険者は集まらないだろう。
なので、この時点で世話役を任されそうな彼女に、負担が相当かかるだろう事は容易に予想できた。
「承知しました」
子爵である父の言葉を受け、反論を飲み込んだのち、一礼して部屋を出る。
『めんどくせぇな』
「本当に」
相棒の声に同意すると、彼女は自室に戻り休む事にしたのである。
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王の御前に集まったのはアイリスの他、三名。どうやらこの四人で魔王討伐のパーティーを組まされるようだ。
「選べないのね」
彼女同様、他の三人も自薦他薦で集められた『冒険者』の肩書を持つ王の臣下の子弟であるようだ。
王は「では、魔王を倒してくるのだ!!」と言うなり、さっさと行けとばかりに合図をする。案内役の兵士に連れられ、四人は謁見室を出る。
「で、誰がリーダーするんだよ」
「それは、『勇者』である私だろう」
「いいや冷静な判断力と高度な分析力を必要とするのですから『賢者』である吾輩であろう」
「いや、神の御心に適うのは俺しかいまい。『修道士』であるのだから、導くのは当然だ!!」
三者三様であるのだが、主張している事は同じである。
勇者を自称するブレイブは確かに『勇者の加護』を持っている。しかしながら、この加護は天から稲妻を落としたり、一定時間体を硬化させいかなるダメージも受けない魔術を行使したりできるわけではない。
『勇者の加護』は率いる戦士の力を一時的に強化させる能力であり、「祝福」とも呼ばれる力である。その力は十数人から百人ほどに影響が及ぶ。戦場において中下級の指揮官として部隊を率いれば、その能力で強固な戦力を生み出す事ができる。騎士の突撃を槍兵で防いだり、槍兵の陣を突き崩したり、あるいは、騎士として戦列を破壊したり。
しかしながら、冒険者としてはあまり効果がない。それは、勇者から半径100mほどの範囲でしか効果が発しないからである。散開した戦闘ではさほど意味がない。冒険者は密集隊形で戦わないのであるから。
そして、勇者の『勇』は勇気の『勇』であると言われるのだが、その勇気がブレイブには欠けているようだ。
「そこは魔術でぱぱっと終わらせろよ」
「そんな簡単な物ではないぞ」
成功報酬に釣られたのであろブレイブは面倒なのでさっさと終わらせたいとばかりに魔術で何とかしろと無茶振りをする。今はすっかり落ちぶれた伯爵家の私生児であるからか、魔力はないわけではないが魔術師となるほどではなく、勇者の加護持ちと言うことだけで養育されていた存在でしかない。
資質としては『魔剣士』なのだが、身体強化もさほど使えず、剣技も見るべきものがない。加護が周囲の人間を強化するものなので、先頭に立って戦い倒れては意味がないので、最後尾で加護の効果を生かす鍛錬ばかりしていたことから、すっかり逃げ腰が板についている。まるで、芝居に出てくる悪役の親玉である。「お前ら、やっちまえ!!」といったセリフがピッタリだ。
では、自称『賢者』であるワイズはどうなのだろうか。これも問題がある。何とかの一つ覚えで大火球の魔術を使いたがる。大魔導師ならばそれも仕方がないかもしれない。、魔力量にものをいわせ、巨大な火球で戦場を薙ぎ払う『大魔炎』などは、目を見張るものがある。
しかしながら、賢者とは器用貧乏の代名詞。何が貧乏かというと「魔力量」である。そう、賢者は、魔力量に難のある者が名乗る称号である。魔力量を高めるにはそれなりの鍛錬が必要であり、大して増える見込みのない魔術師の場合、効率の良い小さな魔術の組合せで似た効果を生み出すように工夫する。
ワイズの場合、魔力量は賢者だが発想は大魔導師なのだ。つまり、賢くない『賢者』である。
そして、謁見からこの短い時間で彼女は理解し始めていた。ワイズは他人の話を聞くのが極端に苦手なのだ。話の半分、いやそのさらに半分も理解していない。都合が良い話だけを掻い摘んで耳にしている可能性がある。往々にして世の女性はその傾向が強いのだが、ワイズはまさにそれにあたるだろう。
なによりパーティ-リーダーは仕事が煩雑だ。貴族であればそのくらいの事は理解できるだろう。領地を経営するのも簡単ではない。それは、利害調整やその為に必要な事実確認・状況判断・人を見極める目といったことで気苦労が絶えないからだ。命令しただけで達成されるほど単純ではない。
その辺り、ブレイブもワイズも判っていない。加えて、修道士のヒエロも似たような存在だ。
修道士は修道院で戒律に従い生活している者たちの他に、『托鉢』を行い市井で布教を行いながら活動している者たちがいる。神の国で幸せになるために徳を積みましょうといった説法を行い、在家の信徒から喜捨を受けて生活する存在である。
それ自体は問題ないのだが、身体強化の魔術などを有効に使えるヒエロは、所謂「脳筋」なのだ。魔物退治や盗賊退治を頻繁に「野良」で受ける。それは悪い事ではないのだが、騎士団や冒険者ギルドからすれば役割を奪われることになる。そもそも、修道士の仕事は困っている人を助けたりすることではないのだ。「修行」でなんでも済まされては正直困る。
そもそも、魔物は兎も角、盗賊は奪われた財貨を盗賊討伐で討伐者が得た場合、一般的にそれは討伐者の財産となる。が、修道士ヒエロはそれを受け取ることはない。私財を持つことを認めない宗旨であるからだ。冒険者なり騎士団が討伐すればそれはその地の財産となるのだが、ヒエロが討伐すると、そのまま教皇庁に喜捨されていまう。大問題だ!!
外貨流出である。
その問題ある貴族子弟三人に役割を与え、王都から追放……げふんげふん、魔王討伐の旅に出すお目付け役に任命されたのがアイリスなのである。
『ついてねぇなお前』
「……いつものことよ」
アイリスは支度金を預かり、その資金で野営の装備や馬車の手配、など三人が絶対自分ではしないだろう準備を整える。勇者と賢者は我関せずであろうし、なにより修道士は身一つで野宿することは普通だからだ。それはアイリスが嫌なのである。
なにより、馬車で移動すれば「犬も歩けば棒に当たる」的な問題を多少は回避できるということもあるのだ。
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「疲れたわ」
『わかるぜぇ』
王都を離れ早三ケ月。四人はようやく国境にある山岳地帯の麓に到着していた。この山脈を境に、王国は異教徒と対峙していた時期がある。いまでは、その国土も大方奪還され『城王国』が領地を拡大していた。異教徒との戦争で城塞だらけの国なのでそんな名前が付いている。
以前はこの国境に幾つもの「城塞」が建築され、街道を監視あるいは、侵入する異教徒との防衛戦争を行っていたのだが、今ではすっかり放棄され、街道を行き来する者も少なく、山賊や『魔王』の根拠地と成り果てている。
本来は一月ほどで到着する予定であったのだが、行く先々で余計なことに首を突っ込む三人に最初は「王命が優先」と窘め、宥めすかして旅を進めていたアイリスであったのだが、宥めすかす時間で問題を解決するより気の済むようにさせる方が効率が良いという事に気が付いた。
それに、その方が全員にストレスがない。問題は時間がかかるということだけである。
それに、魔王討伐の予行演習であると思えば、各自の行動が起こす問題やできることできないことを確認するという意味で寄り道、もとい様々な事件・事象を経験することは有意義であった……と自ら想うことにした。
とはいえ、旅には金がかかる。馬の飼葉代だって馬鹿にならない。その資金や宿泊先を事件解決の謝礼や、行く先々で頼まれるちょっとしたお遣いで確保することができた。
一番おいしいのは盗賊討伐。盗賊に魔力持ちはあまりいない。いれば仕官しているからだ。傭兵でも騎士でも冒険者でも魔力持ちなら食うに困らない。そこで、主にワイズが魔術で攻撃し、ヒエロとその後ろにブレイブがくっついて行き、賊を殲滅。残念ながら、このパーティーには斥候職がいないので……彼女が探索をする事になる。冒険者として、野外の捜索活動は相応に身につけているのが役に立った。
得られた財貨は「魔王討伐隊への喜捨」として受け取り、彼女が管理した。遺品らしき物や教会等の宗教関連の物資は当地の冒険者ギルドから持ち主に返還してもらうよう手続きをした。
なので、寄り道だらけではあったがそれなりに討伐の準備を重ねてきたので、アイリスを始めとして四人にはそれなりに勝算があった。
ここまでのところ、実は、四人のパーティはそれなりに機能していた。
前衛を務める『修道士』のヒエロは、軽装の革鎧に見えるブリガンダインを身につけている。内側に金属の板をリベット止めしたもので、板金鎧には及ばないが、鎖帷子よりも丈夫でメンテナンスもしやすい。ジャラジャラとした金属の鎖の揺れる音もせず、板金鎧のように光を反射することもないので、隠密性にも優れている。
小さめの丸い盾とメイスを装備し、上腕を手甲で固めてあるので、相応に攻守に優れている。勇者の加護で能力が底上げされていることもあり、醜鬼程度であれば一撃で頭蓋を粉砕する。
その後ろには『賢者』ワイズが控える。溜めを必要とする術を用いる前にヒエロが前に出てしまうので、小火球や小水球のような魔力量の少ない連射の利く魔術を用いている。牽制に、援護にと上手に組み合わさり、また、勇者の加護で威力も底上げされている。本人は不服のようであるが、ヒエロとはうまく組み合わさっている。
そして、その後ろには状況を判断し、的確なフォローを入れるアイリスが立つ。軽装の革鎧にローブを纏い、腰には鉈剣を装備している。見た目は古臭いが、魔銀製の装備であり、魔術の威力を高める効果がある。また、死霊に対しても特別の効果を持つ。
通常は戦闘に積極的に参加せず、時折スリングなどで牽制をし、包囲をされないように遊撃に出ることもある。実は、彼女自身は魔術もそれなりにこなせるのだが、あまり表立って使う事はない。が、おそらく、賢者程度の魔術は使いこなせている。彼女の家系の女性は、魔力量に恵まれ魔術師として知る人ぞ知る存在であったりする。残念ながら、男子には顕現せず、優秀な文官として王の側近を務めることが多い。
最後尾は『勇者』ブレイブ。背後からの攻撃を警戒し、時折、前線に出て援護もこなす。が、基本は後方彼氏づらをかましている。らあらあ煩いが、やるときはやる男である。
「それで、この後どうする」
「慎重に侵入しましょう」
「つまり、今までと同じであるな」
「よし!!わかった!!」
ヒエロは良く解っていないという事が良くわかる。すでに何度も繰り返した行動だ。
『魔王』の立て籠もる城塞は、四方に視界が開けた尾根沿いにある監視城塞の一つであり、複数の塔を連結させたような形をしている、典型的なそれである。とはいえ、尾根伝いに逃げることも容易であり、多数の軍勢で取り囲む前に逃げられることも容易であろう。
監視することが役割の城塞であるから、この場所を護るだけでなく、戦力差が大きければ情報を持って逃げ延びることも難しくない場所を選択しているとも言える。王宮は軍の派遣を検討したが、山岳地帯に潜む魔王を捕捉し討伐するのは少数の精鋭である方が良いと判断した。騎士より魔術師、そして冒険者であればなおよい。
幸い、これまではそれでうまく機能していた。相手は少数とみて油断もするし、包囲する前に各個撃破されてしまう。わずか四人、一手が決まれば後はどうにでもなると考え引き際を見誤る。
その一手を勇者の加護が、修道士の信仰が、賢者の魔術が、そして、彼女の指揮が粉砕してきたのだ。
「吾輩はこの依頼が終わったなら……」
最後まで言わせないとばかりにアイリスが口を塞ぐ。
「そういうのは、終わってからにしましょう」
賢者も勇者も修道士も彼女の言葉に黙ってうなずいた。
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中に潜んでいたのは小鬼ではなく醜鬼であった。
狭い入口を利用し、各個撃破するつもりで潜んでいたのだが、個々の能力で言えば、四人の方が格段に上であり、一対一あるいは一対複数でヒエロが対峙していたとしても、背後から魔術の援護を受け、隙を見てブレイブが斬り込んで活路を開く形は容易に止めることは出来ず、それなりに整った戦士の装備をしていた醜鬼たちも、時間をかけずに討伐されていった。
最後に城塞の主塔と思わしき場所に至ると、そこには、『魔王』と思わしき頭一つ大きなそれが存在していた。
「まさかの食人鬼の魔術師か」
「問題ないわ」
食人鬼の魔術師というのは元から人喰い鬼であったわけではない。魔術師が「食人」を通してオーガに変化したものである。小鬼の魔術師や、精霊の加護・祝福が歪んだ結果生まれる醜鬼とは根本的に違う存在。
『良く来たな。そして、よくも兵を殺してくれた』
余裕をもって対峙している魔術師の食人鬼。ここまで三十体ほどの醜鬼を討伐し、それなりに消耗したと判断しているのだろう。薄暗い城塞の石造りの部屋の中には、薄暗い闇が四方に残っている。
『おい』
「問題ないわ」
アイリスはその示唆を合えて無視する。
『魔王』はなにやら歪な形の杖を掲げると、四人に正面から『雷撃』を放った。
PANN!!
「があぁ」
「ぐっ」
「はっ!!」
修道士と賢者は避けられず一撃で昏倒する。後方で距離を保っていたアイリスは魔力の壁で弾き、勇者は一瞬の判断で飛びのき躱した。
『これかよ』
どうやら、魔王の能力の中には、『雷』の精霊の加護が備わっているようだ。その加護で、雷撃を放つのだろう。このような小石だらけの荒寥とした場所で精霊の力を借りて魔術を行使するというのは、それを可能とする加護があるのだ。水の乏しい場所で水の精霊魔術を行使するようなものだろうか。
「オークを率いていたのも、精霊の加護持ちだからかしらね」
「そんなことはどうでもいい!!」
二人きりとなった状態に焦ったか、勇者が彼女に怒声を上げる。軍隊なら半数が死傷した時点で「全滅判定」でもおかしくないのだが、冒険者は違う。一人でも依頼を達成できなければ価値がない。
間を置いて二撃目が二人を襲う。
PANN!!
GYANN!!
彼女は魔力の壁で、勇者は自身の剣で『雷』を薙ぎ払った。おいおい。
「ぐっ、痺れるなぁ」
勇者は剣で弾いたものの、ダメージは相応に負ったようだ。それでも、金属ではなく革の小手であったこと、滑り止めの柄に施してあった革紐で直接ダメージを負わなかっただけマシかもしれない。
彼女と勇者は左右に分かれ、同時に前に出る。二人とも剣を構えて同時に左右から斬りかかれば、同時に二方向に『雷』を放てないだろうと阿吽の呼吸で判断したのだ。
しかし
PANN!!
PANN!!
『魔王』は顔色一つ変えず、左右に雷を放って見せた。驚いた顔を見せたまま床に倒れる勇者。それを見下ろす『魔王』の顔には喜色が現れる。
『この程度、造作も無いわ!!』
しかし、気が付く。倒れた音は一つだけ。勇者と対になる様に少女が倒れている……はずなのだが。
『むぅ、おらん。どこに隠れたか小娘ぇ!!』
胴間声には魔力が乗っており、魔力の無いもの、あるいは少ない者ならばその力で動きを止める程の効果がある。
「隠れてないわ。あなたが見失っただけ」
『いや、魔力隠蔽って隠れてだろ』
いつの間にか『魔王』の背後に回り込んでいたアイリスが、その首元に鉈剣を叩き込む。
『魔王』は余裕であった。魔力を纏い、自らの肉体を食人鬼と化して強化もしている。少々腕の立つ魔装騎士程度では傷一つつけられないと。その過信が命取りとなる。
BUSHUUU!!!
その古びた剣はただの剣ではない。子爵家に伝わる魔術師の魂を宿した総魔銀の剣。それに、大魔導師級の魔力を注ぎ込み魔力による斬撃を高めた一撃であったのだ。
『魔王』がオーガとなった理由。それは、魔力量の少なさに限界を感じ、人の限界を超える為であった。魔力は相殺され、彼女の刃がオーガの肉体を見事に切裂いた。
ゴロンと首が落ち、四体の倒れた肉体が城塞の広間に並んだのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「おお聖女よ! しんでしまうとはなにごとだ!!」
『魔王』討伐の報告をアイリスは一人で行っている。王には腹案があった。『魔王』を倒した勇者を先頭に、隣国に攻め入ることで優位に戦争を進めようというしょうもないものである。
『勇者』は二人おり、西に向かったアイリスのパーティは彼女を残して全滅したものの、『魔王』を討伐することに成功した。しかし東に向かった王女の婚約者とされた勇者は討伐に失敗し戦死してしまった。
結果として、王国は勇者の加護持ち二人を失ったことになる。大いなる誤算である。
「力及ばず、大変申し訳ありません陛下」
『聖女』と呼ぶのは一種の揶揄である。王都でアイリスがそう呼ばれていることが原因だ。彼女は、自分の手慰みで作った傷薬や解熱剤、あるいは回復ポーションなどを施療院や教会の孤児院に無料で与えている。本人は売り物にならない程度の物なので大したことではないと考えているのだが、貧しい王都民の間では「聖女」等と呼ぶ者も少なくない。
王宮でもそれは同じなのだが、「人気取しおって」という戦争大好き、築城大好き、馬上槍試合大好き、女大好きな国王陛下にとっては面白くないのだ。若く美丈夫を謳われた王ではあるが、所詮、王様気質なのである。
「まあ、よい。これからも励め」
「恐れ入ります」
何の褒賞も賞賛もなく、いつもと同じく下がれとばかりに無言で手を横に振る。
『予想通りだったな』
アイリスは三人の今後を想うと、あの時『死んで』よかったと思うのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
アイリスは『魔王』を討伐した後、倒れている三人に回復ポーションを飲ませた。仮死状態に近かったものの、彼女の魔力をたっぷり含んだポーションの効果は劇的であり、体の表面に浮いた内出血の青黒い跡も綺麗さっぱり消えうせた。
三人は、魔王の首と倒れた胴体を確認し、依頼が達成されたことを知る。
「これで王都に帰ることができる」
喜ぶ三人に、彼女はこの後起こるであろう三人の未来についての予測を伝える。
「三人は、凱旋後そのまま軍に徴集されるでしょう」
「「「なっ!!」」」
女性であるアイリスはともかく、褒賞を只もらうだけで済まないということ。国王は隣国との戦争に勝利する為に、英雄を求めており、三人はその為に選抜されているという内情を話す。
「事実なのか」
「公にはされていないのだけれど、国王陛下の考えと今後の行動を予想するならばね。もう一隊の『勇者』も別の『魔王』討伐に向かっているわ」
三人は、この先延々と国王の軍で戦争に駆り出され続けるのかと思うと暗い気持ちになる。冒険者であれば、自分の勝手判断で街に寄り、美味い飯を喰い、宿に泊まることもできる。が、軍は街に入ることを許されることはない。入れば、略奪暴行を働きかねないので基本は野営である。貴族の当主など高位高官なら豪奢な移動住居とも呼べる天幕暮らしだが、一般の兵士は空き家で寝られれば極上、基本は地面に寝転がるしかない。
「吾輩、死んでしまいます」
「いつもの修行生活ではないか。問題ない……わけではないか」
托鉢修道士の路上生活はともかく、異教徒でもない相手との戦争に積極的に参加するのはどうかと思う。汝殺すことなかれである。
「王都には私一人で戻るわ」
彼女は用意してあった幾ばくかの報酬を三人に渡す。三ケ月の間に蓄えた報償に旅費の余分、それに彼女の貯え。
「いいのか」
「問題ないわ。私一人であれば、領主の所に泊めてもらえるのだから」
戻りの旅費など心配はない。王の側近の娘が訪ねれば、行く先々で一夜の宿を提供する貴族に事欠くことはない。
三人は頷き、城塞を出る。
修道士は気候の良い内海沿い、ニースを目指す。勇者はギュイエ大公の領地ボルデュあたりで傭兵か騎士団に潜り込めればと考えているという。賢者は王国南部で歴史の古い街トロザに向かうのだそうだ。
「ここでお別れね。落ち着いたなら手紙を頂戴」
「ああ。知らせる」
「ではまた。世話になった」
「良い人生をな」
四人は別れ別れになり、再び会う事は無かった。
『おい、その杖、俺によこせ』
部屋を出る前に、魔銀の剣が『魔王』の杖を獲り込んだ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
学院の一室、孫娘に似た面差しのある黒目黒髪の少女。だが、少々気が弱く、資質は良いのだが伸び悩んでいる面もある。その横には赤毛の少女が熱心に書類を書き込んでいる。
「アイリス先生どうかされましたか?」
「いや、ちょっと昔のことを思い出していてね。旅は中々面白いもんだね」
「はい!! あたしも遠征に連れて行ってもらえるの楽しみです!!」
「わ、私はいいかな。ここで大人しくしている方がいいよぉ」
アイリスはお茶の用意をするために席を離れる。今頃、あの孫娘たちはどこを旅しているのだろうと思いつつ、窓の外を見る。
その目に映る空は、彼女達と同じ空なのだと想いながら。
【了】
最初で最後の冒険は終わり、魔剣は『雷』の精霊を手に入れる話。
夜中にふと思い立ち書いてしまいました。
読んでいただきありがとうございます。
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