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生前の余興(1)


 愛の言葉は、軽々しく(うた)うものじゃない。


 そう感じながら生きてきた。



 だって、私はなんでも持っている。


 お金も名誉も、地位や美貌だって——



 およそ他人が羨むものを、全て手にした状態で生まれてきた。


 だから囁かれる愛が、何もかも空虚なシャボン玉みたいに思えた。



 ようするに、フワフワ飛んでいて中身の無い、はじけて消えるだけのもの。



 私が浴びる無数の愛なんて、そんなもの。



 私は本当の愛が知りたい。


 背中に広がる翼ではなく、表面を彩る羽毛にでもなく、今にも溺死しそうに悶える水掻きに向けられる愛を。



 本当に、そんなものが有るのであれば。




 こうした幻想を抱きながら、私は今日、十八回目の誕生日を迎える。



 外は眩しいくらいに晴れ渡っているのに、ドレスに砂埃が付くからと、屋敷の中へ押し込まれてしまった。


 それも総勢二百人以上が集っている、我が家の大広間に。



 酸素が薄い。

 空間的には余裕があるのに、胸の内に言い様のない圧力が押し寄せてくる。



 仮初めの翼なんて、重荷にしかならない。


 

「どうかなさいましたか、お嬢様?」

 


 涼しい顔をしているのに、心配そうな声色を利用して近付いてきたのは、この家の執事。



 仕事は出来るけど表情が読みにくいし、歳も五つしか変わらないから、彼の切れ長な目を見ると、ついキツく当たってしまう。


 

「アルロの察しが悪くてもどかしいから、顔にまでイライラが出てしまったのかしら」


「いけませんよお嬢様。本日はお嬢様の為に開かれたパーティですので、主役である貴女に席を外されては困ります」


「……分かってるわよ、そんなこと。勝手に人の心を覗かないで欲しいのだけど」


「申し訳ございません。窓を眺めるお嬢様の瞳が、あまりに窮屈そうでしたので……」


 

 言葉ではなんとでも取り繕える。


 でもアルロの顔色からは、悪びれた様子が微塵も伺えない。


 むしろ楽しそうにも見える。



 それも仕方のないことだわ。


 彼も仕事としてやっているだけだし、心の底から謝罪するなんて難しいはず。


 悪いのは気を遣わせた私の方だ。


 

「ザックが来ていたら、私に教えて」


「かしこまりました。ロジャース様がお見えになりましたら、必ずご報告いたします」


 

 この大人数の中から、一人の友人を探し出すのは難しい。


 そんなものは取って付けた方便に過ぎず、来ていればきっと向こうから見付けてくれる。



 私はただ、執事との間が持てないやり取りに終止符を打ちたかっただけだ。



 案の定、深々と(こうべ)を垂れた彼は、次の業務をこなす為に立ち去って行く。



 ……飲み物くらい、所望すれば良かったかしら。



 広間の隅にポツンと残された私は、周囲をざっと見回した。


 招待客の誰も彼もが、お爺様が建て、お父様が守り続けるこの豪邸に、眼を燦々(さんさん)と輝かせている。



 あの貴族達の目的は私を祝うことではなく、あくまでも財閥とのコネクション。


 王国内でも筆頭の金融業を営む我がロックハート家は、領地内外を問わず、数多の名家にとって支柱となっている。


 兵の育成から商業まで、あらゆる事業において資金は必要不可欠だから、それらを工面してくれる繋がりは尊い。



 今は娘に媚び(へつら)ったとしても、いずれ幼い弟への関心が勝るだろう。



 飾りに過ぎない私は己の立場を弁え、テーブルに置かれたジュースに自ら手を伸ばした。


 でもこの選択は失敗だった。

 


「レイナお嬢様、本日はお招きいただき、感謝の言葉もございません」


「誠にめでたいですなぁお嬢様。ご立派になられて、お父上もさぞ鼻が高いでしょう」


「こちらこそ、お忙しい中足をお運びくださり、心から感謝申し上げます。今後ともロックハート財閥を、末永く宜しくお願いいたしますわ」


 

 動き出すチャンスを狙っていたかのように、続々と押し寄せてくる貴族一行。



 何度か顔を合わせているはずだけど、全員似たような会話しかしないので、個々の判別がつかない。



 社交場用の顔は作れているだろうか。


 


 ひと通りの挨拶を済ませ、グラスの中身を口に含むと、すんなり喉を(くぐ)ってくれない。


 渇きを癒す甘酸っぱさや、鼻から抜ける果実の香りも、爽やかには感じられなかった。


 今更だけど、水にすべきだったかしら。




 視線を床に落としていると、重そうな革靴が一歩一歩踏みしめてこちらに迫っている。



 恐る恐る見上げた先には、周りの大人より顔一つ分高い背丈と、分厚い胸板が逞しい男性。


 髪は青みを帯びつつふんわりとした質感に、前髪を持ち上げて横に流したスタイル。


 垂れ気味だからか、柔らかな印象を受けるこの人の目を、私はよく認知している。

 


「益々お美しくなられましたね、レイナ様」


「ご無沙汰しております。近衛師団の騎士様はお忙しいご様子ですが、どうぞご自愛くださいませ」


「ご厚情痛み入ります。貴女に相応しい騎士を志し、鍛錬に励む日々です」

 



 彼——メレディス・オッターバーンと出会ったのは、二年くらい前のこと。



 代々国王直属の騎士家系に生まれ、その身を剣に捧げた彼は、爵位を持つ名家の嫡男(ちゃくなん)


 そんな彼が二十二歳だった時、私との見合い話が持ち掛けられた。



 現在でもさして変わりはないけれど、初対面での印象は、温厚で真面目そうな大人。


 騎士には不釣り合いな優しい声と眼差しで、私に抱いた好感を惜しみなく語ってくれた。


 しかしそれらの台詞は、聞き飽きた()()()()との差を感じられなかった。



 私の態度から、それ以上は進展せずに終わったものの、特別だと思えた部分もある。



 見合い当日の最後、「また、会いに来てもよろしいですか?」——と彼に告げられた。


 その言葉に偽りはなく、三ヶ月に一度は必ず顔を見ている。

 

 とても律儀な人なのだろう。



「買いかぶりですわ。貴方が磨き抜かれたものは、私の価値を優に超えていますから」


「その様な謙虚な姿勢にも、実に惹かれます。おっと、そろそろ当主様のご挨拶ですかね」


「えぇ、私も参らねばなりません。貴方も羽を伸ばすつもりで、楽しまれてくださいね」


 

 両親が壇上に上がったタイミングで、そそくさとその場を後にした。


 だって、こうもへりくだった意見ばかり述べられると、どこまでが本気なのか分からなくなるもの。



 決して彼を嫌ってはいない。


 でも話していると、なんだかもどかしい気持ちになる。



 本当の私は、天に焦がれる臆病者なのに。

 


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