第21話 エルダンドの絶叫
サヒーマもクリシュナと同じで、自分ひとりのぜいたくを求めて、集落をすて、ヴィシュワーナに身を売った女なのだ、とエルダンドは信じ込んでいた。だから、彼女から、どれだけ明るく声をかけられても、エルダンドの気分がよくなるはずはない。
「色々、聞いているわよ、エルダンドの活躍は。」
エルダンドの表情に構わず、サヒーマはたたみかけた。「すごいよね、岩石衛星におりるとか、近くの集落に資源採集させることをみんなに認めさせるとか、信じられない活躍じゃない。もうすっかり、集落の中心になっているのね、エルダンドは。」
エルダンドとともに、市場用施設での取り引きにきていた連中は、サヒーマと話しこむようすを見せているエルダンドの横をすりぬけ、「先に行ってるぞ」と言いのこしてすがたを消した。
「あ、そう。」
短すぎるセリフで、サヒーマに応えたエルダンド。
(裏切り者のくせに・・・)
そんな思いの彼には、なにを言われても笑顔など浮かぶはずもない。親し気にすりよる気配を見せるサヒーマだったが、それにたいしても、反射的に身をひくありさまだ。
「ちょっと、何よ、あいそうが悪いわね。幼なじみがほめてあげてるんだから、もっとうれしそうにしてよね。」
エルダンドの想いとはうらはらに、サヒーマは変わらずじゃれてくる。「そっちもがんばっているみたいだけど、こっちだってがんばっているのよ。あたしもがんばってるけど、クリシュナなんて、もっとがんばってて、今ではヴィシュワーナさまの、いちばんのお気に入りになっているのよ。」
(この女、俺をバカにしにきたのか?自分たちだけがぜいたくをするための努力を、俺のやってきたことと、同列みたいな言い方しやがって。がんばって、ヴィシュワーナのお気に入りになっただって?そんなものが、自慢になると思っているのか?)
怒りがつのっていくと、つむぐべき言葉も見つからなくなる。ただうつむいて、エルダンドは、こみあげる感情をけんめいにおさえこんでいた。
「ヴィシュワーナさまったら、このところは、ずっとクリシュナにべったりなんだから。何をするにも、いちいちクリシュナがそばにいないとダメみたいで、頼りにしておられるの。クリシュナってすごいわ。」
(そんな話が、集落の者たちにとって耳ざわりだって、分からないのか、この女は?俺がどんなに不愉快な気分になっているか、気づかないのか?どこまで、自分勝手なんだ。)
エルダンドの内心のつぶやきにもかかわらず、サヒーマの舌は言葉をつむぎつづける。
「クリシュナってばさあ、与えられる衣服も見るたびにエレガントに、大胆になっていってるし、食事のほうを見ても、どんどん上等なものになっていって、バイオオリジンフードだけでできた料理なんて高価なものも、毎日口にしてて、ほんとうにすごい立場を手に入れたんだなって、感心させられちゃうの。
それにね、最近ではね、外部からの要人をまねくときなんかも、まずクリシュナがさいしょに応対して、相手のご機嫌をとることになっているの。そうすると、たいていの交渉がうまくいくっていうんだから、たいしたものよね。本当に、クリシュナってすごいわぁ。」
腕がふるえだすのを感じるエルダンド。顔が、火をふくほど熱くなっているのもわかる。怒りを、けんめいにこらえていた。
「ヴィシュワーナさまの、クリシュナを呼ぶときの声なんて、聞いてられないくらいのものよ。ずっと年下のクリシュナに、あんなに甘えた声で話しかけるんですもの。クリシュナなしでは、いっときだっていられないみたいに・・・」
「いいかげんにしてくれっ!」
ついに、がまんも限界に達したエルダンドが叫んだ。「体を売ってぜいたくを手に入れることが、そんなにすごいのか!えらいのか!ふざけるな!集落では、みんなまずしい、苦しいくらしをしてるのに、ケミカルプロセスフードだけのメシばっかりたべているのに、自分たちだけ、体を武器にしてぜいたくを手に入れて、それをそんなふうにひけらかして、たのしいか!」
「え?」
エルダンドの剣幕に、目を丸くしてサヒーマが彼の眼の奥を覗き込む。
おどろきながらも探るような目が、エルダンドの眼の奥に見つけたものに、あらためておどろきなおすように、さらに見ひらかれる。
もっと奥を探るように、なおもじっと見つめつづけ、またおどろいて目を丸め、もっと奥を探って、さらにおどろいて。
一瞬ではあるが、そんなことを、何度も目まぐるしく繰りかえしたあげくに、サヒーマは、ようやくたどり着いたらしい結論を口にした。
「まさかエルダンド、あたしやクリシュナが、ヴィシュワーナさまのところで、めかけや情婦のようなマネをしているなんて根も葉もない、いじわるなうわさを、本気にしているんじゃないでしょうね!? 」
「なにが、いじわるなうわさだよ。ヴィシュワーナにべったりはりつかれて、機嫌をとって、ぜいたくな服や食事を手に入れてるんだろ。それを、めかけや情婦とよばなかったら、なんなんだ!」
「そんな!ちょっとエルダンド、やめてよ、そんな風にいうのは。それじゃ、クリシュナがあんまりにもかわいそうだわ。どんどん仕事をおぼえて、先にいってしまうあなたに追いつくために、広がってしまったあなたとの距離を縮めるために、あの子はあんなにがんばってきたのに。せっかく、ヴィシュワーナさまに頼りにしていただけるまでになって、助言や提案をきいていただけるようになって、集落への貢献も、できるようになってきたっていうのに、そん・・・」
「ああ、そうか。じゃあ、せいぜいその体をたかく売りつけて、自分たちだけのぜいたくを追いかけていろ。もう、俺たちに、かかわろうとするな!」
頭に血がのぼり、サヒーマの言葉をしっかりかみくだく余裕もなく、エルダンドは振り切るようにきびすを返した。
いちもくさんに、サヒーマから離れる。近くの壁を力いっぱいけり飛ばし、かえり路へと宙をおよいだ。
「何よ、エルダンド!自分だけのぜいたくなんて、追いかけてないでしょ。ヴィシュワーナさまに集落のことをお伝えして、適切な管理をしていただけるように、あたしたちは、おそばでお支えしているのよ。めかけや情婦みたいなマネなんて、ちっともしていないんだからね。ヴィシュワーナさまは、そんなものを求める方ではないんだからね。体を武器になんて、してないわ。外部の人をもてなすのだって、体を売るなんて言われるようなマネは、けっして・・・」
背中にむかって追いかけてくるサヒーマの言葉も、エルダンドには、とってつけたようないいわけにしか聞こえなかった。
口では何とでも言えるが、エルダンドはその目で見たのだ。この市場用建造物で、外部の者にニヤついた表情をむけているクリシュナを。ヴィシュワーナの背後で、支配する側にまわったことを、見せつけるような顔で立っているクリシュナを。
(なにが、支えているだ。なにが、もてなしてるだ。体を売って、機嫌をとって、ぜいたくを手に入れてるだけじゃないか。なにも努力しなくても、自然な発育でそうなった、たわわな体を武器に、自分たちだけのぜいたくを。まずしいくらしのみんなを尻目に。)
サヒーマの声が聞こえなくなるまで、心の叫びで背中に届く言葉をかき消しながら、エルダンドはシャトルにかえり着いた。
こうして2度目の市場用建造物においても、取り引きはうまくいったのにもかかわらず、エルダンドはすっきりしない気分で、集落に引きあげなくてはならなかった。
集落の、居住用建造物の自分の部屋にもどったエルダンドは、まよわず通信装置にかじりついた。教えられた通信アドレスにコンタクトし、グリッドをよび出した。
さんざん迷ってきたことについて、市場用建造物でのできごとが、サヒーマの言葉が、ひとつの結論へとエルダンドをつき飛ばしていた。
(もう、出よう。出ていってしまおう。こんな集落。こんな所では、もう、やっていられない。クリシュナなんかに嘲弄され、心をかき回されっぱなしになるような場所では、これ以上、一日もくらしたくはない。)
(これで、よかったんだ。あのサヒーマの言葉で、やっとふん切りがついたんだ。こんな、無責任な大人と、人を嘲弄することしか知らない女に、イライラさせられてばかりの集落なんか、出ていくのが当然なんだ。
向かう先に不安はあるけど、これまでいろんなことを、自分なりの努力や工夫でのりこえてきたんだ。きっと、なんとかできる。そして、ひろいひろい壮大な銀河を舞台に、銀河連邦のエージェントとして、さまざまな人々との交流を通じて、もっとちがう人生を俺はおくるんだ。
責任感のある大人たち、嘲弄する以外にも人との接しかたを知っている女たち、そんな人々との出あいだって、ひろい銀河のどこかでは、期待できるはずなんだ。)
旅だちのシャトルは、ひろい銀河で、エルダンドをエージェントとして育てあげるべく、集落から彼を連れさろうとしている。
(無責任な大人たちや、人を嘲弄することしか知らない女とは、決別するべきなんだ。)
旅だちを決意したあと、何度も心のなかでくりかえしてきた言葉だった。その想いだけで胸をみたして、エルダンドは旅だちの日を待ちつづけてきたのだった。
次回、第22話 エルダンドの迷走 です。 2020/3/28 に投稿します。
サヒーマの言葉で、怒り心頭に発するエルダンド。ちょっと、強引に感じられたでしょうか?もう少し冷静に、詳しく話を聞くとかするのが自然でしょうか?ですが、以前の後書きでも書いた、万能の言い訳、「恋は盲目」を武器に、作者はこのシーンを正当化するつもりです。エルダンドが何をしでかしても、この言葉ひとつで、筋が通ると信じているのです。