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令嬢と婚約者、そして恋を知る  作者: 茅未つき
令嬢エヴェリン
6/12

06.わたしたちは星空の下で



 すでに日は暮れて、夜に沈んだ庭園は灯された明かりに浮かび上がる。

 少しばかり混乱をきたしているわたしは、ぬるい風に吹かれながら花壇で揺れる花たちをぼんやり眺めて歩く。


 花壇に植わるいくつかの植物は、もう何年もの間そこにある。昔庭師の手伝いと称して引っ掻き回して、泥だらけになりながらも最後にはルーカスと一緒に種を蒔いて、それからはその成長と花開く季節が毎年の楽しみとなった。

 そこかしこに設えられたアーチや生垣となっているのは薔薇で、時期になれば本当に華やかに庭園をにぎわせてくれる。今でもいくつかは花開いて楽しませてくれているけれど。


「今日はありがとうございます。ルーカス様がいつもお話くださるお姫様にお会いしてみたかったんです」

「そんな、お姫様だなんて……」


 隣を淑やかに歩くアンヌ様が微笑んで、だけどわたしなんて、噂に惑わされて彼を疑うような小娘でしかない。生まれが庶民だなんてすっかり貴婦人が板について見えるアンヌ様こそお姫様に似つかわしくて、わたしは優しい言葉をかけていただくに相応しくない。

 一人で勘違いして、誤解して、噂に振り回されて、彼を振り回して、青くなればいいのか赤くなればいいのか分からずに、ただ居た堪れずに肩を縮める。


「しばらくデートも出来ていないと伺いました。当家の問題にルーカス様を巻き込んでしまった私たちのせいもあるかと思いますので、エヴェリン様には無用な心労をおかけしたこと、申し訳ございませんでした」


 すっと伸びた背中で腰を折り頭を下げるアンヌ様に動揺する。

 彼女はただエメリス様の隣に立つべく努力をしていただけで、エメリス様も同様。そしてルーカスもそれに協力していたに過ぎない。誰も何も悪くは無い。


「……アンヌ様、淑女はそう簡単に謝るべきではないわ。あなたに非はないのだから」

「エヴェリン様こそ、こうした時は謝罪を受け入れるのが大人の嗜みですわ」


 澄ました顔のアンヌ様の返しに、二人して笑う。

 婚約者がそばにいながらにして他人と噂を立てられた彼女こそが被害者のようなものだというのに、惑わされているわたしにまでこうして気遣ってくださるなんて。わたしからすれば確かにぐっと年上ではあられるけれど、これが大人の対応というものなのね。これからも是非仲良くしていただかないとと心に決める。


「あなたとなかなか会えないと、随分と気落ちされていましたわ。目を離している隙にどんどん綺麗になってしまわれるから心配だと」

「まさか」

「あら。あの人もあなたと少し話していただけなのに慌てて奪い返しに来たって、おかしそうに教えてくれたんですよ」


 アンヌ様こそがおかしそうに、楽しそうに笑って。

 心当たりなら、あった。王女殿下の誕生祭での出来事。過保護で心配性が過ぎると、ただそう思っていたのに。


「自分にだけ懐いてくれていると思っていたのに、他の男性に笑いかけているあなたを見て気が気じゃないとか」


 血が上る。続けざまに告げられる言葉に、なんだか無性に恥ずかしさが込み上げる。

 妹にしか見られていないと思っていたのに。聞く限りそれはわたしが勝手にそうと思い込んでいただけなのかもしれない。

 夜でよかった。初対面のアンヌ様に、こうも赤面した顔を見せるのははばかられる。


 あたたかな眼差しが気恥しくて、避けるように俯いた。

 そわそわと落ち着かない気分で、だけど心底ホッとしていることを自覚する。ちゃんと好かれているのに勝手に婚約解消を覚悟までしていたなんて、自分がおかしくて笑いだしてしまいそう。


 彼に会いたい。そして謝らなくては。散策を終えるまでに気持ちを落ち着けて。

 話さなくちゃいけないこと、話したいことがたくさんある。避けてしまってごめんなさい、って。大切にしてくれてありがとう、って。そして、心を掻き乱されてしまうくらいにはどうやらあなたのことが……なんて、それは伝えられるか分からないけど。


「エヴェリン」


 呼びかけにハッと足を止める。振り向けば今まさに頭の中を占めているその人が、星明かりに照らされ、まっすぐこちらに向かってくるのがとてもよく見えた。

 会いたいとは考えたけれど、落ち着けようとしていた鼓動は跳ね、心臓が自己主張を始める。ようやく少し自分の状況や感情を整理出来そうになっていたのに。


 助けを求めてアンヌ様を振り返るけれど、いったいいつの間にこの場を離れたのか、彼女の姿はどこにも見当たらない。もちろんわたしに逃げ場は……いいえ、避けたせいで彼の話もまともに聞かなかったわたしにそんな選択肢は最早取れるはずもない。

 焦り戸惑っている間にも彼は迷いのない足取りで歩み寄ってくる。


 こちらの動揺などお構い無しに、ルーカスは正面までやって来ると足を止めその場に跪く。真剣な眼差しに射抜かれて、わたしは動けないままその瞳を見つめ返すしか出来なくて。


「エヴェリン・オルレア嬢、」


 掠れた声で丁寧に名前を呼ばれ、胸がきゅっと詰まる。

 ――そして彼は、わたしの手を取った。



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