第24話 エルダンドの飛翔(本編最終話)
心中での、エルダンドのつぶやきは、悲壮感をともなってきていた。
(せめて、クリシュナと、ひとことでも話をしておくべきだった。クリシュナに直接、真実が何なのかを、問いかけるべきだった。こんな、何もわからないまま、どちらがどちらを裏切ったのかも分からない状態のまま、ふるさとをあとにするなんて、なんて愚かなことを、俺は・・・)
もう引き返せないシャトルの中で、彼はもだえていた。
(何が真実だったんだ。クリシュナはどんな想いだったんだ。俺の行動は、何を意味しているんだ・・・)
分からないことが、分からないままに、頭のなかをグルグルと回る。
分からないままなのに、エルダンドの心を切りさくするどさをもって、あばれまわっている。痛い。苦しい。エルダンドはあえぐ。
そのとき、窓外にある港湾施設の景色の中に見えたものが、エルダンドの心をつよく打った。
そこには、クリシュナの姿があったのだ。
いまだ港湾施設のなかで、ゆっくりとした加速をしているだけのシャトルだったから、施設内の人影を、窓からはっきりと認識することはできる。
いつから、そこにいるのか。どこから、そこに来たのか。よく分からない。
だが。港湾施設にクリシュナの姿が、確かにあった。
(俺を、追いかけてきたのか?)
と思ったのは、一瞬だった。
(ヴィシュワーナの使いとして、誰かを見送りにきただけかもしれない。)
とも思えた。
クリシュナが、こちらを見た。目が、合っているような気もする。
シャトルの気密をたもつための強化ガラスと、港湾施設側のそれと、二枚をはさんで、こちらを見ているように思える。
(けど、同じシャトルに乗っている、別の人間を見ているのかもしれない。この距離では、どこを見ているのか、本当に目が合っているのか、どちらとも判断はつかない。)
窓外のクリシュナを見つめながら、エルダンドは、さっきまでの迷いをはんすうした。
(君は、ヴィシュワーナのもとで、めかけや情婦をしていたのか?それとも集落のために、彼をサポートしていたのか?)
届くはずもない問いかけに、彼女が応えるはずもなかった。
(君が、俺を裏切ったのか?俺が、君を裏切ろうとしているのか?君は俺を、嘲弄していたのか?俺に、追いつこうとしていたのか?集落をはなれる俺の決断は、正しかったのか?間違っていたのか?)
届かない問いかけを、けんめいにぶつけた。何度も、何度も、繰り返して、問いかけつづけた。
どこを見ているのかも、何を考えているのかも分からないクリシュナに、けれど、裏切られ置いていかれる悲しみや苦しみを、かかえているかも知れないクリシュナに、一方で、別の誰かを見送りに来ただけの、エルダンドを嘲弄していたのかもしれないクリシュナに、エルダンドは心中で、必死の問いかけをくりかえした。
(せめて、真実を知ってから旅だちたい。君が俺をどう思っていたのか。集落やヴィシュワーナをどう思っていたのか、それだけでも知ってから、出ていきたい。)
何を見ているかも分からないクリシュナを、どんなに見つめても、ほしい答えは見えないのに、エルダンドは必至で見つめた。
必死で、問いかけた。
必死で、求めつづけた。
(何が真実なんだ、クリシュナ。何が正しいんだ、クリシュナ。教えてくれ、クリシュナ・・クリシュナ・・クリシュナ・・・)
問いかけても、問いかけても、クリシュナは微動だにしない。どこだかひとつのところをを見つめたまま、身動き一つ見せない。
(分からないよ、クリシュナ・・クリシュナ・・・。分からないんだよ、クリシュナ・・クリシュナ・・・。俺は、どうすればいいんだ、クリシュナ・・クリシュナ・・クリシュナ・・・)
シャトルは進んでいく。クリシュナの姿は、窓外を後方にながれていく。
遠ざかる。見えづらくなる。分からないまま。答えをだせないまま。
(教えてくれ、クリシュナ。たのむから、答えてくれ、クリシュナ、クリシュナ、クリシュナ・・・)
届くはずがなくても、応えるはずがなくても、問いかけをやめられないエルダンド。答えを求めずにはいられないエルダンド。ひたすらに、同じ疑問を心で繰り返すしかないエルダンド。
見つめる。じっと見つめる。目を凝らして、必死の思いで、エルダンドはクリシュナを見つめ続ける。
(何を見ているんだ。何を考えているんだ。俺を、どう思っているんだ、クリシュナ・・・)
迷ったままで、エルダンドは視線をそそぎつづけた。迷うしかないエルダンドが、ひたすらに視線をそそいでいた。迷いに苦しみぬいた視線で、エルダンドはクリシュナを見つめていた。
その時、クリシュナのほほを、ひと粒のしずくがまっすぐに、流れて落ちた。
その涙が、すべての迷いにこたえをだした。
知らぬうちに立ちあがり、宙を泳いでいた。
シャトルの加速への同調から離脱した彼の体は、シャトルの後方へと流されていく。
そして知らぬうちに、エルダンドは叫んでいた。2枚の強化ガラスと、その間にある真空にさえぎられ、届くはずもない声を、エルダンドはクリシュナめがけて放っていた。
シャトルの客室担当者が、背後からエルダンドをきびしくとがめているが、そんな声は耳にはいらない。
クリシュナにつたえたい想いを、届かないと分かっている言葉を、エルダンドは声をかぎりに叫んだ。
届くはずがなかった。声なんて、強化ガラスと真空をあいだにしては、クリシュナに届くことなんて、ぜったいにありえないのだった。
が、声は届かなくても、何かが、届いた、みたいだ。
クリシュナの目から、さっきひと粒の涙をこぼした目から、こんどは、ブワッと、大粒の涙が大量にあふれでた。
(そういえば、おさないころ、食料生産用建造物で、クリシュナとかくれんぼをしたことがあったな。)
まだ、ときどき、簡単なお使いをたのまれることがあるくらいで、あとは遊んですごしていたころの話だ。
エルダンドとクリシュナは、建造物内でかくれんぼをした。
すぐに見つかると思ったのに、思った以上にたくみにクリシュナがかくれたものだから、エルダンドは見つけるのにずいぶん手間をとってしまった。
長いあいだ、さがして、さがして、さがしつづけて、かなり時間をかけて、ようやく見つけられた。
見つけたとき、クリシュナは泣いた。
「もう、見つけてくれないかと思った。見つけてくれないままで、エルダンドは行ってしまうかと思った。」
そう言いながら、おさない日のクリシュナは、涙をこぼした。
ブワッ、といういきおいで、大粒の涙を、つぎつぎに流したのだった。
(そうだった、あのとき思ったんだった。かくれんぼは、見つからないようにと思ってかくれるのじゃなくて、見つけてほしいって思いながら、かくれるものなんだなって。俺は、クリシュナを、ちゃんと見つけてあげなくちゃ、いけなかったんだ。)
旅だちのシャトルの窓の向こうで、クリシュナは、あのときと同じ量の涙を、同じくらいのいきおいであふれさせている。
何がどうつたわったか分からないクリシュナに、でも、何かが確かにつたわったと思えるクリシュナに、エルダンドは叫びつづけた。
涙をポロポロこぼしながら、クリシュナは何度もうなずいた。何度も大きく、うなずいた。
エルダンドもうなずいた。叫びながらうなずいた。
彼と彼女が、交互にうなずいた。
そんな二人を、強力な加速が一気に引きはなした。
電磁誘導式カタパルトが、いよいよその機能をめいっぱいに発揮して、シャトルを目的の場所にとどける加速を与えたのだ。
うめき声のひとつも上げなければ耐えられない、強力な加速が、シャトルを銀河のはてへと弾きとばす。
またたく間に、エルダンドをのせた旅だちのシャトルは、ねっとりした暗闇のなかにその姿を沈みこませ、消えてなくなってしまった。
褐色矮星が、暗い光で、それをてらしていた。
次回、 エピローグ です。 2020/4/18 に投稿します。
何光年もの先に、エルダンドは、このシャトルだけで向かうわけではないです。そんな距離は、超光速の移動が必要です。シャトルの向かう先に、別の移動手段が用意されているのです。マッハの数倍しか速度の出ないこのシャトルで、何光年もの先を目指したのでは、何百年もかかってしまいます。
エルダンドの向かう先にある移動手段が何なのかは、本シリーズの他の作品をご参照の上、読者各位で想像して下さると助かります。この物語では、その点の描写や説明は、割愛させて頂いております。
なお、次回の“エピローグ”をお読み頂くことで、本物語を完全読破したことになります。是非、忘れず、ご一読ください。




