第4話 エルダンドの難局
エルダンドの宇宙艇の、うしろにいた別の宇宙艇から、通信によって助け船となる声がとどけられた。
エルダンドの失敗をおぎなって、パックのキャッチに成功した作業者は、エルダンドの味方になってくれるらしい。
「まあ、そうだな。一度くらいのキャッチの失敗は、今となっては、それほど深刻でもねえか。」
「うむ。何百年も前だぜ、キャッチの失敗が原因で餓死者がでた、なんてことは。」
「だよな。“皇帝陛下の測定装置”のおかげで、惑星のなかのどこにどんな元素があるかは、ずいぶんたかい確率で見つけられるようになったからな。」
「ああ。それに、“皇帝陛下の採取用衛星”は、コースの変更だって思うがままにできるんだ。特定の元素がなかなか手に入れられない、なんてことは、ここ数百年おきていないんだぜ。」
千年をこえるこの集落の暮らしのなかでは、特定の元素がなかなか手に入らないことによる飢餓は何回も起こり、百人以上の集落民が飢え死にするほどの悲劇さえもが、くり返されてきた。
だから集落の人々には、資源が足りなくなるのを警戒する気持ちがつよい。しかし、現実的には、その可能性は少なくなっていた。
千年以上も前から彼らの祖先が住みつづけてきたこの星団に、何百年か前、祖先よりはるかにすぐれた科学技術をもった一団が流れついた。
その一団が、すぐれた技術を星団内に教えひろめていったおかげで、星団に生きる人々の暮らしむきはずいぶんとよくなった。
祖先たちはその一団にふかく感謝し、つよい尊敬の気持ちをいだくようになり、いつしかその一団の長は、皇帝とよばれるようになった。だから、皇帝一族のもたらした科学技術が使われている機器や装置などを、かれらは“皇帝陛下の”ということばを頭にのせてよんでいる。
“皇帝陛下の測定装置”も“皇帝陛下の採取用衛星”もこの集落の人たちの、皇帝をありがたく思ったり、うやまったりする気持ちがこめられているよび方だった。
「しかし、餓死者がでるほどにはならねえとしても、領主のトリコーヴさまに税としておさめる分が足りなくなっちまう、ってことはありえるぜ。そうなったらまた、集落の管理官であるダクストン一族のやろうどもに、どんなペナルティーを課されるか、分かったもんじゃねえ。」
「おいおい、ダクストンさまに対して、そんな言い草をしたことが知られても、ただではすまされんのだぞ。」
「ちっ、くそっ、やり切れねえよな。トリコーブさまの武威を、かさにきやがって。俺たちにおもい税を課して、さんざんに苦しめやがってよう。その一方では、自分たちは管理官の地位にあぐらをかいて、ぜいたくざんまいを楽しんでやがるっていうじゃねえか。そんなのがダクストン一族だってのに、そんなやつらにすら、ていねいな言葉づかいをしなきゃいけねえなんてよ。」
皇帝一族は、百年ほどまえに統治の実権をうしなっていた。あらたな政権ができあがり、そちらに実権をうばわれてしまったのだ。
できあがった新政権が指名したトリコーヴという一族が、エルダンドのいる集落を含めた広大な宙域の領主となり、その下で働くダクストンという一族が、集落への直接の支配と管理を、トリコーブからまかされている。
「しかたないさ。軍事力で実権をうばいとった新政権の統治をうけ入れなければ、われわれの生活もなり立たないのだから。まわりの所領のやつらに、かってにうちの集落に入りこまれたり、資源をもち逃げされたりってのにも、領主さまのたすけなしには対応しきれないんだ。だから、新政権に指名された領主や、その下で働く管理官には、さからうわけにはいかねえさ。」
「まあ、そうなんだが。まわりにある、よその所領の住民による侵略は、トリコーヴさまが領主になってから、すっかりなくなった。その可能性を心配することさえも、ちかごろじゃ、頭からきえちまったものな。
しかし、実力で実権をうばった新政権や、それと先祖代々懇意にしてきたトリコーヴさまの一族はともかくとして、ダクストンは、皇帝陛下の時代からこの宙域で、俺たちと生活をともにしてきた一族だぞ。陛下の威光をお借りすることで、この宙域をおさめてきたんだ。
それが、新政権ができたとたん、コロリとそっちにのり替えやがって、あっさりとシッポをふるようになりやがった。
そして皇帝時代よりおもい税をおしつけて、皇帝時代にはなかったくらいに俺たちを苦しめて、そのくせに自分たちは、皇帝時代よりもぜいたくなくらしをしていやがるんだ。やっぱり、ゆるせねえぞ。」
「たしかに、われわれの生活水準を高めてくださった皇帝陛下に税をおさめるのは、いやな気はせんし、実力で実権をうばった新政権や、所領内のまもりを固めてくださっているトリコーヴさまに税をおさめるのも、しかたのないことだと思えるが、あの節操のないダクストン一族にでかい顔をされるのは、やり切れんものがあるなあ。」
大人たちのそんな会話をよそに、エルダンドは情けない気持ちでいっぱいだった。クリシュナに追いつきたい一心で、前のめりに飛びこんできたこのあらたな仕事場で、まったく役に立てていない自分に。
領主や管理官にしっかりと税をおさめ、その上で、集落のみんなにもそれなりの暮らしをおくらせるためには、自分がこの格納パックをキャッチするという作業をしっかりやりとげなければいけないのに。
まえの仕事場では、他の子どもにさきがけて色々な仕事をおぼえ、自信をつけてきていただけに、ここでのこの失敗はこたえた。
クリシュナとの距離を縮めるどころか、顔向けさえできないような気分になる。
こんなにみっともない恥ずかしい自分など、一生、彼女の前にすがたを見せることは許されない。彼女に近よってもいい値打ちなんか、全くない。そんな気分にさえなってしまう。
(やっぱり、自覚がないのかな、俺には。役割のたいせつさを自覚すらできないダメなやつだったんだな、俺は。クリシュナにおいていかれてしまうのも、あたりまえだよな。)
悲観的な気持ちをかかえながらも、それでもエルダンドは、格納パックをキャッチするという仕事ができるようになろうと、必死でとりくみつづけた。
毎日が失敗の連続だった。気持ちは落ちこむ一方だった。だが、それでも投げだすことだけはしないで、泣きたい気持ちのままでも、がんばりつづけた。
(あの頃は、よくしんぼうして、つづけられたよな。)
旅だちのシャトルの窓を見る今のエルダンドが、心中でつぶやいている。(なんで、がんばれたんだろう。やっぱり、クリシュナへの想いがあったからかな。もう会わせる顔もない、なんて思いながらでも、それでも、すこしでも、1ミリでもいいから、近づけるようにって、そんな気持ちが、あったのかな。)
もっともみじめだった、もっとも暗い気持ちだった時期を、エルダンドは思い出す。窓から見える、ほそ長い楕円軌道を周回している資源採取用の人工衛星に、いくつもの思い出がかさなってうかんでくる。
(あの頃には、クリシュナには何度もおどろかされたな。とつぜん、俺のことをドッキングベイで待っていたりしたものな。)
その日も、失敗の連続で、さんざん大人たちにどなりちらされた上で、エルダンドは重たい気持ちをひきずって、居住用の建造物へと帰ってきた。
ドッキングベイに宇宙艇をつなぎとめて、居住用建造物の入り口をめざして宇宙空間をただよっていった。
宇宙艇ごと、なかに収容できるほど、その建造物は広さに余裕はなく、設備もととのっていなかった。外側につなぎとめて、いったん宇宙空間を泳ぐ形で、人は宇宙艇への乗り降りをこなしていた。
危険をともなう、やり方だった。失敗して、宇宙を漂流したあげくに命をおとした集落民も、これまでに何人もいる。
宇宙艇で惑星ガスの近くにまでいく作業も、たいへんに危険なもので、集落の者の命がいくつも奪われてきたのだが、宇宙艇の乗り降りというありふれた行動ですらも、死ととなり合わせだ。
まずしい集落には、日常生活のいたるところに、命の危険がひそんでいるのだった。
エアロックのそなえられた出入り口を通り、エルダンドはドッキングベイからなかへと入っていった。
と、そこでとつぜん、クリシュナのはじけるような笑顔を目にした。
「えっ?なんで、なにをしてるんだよ、こんなところで。」
食料生産用のものと居住用のものと、2つの宙空建造物を行ったりきたりする日々をおくっているはずのクリシュナンが、作業用の宇宙艇をつなぎとめるためのドッキングベイにすがたを見せるなんて、本来なら、ないはずのことだった。
だからもうエルダンドは、何十日も彼女を見かけていなかったし、顔向けできない気分だったから、会いに行こうとしたこともなかった。
何十日かぶりに見かけると、クリシュナの体つきの変わりっぷりは、さらに目を見張るほどのものだった。
以前ですら、たわわに思えたものが、なお一層、輪をかけて、なん重にも念入りに輪をかけたかのように、とんでもなくたわわに実っていた。
次回、第5話 エルダンドの工夫 です。 2019/11/30 に投稿します。
歴史背景に関する記述は、少しクドかったでしょうか?物語に重厚感を演出するということでも、他のSF作品との差別化を図りたいと考え、苦心した末の表現です。歴史背景や暮らしぶりの描写を、クドさを感じさせずに、じっくりと味わって頂けるように描きたいところなのですが、難しいです。力不足を実感させられます。