第8話 エルダンドの探索
「ちょくちょく、ずれるんだよ。珍しいことじゃねえよ、エルダンド。気にするな。」
「うん、確かに、そうだけど。」
エルダンドは、宇宙艇に残っているこれまでのデーターを見た。「コースがずれる確率が、どんどんあがっていってないか、ここ何年かで?それに、ずれる幅も、どんどん大きくなっていっている。何かが、おかしくなっているんじゃないか?このままだと、岩石衛星からの資源の採取が、できなくなってしまうんじゃないか?」
「おいおい、エルダンド。こわいことをいうなよ。俺は、そういうこわいことを考えるのは苦手なんだ。たぶん、誰かがなんとかするから、俺たちはそういうこわいものは、見なかったことにしようぜ。」
こんな言い草にも、エルダンドはもはや、あきれることもなかった。いつものことだったから。みなが無責任で、人まかせなのだ。
(大人たちにまかせていたら、ダメだ。俺が、自分で解決しないと。このままじゃ、この集落はいつかおわってしまう。)
エルダンドは、コースのずれの原因が分かりそうな情報を探しまわった。
集落が何十隻と持っている宇宙艇のコンピューターのなかも、ひとつ残らず念入りにさがしてみた。居住用宙空建造物においてあるコンピューターも、かたっぱしから覗いてみた。
だが、これといった情報にはあたらなかった。
(情報整理担当のニザームなら、何か知っているかも。)
「あら、エルダンド。めずらしいわね、あなたがここにくるなんて。」
全員をあわせても数百人の集落だから、集落の全員が顔見知りみたいなものだった。だが、そのなかでもニザームは、とくにみんなに顔なじみの女性だった。
小柄で小太りな体を無重力の空間で、ゴムまりのように、たてに、よこに、ななめにとはね回らせながら、いつでもせっせと集落のみんなに話しかけている人だった。
どこかにめずらしい情報が無いか、変わった出来事がなかったか、などを聞きだそうとしているのだ。
そうして得た情報を、専用コンピューターに入力し、むかしの関係がありそうな出来事と紐づけしたかたちで保存する。そんな活動をずっとやっているから、みなの印象に強くのこるのだ。
集落には、千年以上まえからずっと、情報の整理を担当する者がいる。集落におこった出来事を、コンピューターの中に記録し保存しつづけてきているのだ。
なぜだか、資材生産用の宙空建造物のなかに場所を与えられている、情報整理室にある専用コンピューターに、集落の歴史がたくわえられているのだった。
「うん、“皇帝陛下の地上採取施設”について、調べたいと思ってさ。どんな仕組みで資源を採取して、どんな方法で俺たちのところにまで打ちだしてくるのかを。」
「そ・・そんなこと知って、どうするの?」
エルダンドがおどろくほど、ニザームはおどろいた。「それは、皇帝一族しかご存知あそばされない高貴な知識なのよ。“皇帝の”ってついている施設や装置のくわしい仕組みなんてものは、ここにも記録は残っていないわ。私たちみたいな集落の者が、知る必要のないことだもの。」
「え?ひ・・必要ない、って、それが故障とかしたときには、くわしい仕組みを知ってなかったら、修理もできないじゃないか。」
「そ・・それは、皇帝一族からずっと管理官をまかされてきているダクストン一族に、なんとかしていただくことよ。」
「でも、もう国の実権は新政権にうつってさ、ダクストン一族もそっちにくら替えしたんだろ。なのに、皇帝一族から下賜されたものの修理とかを、皇帝一族とのつながりの切れたダクストン一族にたよってばかりいるのは、どうかと思わない?」
「そ・・そんなこと、ないわよ。実権をうばわれてしまったといっても、皇帝一族は今でも御健在だし、私たち集落の者のくらしのことも考えてくださっているわ。だから、皇帝一族から下賜されたものの修理なんかは、ダクストン一族が皇帝一族から必要な情報をもらって、やってくださるわよ。私たちが手をだす必要なんて、ちっともないわよ。」
「そ・・そうなのか?そんなんで、いいのか?それで、誰がいつダクストンに、施設が故障したことを伝えるんだ。」
「故障したの?“皇帝陛下の地上採取施設”が?ほんとうに?」
「まだ、はっきりとは分からないけど、その可能性がたかいんだ。」
「じゃあ、もっとはっきり故障したって分かるまでは、ようすを見てみたら?故障してない可能性もあるんでしょ?故障なんて、そうめったにするもんじゃないのだし。」
「ええ?はっきり故障したって分かったときには、資源の採取ができなくなっちゃってるかもしれないんだよ。そうなったら、集落のみんなが栄養不足になったり、税としておさめる分がなくなったりするかもしれないんだよ。」
ダクストン一族に施設の修理などをたのむのは、集落の者にはあまり気のすすまないことだった。修理代だとして、さらに税を引きあげられるかもしれないし、故障させた責任をとわれて、なんらかの処罰やペナルティーをあたえられるかもしれない。
皇帝一族が下賜した施設や装置が故障することなど、めったにないことだった。だから、集落民たちは、故障などしないものなのだ、と考えもなしに決めこんでいた。多少の異変も、見て見ぬふりをするのが常だった。
そして実際、何十年のあいだ、それでなんとかなってきたものだから、故障したかもしれないという可能性は、受け入れる気がしないのだった。
(こんなんじゃ、本当に故障したときには、ものすごく深刻な事態になってしまうじゃないか。)
集落のみんなの反応を見ていくうちに、エルダンドには、ますます不安がつのっていった。
ダクストン一族にたよらなければ、修理はできないのに、故障した可能性をダクストンに伝えるのは気がおもい。だから、故障した可能性にはできるかぎり目をそむける。そんな習慣が骨身にしみてしまっている。
「ほんとうにここのコンピューターには、“皇帝陛下の地上採取施設”の設計図とか、くわしい仕組みの説明とかは、保存されていないの?」
「ないわよ。それに関係して集落におこった出来事とか、集落民の経験や感想なんかは、これまでに情報整理を担当していた人たちが、記録をのこしつづけているけど、設計図とかは・・」
「そうか。じゃあ、その出来事や経験なんかでいいから、見せてよ。そこから、何か分かるかもしれない。故障だってことがはっきりして、資源採取ができなくなってしまう前に、調べられるだけの情報は調べて、できるだけの対処はしておかなくちゃ。」
「そ・・そうなの?見なかったことにしておいたら、何とかなるんじゃないの?」
ニザームはのり気ではないままだったが、とにかくも、情報の検索には手をかしてくれた。
「エルダンドもたいへんね。仕事がら、こんな危機に気づかされてしまって。そのせいで、気をもまなくちゃいけなくなったり、あれこれ調べなくちゃいけなくなったり。かわいそうだわ。」
ニザームは心から同情し、心配してくれていて、それ自体はエルダンドもありがたく思ったりもするのだが、彼女にとっても身をおびやかすことなのだとは、まったく実感していないみたいだった。ひとごとだ、と認識している言い草だ。
集落が危機におちいれば、彼女だって無事ではすまないはずなのに、そこには考えがおよんでいない。可愛そうなエルダンド、という感想に終始している。だからニザームが親身に応じてくれていることにも、エルダンドは複雑な気分だった。
それでもニザームが手をかしてくれたおかげで、情報の検索は順調にすすんだ。
千年より前の、皇帝一族がやってくる前までの、集落の困窮したくらしぶりも、生々しいデーターとしてそこに記録が残されていた。
岩石衛星にも、何年かにいちど勇気のある者が地上におりていって、資源を掘りだして持ちかえってくるということがあった、との記録も見えた。
だがそれは、わずかな量でしかなく、集落のくらしを支えられるほどの安定した資源の供給には、ほど遠かったらしい。
岩石衛星からの重元素がえられない時期の集落では、人々は慢性的に栄養不足に苦しめられつづけていたのだ。施設が老朽化しても、資材をつくれないから補修できない。だから事故もかなり多かったらしい。生まれた子の半分以上が、二十歳まで生きられないありさまだった、とあった。
皇帝一族によって、岩石衛星の地上に採取用の施設が作り上げられるいきさつや、その作業に集落の者もかりだされ、慣れない地上で働くのに苦労したようす、その苦労が実って、重元素が安定的に手に入れられるようになったときの集落の喜び、などの記録もすぐに見つけることができた。
だが、かんじんの施設の設計図や仕組みの説明は、どこにもなかった。
次回、第9話 エルダンドの決意 です。 2019/12/28 に投稿します。
ニザームというキャラクターは、珍しく(初めてかも)具体的な人物を思い浮かべて描きました。誰もが親しみを覚えるような印象を、読者様にもって頂けていればいいのですが。