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令嬢と婚約者、そして恋を知る  作者: 茅未つき
令嬢エヴェリン
2/12

02.わたしはもう子供ではない



 一人ふらりと離れていくお兄様を見送って会場を回れば、次から次へと見知った顔が現れる。同年代ならばほぼ学園で顔を合わせるし、王女殿下の誕生祭は春休みに入ってすぐに行われるため学生にとっても日程的に参加しやすく、わたしも三年連続でご招待に応じることが出来ていたりと、顔ぶれが変わらないのもあると思う。


「ルーカス! 来てると思った、久々だな!」

「領地に戻ってからなかなか顔を見せないもんだから、忘れるところだったぞ?」

「悪い、暇が出来なくてな」

「転送門通って来ればすぐだろうが」


 一人、二人と、次第にお友達に囲まれていくルーカスの邪魔にならないよう、そっとその輪から離れる。

 視線を巡らせてみるとこちらに手を振る学友たちに気づいて、お話中にもちらりと向けられた視線に身振りで示し彼女たちのもとへと向かった。


「エヴェリン、あなたも来ていたのね」


 色とりどりのドレスに身を包んだ学友たちが、うふふと微笑んで迎えてくれる。


「ええもちろん。お祝いの席よ、参加出来るならしたいもの」

「王子様方の誕生祭はいつも参加出来ていないものね」

「そうなの。なかなか予定がね」


 現国王には四人のお子様方がいらっしゃる。つまりその誕生祭だけでも一年で四つ、すべてに顔を出すというのはそれなりにハードなことだった。

 とはいえ学友が参加出来ているのだから、わたしだけが予定が合わないわけもない。


「こっそり来ればいいのに。協力しましてよ?」


 彼女は頬に添えた手に隠すように、にやりと赤い唇に笑みをのせる。

 つまり、そういうこと。わたしには兄と婚約者の二人から制限をかけられている、二人のどちらかと一緒でなくてはならないと。

 まあもともとわたしが社交的でないということもあって、むしろありがたい気遣いと感じていたこともあったのだけど、外でのお付き合いが増えると不参加を見咎められるようで少し気を使う。


「……考えておこうかしら」

「その気になったらお声をかけてくださいな」


 とはいえ、そんなことをする機会はきっと来ない。

 学友たちが哀れと考えているほど、わたしはこの環境を窮屈には思っていない。それに他のどなたかにエスコートしてもらったとして、楽しめる自信はないもの。


 そうこうしているうちに、ゆったりと会場を満たしていた音楽がテンポを一定にした曲調へと切り替わる。


「ダンスが始まりましたわね」


 学友たちはパートナーや親しい知人などを見つけて手に手を取り歩き出す。彩り豊かなドレスと凛としたスーツがくるりくるりと踊る様は、見ているだけで気分が高揚していく。花々の中へと迷い込んだようにうっとりその光景を見つめていた。


「レディ、踊っていただけますか?」


 ぼぅ……と見入っていると、差し出された手。

 それは学園で異性とペアを組む時にお世話になっている学友の一人で、普段とは違う繕われた態度に思わず吹き出した。


「あら、ロイエル様。パートナーはよろしいの?」

「従妹もあちらで踊っていて暇なもので」

「それなら暇つぶしにお付き合いさせていただきましょう」


 手のひらに指先を乗せる。ロイエル様はホールの中央へと促すように手を引いて、わたしたちは足を進めた。

 途中、こちらを凝視するルーカスと目が合って、だから安心させるようにゆったりと微笑んでみせる。


 昨年の今頃はお茶会で親しくなった女の子のお友達はいても、まだまだ受け身なばかりで積極的に友人関係を作ることが出来なかった。だから随分と心配させていたと思う。それも今では交友関係を少し広げて、こうしてダンスを申し込んでくれる異性の友人も出来た。


 兄様たちの影に隠れてばかりいたわたしではなくなったのよ。成長を見てほしくて。

 くるり、ふわり、ドレスの裾を揺らし踊りながら小さく笑うと、どうしたのかとロイエル様が顔を寄せる。


「うちのお兄様たちが見ているの。心配性よね」

「……どこの馬の骨の誘いに乗ってんだってところか?」

「あなたの身元は確かじゃない。わたしが足を踏んだりつまずいて転ぶんじゃないかって不安に思っているんだわ」


 会場のあちらとそちらから向けられる視線。たくさんの人たちの中でもわたしの姿を見つけてくれるのはさすがだと思う。

 お兄様は小さく手を振ってくれているけど、ルーカスなんてなんだか気もそぞろな様子、お友達に失礼になっていないといいのだけど。


 一礼をしてダンスを終え、少しだけ弾んだ息を整える。もう一曲と再び差し出された手に軽く首を振って、一人テーブルへと向かった。

 飲み物はと見回していると、


「やあ」


 と背中から声をかけられた。


「どうも、オルレア嬢。炭酸ありとなし、どちらがいい?」


 振り返ってみれば、落ち着いた銀地に青い刺繍のスーツに身を包んだ男性……記憶を探り当てる。


「まあエメリス様。ご無沙汰しております」


 エメリス様の手にした二つのグラスのうち、炭酸の入っている方をありがたくいただき、笑み交わす。グラスの中には淡い色合いのドリンク、照明を浴びてキラキラと煌めいて揺れる。


「覚えていてくださいましたか」

「もちろん。婚約者のお友達ですもの」

「それはどうだろう。ルーカスは友人が多いからね、僕のことを同じように思ってくれているかは分からないな」

「ふふ、彼からいただく便りにE.E.という記述は多かったですわ」


 二年前のこの会場で、まず紹介されたのがこのエメリス様だった。そばに居合わせたからというのはもちろんあるのでしょうけど、それでも最初に、というのはつまりそういうことなのだと、わたしは解釈している。

 プラチナブロンドの髪に深緑の瞳が印象的な、伯爵家の嫡男。彼に纏わる素敵な恋のエピソードをも思い出して、内心でうっとりとしてしまう。お話を伺った当時、なんてロマンティックなのだろうと思ったことをはっきりと覚えていた。恋物語のようだったんだもの。


「エヴィ! エヴェリン!」


 噂をすれば、ルーカスが小走りで駆け寄ってきた。


「婚約者が世話になった」


 そう急がなくてもよかったのに、固めているはずの髪が少し乱れてしまっている。


「放ったらかしにされているお嬢さんと話していただけだよ」


 ルーカスと向かい合う形となったエメリス様は肩をすくめる。


「久々に会ったっていうのにご挨拶だな。僕が何かするはずもないって知っているだろう」

「それでも愉快な気分でないことも、知っているだろう?」

「まあね」


 なんだか分かり合っているような顔で再会の挨拶を交わす。

 エメリス様の噂の恋人にお会いしてみたかったのだけど、今日はいらっしゃらないというのが残念。挨拶に回るとおっしゃるエメリス様の背中が遠ざかると、ルーカスが振り向いた。わたしの手首を掴む。


「エヴィ、他人が差し出すものを安易に受け取ってはいけないと教えただろう。十二分に警備されている王城とはいえ油断してはいけない。薬でも盛られていたらどうする」

「あら、あなたが信頼してらっしゃる方だからよ。そうでなければ受け取るはずがないわ」


 自分の顔が見て取れるほど、緑青色の瞳がまっすぐに見下ろしてくる。

 貴族として生まれ育ち、身を守ることの大切さはそれこそ物心ついた時から刷り込まれている。これまで平穏無事に生きてきたからといって、これから先もそうとは限らない。当家は子爵とそう高い爵位でもなければ、その中でも立派なほどの家柄ではないけれど、ランドール家に嫁ぐことになっているのだから。

 きちんと理解しているつもりだし、それは彼にも伝わっているはずで、いつもは、少なくとも公の場ではそうした扱いをしてくれているのに。


 瞳に映るわたしの表情は、なんともいえない。……だってこれでは心配性を通り越して過保護。わたしはもう幼子などではないのに。

 わたしがどれだけ努力して大人になろうとしても、彼にとってはいつまでも子供でしかないのかもしれないと、悲しくなった。


 迎えに現れたお兄様と一緒に王女殿下にご挨拶に行き、弟君であられる王子殿下たちとも一言二言交わしてから、兄様たちとそれぞれ一曲踊った。今回のわたしのパーティーは、そこで終わった。



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