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令嬢と婚約者、そして恋を知る  作者: 茅未つき
令嬢エヴェリン
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01.わたしと素敵な婚約者



「こちら婚約者のエヴェリン・オルレア嬢です」


 そう言って微笑むルーカス兄様はとても大人びて見えて、わたしやお兄様と過ごす時とは全然違う顔をしていた。

 隣に立つことに誇らしい気持ちが胸に満ちて、同時に寂しいような切ないような気分に陥る。きらびやかな会場に気圧され、紹介に促されるまま会釈を繰り返すしかできないわたしは、まだまだ子供でしかない。


 親同士の冗談半分みたいな口約束をきっかけに婚約したのは、わたしが生まれて間もなくのことだと聞いている。どうしたって先に大人になるルーカス兄様は、そんな親のお遊びなんていい加減反故にしたっておかしくないのに、今も維持したままの関係は彼の優しさゆえのこと。


 パーティーに初めて揃って出席して、ようやく同じ場所に立てたと思っていたのに。

 それもただ、学園での生活がもうじき三年目に入るわたしが、そろそろ交友関係を広げるために上級生も交えた社交の場に出ることになるから、これから先戸惑わないよう手ほどきをしてくれるつもりなのだろう。

 追いつくことのない年齢差分の距離が、なんだかとてももどかしい。


「おいで、エヴィ」


 差し伸べられた手と、細くやわらかくなる緑青色の眼差し。

 政略結婚の珍しくない中で、この手を取れることはきっと、とんでもなく幸せなことなんだと思った。恋とか愛が分からなくても。






 *






 学生生活も六年あるうちの半分を終え四年目に入ると、三つ年上のルーカスは卒業を迎え、国内の最東端にある領地へと戻っていった。

 ともに学生だったこの三年は頻繁に顔を合わせていたから、簡単には会えなくなった現実に、しばらくは落ち着かない気分を味わった。


 ルーカスは伯爵である小父様を手伝って、いずれ来る日に備えいつでも引き継ぎが出来るように励むという。とは言っても小父様はお元気な方で当面引退するおつもりもないというし、彼はその傍らで剣術や魔導術の鍛錬を重ねご自身なりの道をも模索すると話していたから、ほんとうに勤勉な方だなと感心したものだ。


 落ち着かないなんて言ってはいられない。

 お兄様だってもう六学年、兄様たちがいなくても大丈夫だと安心してもらえるように頑張らなくちゃ。


「ひさしぶり、元気にしていた?」


 王都のタウンハウスでの再会は、穏やかなもの。

 もともと父と小父様の治める領地が南部と最東端と離れていることもあって、学外で顔を合わせるのはどちらかのタウンハウスであることが多かった。

 迎えに現れた数ヶ月ぶりの姿に、わたしは駆け寄りそうになって、けれどその衝動をぐっと堪える。淑女たるもの無闇に走ってはいけない。


「ルーカスこそ、元気そうで何よりだよ」

「お前に挨拶をしたつもりじゃなかったんだけどな、セルジオ」

「そんなこと言って。兄妹揃って元気で安心したろう?」


 ルーカスはにこやかに出迎えたお兄様に肩をすくめ、わたしに微笑みかける。


「ご無沙汰しております、この通りお兄様ともども健やかな日々を送っていますわ」


 ドレスを持ち上げ礼を取ってみせるわたしに、彼はわざとらしく目を見開いて驚き顔を作った。


「しばらく会わない間にすっかりレディになったみたいだ」


 そう言うルーカスこそ、さらにすらりと伸びた背中が逞しく、凛々しい雰囲気が漂っている。わたしも大人っぽく装ったつもりではいたけど、並ぶとやっぱり子供じみて見える気がした。

 以前似合うと言ってくれたからって黄色いドレスなんて選ぶんじゃなかった。春らしいし、花を模した髪飾りとの相性は抜群だと思うけど。着付けてくれた侍女のナディルにも申し訳ないとは思いながら、隠れてため息が漏れた。


「いつまでも子供じゃいられないもの」

「そう急がなくても、エヴィらしくいてくれればそれでいいさ。今日のドレスもとてもよく似合っているけど、もう少し可愛らしい雰囲気でも素敵じゃないかな」

「それは身内の贔屓目だわ」


 セルジオの妹のエヴェリンとしてならまだしも、ルーカスの婚約者のエヴェリンとしては、背伸びになるとしても、彼の隣にあって相応しい淑女となる必要がある。

 お互いに特別な相手が出来たなら解消することも想定されている関係ではあるけれど。それでも今は、このままいけば訪れる、未来の伯爵夫人として。


 ルーカスがわたしの手をすくい上げる。少しかさついた、大きくあたたかい手のひら。ゴツゴツして感じるのは、剣やペンなどを持ち慣れた人だから。

 深い色合いの金髪を撫でつけて固めたパーティー仕様の髪型に、秀でた額が目を引く。深く、それでいて優しい色合いの緑のスーツも、グラデーションになった刺繍の濃淡が美しく、とてもよく似合う。贔屓目なしに素敵なのはどちらだか一目瞭然。


「まあ婚約者の欲目が混じっていることは、否定は出来ない」


 ふ、と漏れた笑みに「ほら、そうでしょう」と小さくため息。

 大好きなもう一人のお兄様に恥をかかせたくないから努力しているのだというのに、妹の心兄知らずだわ。


 ルーカスに手を引かれ、ランドール家の馬車に三人で乗り込む。ガタリと揺れて、だけど走り出した車内は微かな振動があるくらいで穏やかなもの。

 向かう先は王城、城門を通り抜けると停車したいくつもの馬車から正装した男女が降り立つ姿が見えてきた。さすが王族の誕生祭だけあって、もうすでににぎやかで華々しい雰囲気が漂っている。


 招待客は国内貴族の子息子女を中心としているはずだけれど、主役であるアンナマリア王女殿下も近く学園に入学されるご予定で、そろそろ社交性を磨くため近隣諸国の王侯貴族も招かれているという噂。

 会場はとても華やかで、わたしが参加するようになってからの三度のうちでも最も豪華に見える。大きなシャンデリアに美しい絵画や花々が飾られ、なんともきらきらしい空間に目が回りそう。


「さあ、行こうか」

「はい」


 左隣ではお兄様が微笑み、右隣ではルーカスが腕を差し出す。わたしは自然と浮かんだ笑みのまま、その腕に手を添えて歩き出した。



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