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銀河戦國史  (褐色矮星の暗くてらす旅立ち)  作者: 歳超 宇宙(ときごえ そら)
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第20話  エルダンドの逡巡

 きっと、エルダンドの表情が目まぐるしく変わっていたのだろう。首をかしげてそれを見つめていたエージェントのグリッドは、表情が安定するのをまっていたようなタイミングで、言葉をつないだ。

「集落の実態調査もだが、私にはもうひとつ、大きな役目があるんだ。」

「もうひとつの、役目?」

「ああ。連邦エージェントの候補者を、この国のなかから見つけなければならない。できれば、最下層の集落からみつけだしたいところだ。

 この国の実態を連邦本部につたえ、連邦の支援をこの国のすみずみにまでいき渡らせるためには、現地出身者をエージェントに取り立てるのが必要不可欠だと、我々は考えているからだ。」

「へ・・へえ。エージェントの候補者を・・。すごいな、そんなのに選ばれる人って。どんな人が、ふさわしいんだろう。ここのどれかの集落に、いるのかな?見つけられそうなのか?こんな貧乏集落をうろうろしていて、エージェントにふさわしいような、すごい人物が。」

「ああ、見つけたさ。君だ。」

「・・・・・、へぇ?」

(あのときは、面食らった。ほんとうに、まったく想像もしていないことだった。銀河連邦なんてのは、はるかかなたの、実存しているのかも怪しいような存在だったのに、そのエージェント候補に、自分が選ばれるなんて・・)

 このときはじめて、エルダンドは、彼らの星団帝国の外側の世界についての、くわしい実態をおしえられた。

 直径が10万光年にもおよぶ、銀河系円盤にひろく散らばる、数百の加盟国から成り立っているのが、銀河連邦であること。

 加盟国には、エルダンドのいる国と同じく“星団”と呼ばれる天体を足場にするものから、ひとつの星系や、ひとつの惑星だけからなる、小さなものまであること。

 すべてを合わせれば、百億以上の人々が、銀河連邦のみちびく法の支配や人権尊重にのっとった、治政の恩恵をうけていること。

 国家間や、その他の勢力・集団のあいだでの利害対立などがあっても、銀河連邦の裁定によって、しんこくな武力衝突にいたらずにすんでいるケースが多くあること。

 それらが、エージェントの口から語られた。

「逆に、いくら連邦ががんばっても、紛争がなくならない宙域も、すくなからずあるんだがね。それに、連邦に加盟していない国もたくさんある。だけれども、それらにたいしても、銀河連邦は色々なはたらきかけをしている。銀河全体の、そして人類全員の平和と発展に、銀河連邦はけんめいに取り組んでいるんだ。」

 ほこらし気に語るグリッドの言葉に、エルダンドは圧倒された。

 銀河のひろさや、それを舞台にした銀河連邦の活動の壮大さは、小さな集落だけにとじこめられて生きてきたエルダンドには、あまりにもまぶしすぎるものだった。

「そんなたくさんの国々が、それぞれに色んな事情をかかえているだろうに、銀河連邦のみちびきによって、戦争をさけることができたり、法の支配や人権尊重にのっとって、安定した政治をしくことができたりしているんだ。」

「まあ、完璧に、とはなかなかいかないがね。どの加盟国においても、小規模な紛争はひっきりなしだし、政治上の不正も、あっちこっちの国でたえまなく起こっている。だけど、君たちの国と比べれば、ずいぶんマシな国がほとんどだろうね。」

 自信に満ちたものから、やや悲しみや同情にかげらせたものに表情を変えながら、グリッドはエルダンドに応じた。

「俺たちの国って、やっぱり、そんなにひどい国なんだ。ほかの国の人とくらべれば、ずいぶん苦しいくらしをさせられているんだ。」

「そうだね。ここも一応、加盟国ではあるんだが、なんせどの本部からも遠くはなれているから、連邦の指導がいきとどいていないのだよ。だからこそ、この国のまずしい集落からエージェントになる者が、でてきてほしいんだ。往復で1年以上もかかる遠くからきているエージェントには、この国を導くどころか、実態を把握するのもきびしいのだ。」

 グリッドは、穏やかに丁寧に、それでいて熱心に、エルダンドへの説明をつづけた。

 この国の、もっともまずしい立場の人たちの実態をよく知る者が、あちこちの先進的な加盟国をおとずれてほしい。そして、そこの治政のあり方や、使われている科学技術などをひろく見聞し、その上で、この国に何が必要か、どういうやり方ならばうまくいきそうかを考え、この国の為政者への指導にいかしていく。

 そんな活動の必要性を、グリッドは、順序だててはなしてくれた。

「それを・・・そんなすごいことを、俺にやれっていうのか。ちっとも、やれそうな気がしてこないけど・・・・」

「君ひとりで、やるわけじゃないさ。それに、銀河連邦の本部でしっかり勉強してからのはなしだから、心配することはない。君がこれまで、君の集落でやってきたことを考えれば、十分にやれるはずだと私は考えている。」

 エルダンドが“皇帝陛下の地上採取施設”を命がけで修理したことや、近くの集落との領域あらそいを解決したことなどを、なぜかグリッドはくわしく知っていた。

 その活躍を見たうえで彼は、エルダンドに連邦エージェントとしての素質を感じたのだという。

(エージェントになれば、ひろいひろい銀河を見てまわって、たくさんのすごい人たちと交流して、すすんだ技術も教えてもらって、色んな知識をたくわえることができるんだろうな。そして、この国のいちばんえらい立場の人に、この国のみんなを幸せにするために必要なことを、直接に提案することもできるんだ。)

 グリッドの言葉を聞けば聞くほど、エルダンドの胸は高鳴っていった。広大な銀河へと心がときはなたれていく感覚になる。

 ひるがえってみれば、自分のこれまでの人生が、なんとも窮屈でちっぽけなものに感じられる。

(小さな集落のなかで、無責任な大人と、人を嘲弄することしか知らない女にふりまわされて、せせこましく生きるしかなかったんだ、これまでの俺は。でも、エージェントになりさえすれば、そんな日々からも脱して、ひろい世界へ飛びだすことができるんだ。)

 だが、そう思う一方で、未知の世界への恐れや不安だって、感じないわけにはいかなかった。

 それに、彼が出ていってしまったあとの集落のことだって、心配せずにはいられない。

(俺は、ほんとうにやっていけるのか、外の世界で?集落は、ほんとうに大丈夫なのか、俺がいなくなってしまっても?)

 きっと、エルダンドの表情が、さっきにもまして目まぐるしく変わっていたのだろう。エルダンドの戸惑いを理解したような言葉を、グリッドがかけてきた。

「なにも、今すぐに答をだす必要なんてない。私はこれから、3・4か月はここにとどまって、この集落の状況を見聞きするつもりだから、そのあいだに返事をくれればいいんだ。集落にもどって、まわりの人たちともよく話しあって、それから結論をだせばいい。」

(それからは、毎日、悩みっぱなしで過ごしたんだったな。)

 漆黒だけにみたされた窓外に目をやりながら、旅だちのシャトルのエルダンドは思いだしていた。

 まわりの人たちと相談するようにと、グリッドには言われていたが、エルダンドは誰にも相談する気になれなかった。言えば、頭ごなしに反対されるにきまっている、と思っていた。

 いつも通りに、格納パックのキャッチなどの仕事をこなしながら、頭のなかはそのことでいっぱいだった。仕事のなかで多くの集落民に頼りにされるたびに、出ていくことの重さを感じさせられたが、その一方で、外の世界へのあこがれは、ふくらむばかりだった。

 だれにも何も言いだせないまま、ひとりで迷いをかかえたまま、2か月以上があっというまに過ぎさっていった。

 そろそろ結論をださないと、と焦る気持ちも芽生えていたころ、エルダンドは、ふたたび市場施設にでかけることになった。順調な資源採取が、たっぷりの余剰生産物をうみだすことにつながり、それらを売りにだして外のものを手に入れようと、集落の者たちの意見が一致したのだった。

 前回の成功経験もあったので、このときも複数の商人をきそわせることで、エルダンドたちは満足な取り引きができた。

 気分よく帰り道についたエルダンドだったが、そこで前回の帰りがけの記憶がよみがえった。どこの誰ともしれぬ外部の者に、クリシュナがニヤついた顔でこびをうっていた姿が、鮮明にまぶたのうらに浮かんだ。

(また、あんなものを見せられるんじゃないか、ここにいたら。この集落にいるかぎり、クリシュナに裏切られたことや、クリシュナのたわわなものがどこかの誰かに好きなようにされている現実を、目の前につきつけられつづけるんだ。)

 迷っていたエルダンドの心は、それを思うときには、集落を出るべきだという方に大きくかたむいた。

 だが今回は、クリシュナを見かけることはなかった。その代り、クリシュナと同い年であり、同じタイミングでヴィシュワーナのもとへと去っていった、サヒーマという女が声をかけてきた。

「あら、エルダンドじゃない、久しぶりっ!」

 彼女も、エルダンドにとっては幼なじみだ。クリシュナと同じく、食料生産用建造物内で幼いころをともにすごした。

 クリシュナばかりを見ていたエルダンドには、かなり印象が薄い存在ではあったが、顔も名前も、ひと目でわかるのは当然だった。

「ああ、サヒーマか・・・」

 ニコリともせずに、エルダンドは応じた。

 次回、第21話 エルダンドの絶叫 です。 2020/3/21 に投稿します。

 銀河系円盤は、直径10万光年とされていますが、その周囲を取り囲む銀河ハローを含めると、直径30万光年におよぶ球状空間になるそうです。「球状星団」と呼ばれるものは、このハローの部分に多く分布しているという記述も見られ、そうなると、「銀河戦國史」の舞台も、30万光年の球状空間とすべきではないか、とも思われてきます。でも、直径10万光年の円盤内には「散開星団」が多いそうです。

 物語中に出てきた「星団」が、「散開星団」なのか「球状星団」なのかを、本文中では明記していませんが、上記が事実ならばそれらは、「散開星団」とせざるを得なくなるかもしれません。

 とはいえ、円盤部分に「球状星団」がないとも言い切れないし、「球状」にも「散開」にも分類されない星団だって、あるかもしれない。現在人類が見つけている星団なんて、ごく一部なのかもしれないし・・・。

 なんて屁理屈を弄しつつ、本物語の舞台は円盤部分と限定したうえで、出てきた星団が「散開」なのか、「球状」なのか、それ以外なのか、というのはうやむやのまま、という形で、当面はしらばくれていようと思っています。読者様に置かれても、その辺りはあまり詮索しないでください。

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