第3話 エルダンドの労働
(それからは、毎日が一変してしまったんだよな。毎日わらってすごした日々から、まったくわらえなくなる日々に、かわってしまった。)
旅だちのシャトルの窓からは、食料生産用の建造物は見えなくなっていた。
代わって、別の人工天体が見えてきた。それも、エルダンドにはなじみの深い、資源採取用の人工衛星とよばれるものだ。
いちばん安全で、いちばん簡単な仕事しかなかった食料生産用建造物から、あらたな仕事場へとあゆみを進めた日々のことを、それは、エルダンドの胸によみがえらせるものだった。
(自分からやりたいと言いだした、あたらしい仕事だったけど、いざやるとなると、すごく不安になったんだ。もやもやとした、えたいの知れないおもたい気分で、資源採取用の人工衛星からとんでくる格納パックをキャッチする仕事の、はじまりの日をむかえたっけ。)
かがやかない中心星に、暗くてらされたシャトルの中で、エルダンドはまた、ひとつの思い出のなかにさまよい出た。
ガス惑星である、エルダンドの故郷の近くにある巨大天体を、幾つもの衛星が周回している。天然の衛星もあるが、人工のものもある。居住用のそれがいくつも集まっているものもあり、それは、エルダンドの故郷とは別の集落を形成していた。
とんでもなく細くて長い楕円軌道を描く人工衛星もあった。それは、軌道の一部では惑星のガス雲のなかに飛びこんでいく。ガス雲のなかで、有用な元素をかき集めるのだ。
それが、資源採取用の人工衛星であり、エルダンドが旅だちのシャトルの窓からながめているものだ。今、旅だちのシャトルの近くにそれがあるのは、偶然でしかなかったが。
元素さえそろえることができれば、人に必要なものはほとんど化学合成で作りだすことのできるこの時代には、資源といえば元素だった。だからその人工衛星は、元素という資源の採取のために、ほそ長い楕円軌道を回りつづけているわけだ。
資源採取用の人工衛星から、採取した元素をうけ取るというのが、エルダンドの集落においてはとても大切な活動になる。
「格納パックの射出、確認したぞ。ちゃんと見えてるか?エルダンド。」
「う・・・うん。レーダーには、反応が・・、で・・でも、あれ?これ・・・」
その人工衛星は、ガス雲のなかでかき集めてきた元素を、格納パックとよばれるタマゴ形の入れものに詰めこんで、打ちだしてくる。それをロボットアームでキャッチするという仕事をできるようになれ、とエルダンドは大人たちにいわれた。
だが、それは、簡単ではなかった。
人工衛星も、それが打ちだす格納パックも、予測不能な細かい動きをたくさん見せる。
遠くから見るかぎりでは静かで真っ暗なガス惑星だが、中でのガスの動きはとてつもなく激しいものだし、幾つもある衛星の重力によっても、人工衛星や格納パックが飛ぶコースは、ちょこまかと変化する。
ちょこまかと動く衛星から飛びだし、ちょこまかとコースを変えながら飛んでくる格納パックを、ノロノロでかつ単純な動きしかできないロボットアームでキャッチするのだから、とんでもなく難しいものなのだった。
「おそいぞ、エルダンド!早くアームを右に・・・、あっ、バカっ、そのアームじゃねえっ!」
「だ・・だって、こっちのモニターには反応が・・・」
「あっちのモニターの表示レンジが、広すぎなんだろうが、バカたれ。だから、こっちのが、あさっての方向を表示しちまってて、何も反応がねえんだ。こっちのを、もっとしっかり絞りこんで、あっちの表示エリアを、ちゃんとしたところに修正して・・・」
教官役の大人が早口にまくしたてる指示に、エルダンドは何をどうしていいか分からなくなる。
レーダーで位置とコースを見きわめながら、幾つかあるロボットアームのどれを使うのか、どういうふうに動かすのかを判断し、そのアームを判断したとおり、寸分のくるいもなく操作しなければキャッチはできない。
レーダーも、走査する範囲と方向が少しずつちがうものをいくつか使って、それをいくつものモニターに表示させて、エルダンドは格納パックの位置とコースを把握しなければならない。
あっちこっちのモニターに次々と目を移しながら、パチパチとスイッチを指ではじきながら、それぞれのレーダーの走査範囲と方向、どのモニターにどのレーダーの反応をどんな範囲で表示させるかなどを切り替えていく。
「あ・・ああ、あった、見つけた、これか・・」
「だっ・・だから、早くアームを・・・」
ガス流や重力などの状態と、現在の格納パックの位置やコースから、未来の予測コースをコンピューターが計算してくれているが、計算のもとになるガス流や重力の数値は、どんどん変化していく。コンピューターに示された通りのコースでは、格納パックは飛んでこない。
予測を基準にしつつ、常にレーダーで位置とコースを確かめながら、幾つものロボットアームをあっちこっちに展開して、広く網をはって待ちかまえる。
最終的にどれかひとつのロボットアームでキャッチするのだが、どれになるかは、ぎりぎりまでパックが近づいてみないと決められない。
「よし、このアームで・・・」
「なんで、そっちなんだよ!こっちのを動かした方が、はやいだろうっ!」
「え?ああ・・・でも、もうおそいから・・こっちで・・・」
何十個もあるスイッチをパチパチやっていたエルダンドの手が、今度は、いくつもあるレバーからひとつを選び、グイっと左前にひねる。
宇宙艇から、うっとうしいくらいにゴチャゴチャとたくさんつき出したアームのひとつが、操作するエルダンドのあせりをまるごと無視したのろまな動きで、ジワーっとのびていく。
「こ・・これで、なんとかまにあ・・・」
「間に合わねえわっ!」
「あ・・あ・・あああ・・・」
エルダンドが乗っている宇宙艇の近くを、タマゴ形の格納パックが飛びすぎていった。ゴチャゴチャとつき出していたいくつものアームの間をすり抜け、宇宙艇のうしろへと去っていく。
だが、うしろには、もう一隻の宇宙艇がいた。同じく、たくさんのロボットアームをつき出させた不格好なやつだ。
そしてそれが、エルダンドがキャッチしそこなった格納パックを、弾力をきかせたやわらかなタッチでつかまえた。
「また失敗じゃねえか、バカやろうっ!エルダンド。どれだけ失敗すれば、気がすむんだ。今回も、バックアップがいたからよかったようなものの、あれを逃していたら、窒素のたくわえが30%を下まわっちまうところだったんだぞ。そうなりゃ、集落のみんなに食料制限をやらせなくちゃいけねえ事態なんだぞ。
それに、格納パックだって貴重なものなんだ。あれをうしなったら、新しいのを手に入れるのがどんなに大変か、お前だって知ってるだろ!」
「わ・・分かってるよ。で・・でも、こんなの、むずかしすぎ・・・」
「うるさいっ!いいわけするな。ちゃんと手本は見せただろう。何回も何回もみせてやっただろ。それを、よく見てなかったんだ。だから、できねえんだ。自覚が足りねえ証拠だ、お前には。この作業が、集落のみんなの命運を左右するって自覚がな。」
「そ・・そんな・・そんなこと・・。たいせつな作業だってのは分かってるけど、見ただけで、やれなんて・・・・。」
「だまれっ!」
大人のはなつ野太い声の圧力に、少年だったエルダンドは半分べそをかきながらつぶやくしかなかった。
集落の役にたつ一人前の男になろう、という想いにうそいつわりはないつもりだった。クリシュナに近づくため、という部分に、自分でもすこしの不純さを感じてはいたが、自覚がないとまで言われると、泣きたい気分になる。
見ただけでできる人なんて、いるのか。それができなかったからって、自覚がないだなんて、ひどすぎる。
格納パックのキャッチがだいじなのは、エルダンドだって十分に知っている。かつては、それの失敗が原因で、集落から飢え死にする者がでたことがあったのも聞いている。
窒素にかぎらず、必要なそれぞれの元素の収穫が見込めるパックが打ちだされてくるのは、数日から数か月に1回だし、必ず十分な量が採取されているとも限らない。
ガス惑星のなかというのは、まだまだよく分かっていないことが多かった。だから、確実に十分な量の元素を、いつでもかき集められるわけではなかった。
数日後にしかやってこない格納パックに、もし窒素が捕集されていなかったら、集落はきびしい飢餓状態におちいってしまう。たくわえが30%を下回るというのは、その事態にそなえて、あらかじめ食べる量を減らしておくべき状況だった。
「まあ、そう言ってやるな。格納パックにまったく窒素が捕集されていないなんてことは、今となっちゃ、滅多にないことなんだから。」
次回、第4話 エルダンドの難局 です。 2019/11/23 に投稿します。
「銀河戦國史」シリーズにおいては、ある特定の時代の、ある特定の場所に住む人々には、ガス惑星の周辺を住処とする傾向があった、という設定にしています。宇宙に進出した人類は、地球っぽい岩石惑星を見つけてその上で暮らすものだ、という従来のSFの典型的なパターンとの、差別化を図ろうという試みです。
なぜそうなるのかという根拠は、本作をはじめシリーズの中で語られるわけですが、一定の合理性や必然性があると思っています。日本の歴史においても、人類は、縄文時代頃には平野部ではなく、山奥に住居を構える傾向があったといいます。農耕の開始や河川氾濫の克服などが、平野部での定住には必要だったというのが定説のようです。
本シリーズでも、岩石惑星の地上に人が集住するには、ある一定の技術力の獲得を要する、という設定になっています。それについての筋の通った説明も、シリーズのどこかで語っているつもりです。そんな点にも御注目頂けると、望外の喜びなのですが・・。