第18話 エルダンドの出頭
衛星から水の採取が可能であることは、すぐにも確認ができた。しかし、集落のみんなの説得は、やはり一筋縄ではいかなかった。ひとたび「自分たちのものだ」と認識したものを他人にゆずるのは、必要なくなったと理解している宙域であったとしても、受け入れがたいことなのだった。
根強い反対は、そう簡単には止むことがなかった。何日も、何日も、エルダンドは説得を続けなければならなかった。
だが、彼の集落における発言力は、今や、根強い反対をもおさえつけられるくらいになっていた。粘り強い交渉という努力をくり返すことで、理解や納得を勝ちとっていった。
命がけで岩石衛星の地上におりてみせた彼が、水も重元素もそこから安定的に入手できるようにしたのだ。そのエルダンドが、近くの集落との友好と信頼をたかめて、集落のくらしをよりいっそう安定させるために提案しているのだから、いつまでも頑強に反対しつづけられる集落民はいなかった。
「まあ、しぶしぶ黙認ってようすの人も、何人もいるみたいだったけど、とりあえず条件付きで、環からの資源採取を認めることになったよ。」
「ほ・・本当なのか?」
通信機のむこうから、侵略者だった男の信じられないといった感じの声が聞こえた。「じ・・条件、ていうのは・・・」
間違いじゃないのか。とんでもない無理難題を、条件として付けくわえてくるのじゃないか。そんな想いが、すけて見える問いかけも、通信機を経由してもたらされた。
「うちの集落の宙域に入るときは、ひとことあいさつをよこすこと。どれくらいの資源をもっていくのかを、前もって連絡すること。岩石衛星からの水の採取状況をみながら、定期的に今回の合意のみなおしをおこなうこと。なんてのが、条件にあげられた。」
「それを受け入れれば、採取して良いんだな、お前たちの集落の宙域から。」
いまだわずかな猜疑の色を残しながら、しかしその声は、安心の気配がつたわってくるものだった。
(あの件をきっかけに、近くの集落との融和は、格段にすすんだよな。こっちの集落民があっちによばれて、歓待をうけるなんてことも、しばしば起こるようになったんだよな。もっていかれた資源以上に、多くのものを、俺たちの集落はえられたように思う。もっていかれる資源だって、とくに集落にとって不可欠なものでもないわけだし。)
旅だちのシャトルの窓を眺めながら、エルダンドは想いにしずみつづける。
(あれからしばらくして、おれは管理官であるヴィシュワーナ・ダクストンによび出されたんだ。採取領域にかんして、かってに近くの集落と決めごとをしたことや、管理官が決めたそれぞれの集落の採取領域を無視するような行動にでたことを、とがめられるものだと思って、そうとう身構えて乗りこんでいったよな。)
すでにはるか後方にすぎ去り、見えなくなった管理官の居住施設を思いうかべながら、エルダンドの心はその日へともどっていった。
「集落どうしのいさかいに発展しそうだったところを、上手くおさめてくれたそうだな。ほんとうなら、管理官がしっかり見ておかねばならんところを、私がふがいないばかりに、手間をかけさせてしまった。礼をいうぞ、エルダンド・・とかいったかな。」
想像していたより、精悍な顔だちで柔和なまなざしをしたヴィシュワーナ・ダクストンが、想像もしなかった好意的な言葉をなげかけてきた。
「え・・あ・・いえ、手間など、とんでもございません。」
なれない重力に悲鳴をあげる体で、ヴィシュワーナの前にひざまずきながら、エルダンドはしどろもどろに答えた。
遠心力による疑似重力がはじめての経験というわけではないが、これだけ長時間うけつづけるのは、はじめてだ。集落では、何か月かに1回、30分間ていど味わうくらいのものだったから。
管理官用のリング状宙空建造物にたどり着いてから、すでに3時間以上も、エルダンドは疑似重力をうけつづけていた。
岩石惑星におりたったときでも、1時間とかからずに帰途につけたことを思うと、最長記録をはるかに更新するものだ。
エルダンドは、悲鳴をあげたいくらいの苦痛を感じていた。
リング状建造物のまんなかに位置し、そこは無重力であるドッキングベイについてから、リング状の部分にまで移動してくるのも、エルダンドには試練だった。
移動用のエレベーターが、中心からリング部に近づくにつれて、遠心力が効いてくるわけだが、それだけでなく、コリオリの力や重力勾配などにも、エルダンドの体はゆさぶられた。エレベーター自体の加速や減速もあいまって、彼の体がうけた負荷は、複雑であり強烈でもあり、こらえがたいものとなったのだった。
酔って吐きそうになるし、あちこちで頭や体をぶつけるしで、さんざんだった。
そしてリング部にたどり着いたら着いたで、たえまなく重力にさらされつづけるのだから、悲鳴をあげたくなるのは当然だ。
そうまでしてやってきた、恨みや怒りのつのる管理官の面前だが、エルダンドはうやうやしくひざまずいて見せたのだった。
反発心をいくらかかえていたとしても、こういう場面での態度くらいは、エルダンドだってこころえている。領民としての立場をわきまえた、礼儀にのっとった姿勢や言葉づかいにつとめなければならないのだ。
「それぞれの集落の、資源採取の状況をよく見たうえで、こまめにそれぞれの採取宙域をみなおすとかいった作業を、この私がちゃんとやっておかねばならなかった。そうしていれば、こんな手間は、かけさせずにすんだのだ。“皇帝陛下の地上採取施設”の修理にかんしても、管理官の私が責任をはたしきれていない分を、お前がおぎなってくれたと聞くぞ。それも、命がけでな。かえすがえすも、手間をかけさせたことのわびと、私の職務をおぎなってくれたことの礼を、言わせてもらうぞ。」
とがめられるどころか、わびや礼をいわれるといった手厚い待遇に、エルダンドは面食らっていた。
だがその一方で、やはり反発心はおさえ切れるものではなかった。特に、装飾的な執務卓についているヴィシュワーナの背後に、付き人づらをして立っている女を思えば、彼にたいする感情は、挑戦的なものにならざるをえない。
それは、クリシュナだった。すっかりヴィシュワーナのものになりさがったことが印象づけられる位置や姿勢で、突っ立っているのだ。
ヴィシュワーナの側から、つまり支配する側から、エルダンドを、ヴィシュワーナとともに見おろしているのだ。それを実感せずにいられない位置関係に、かれらはあったのだ。
その顔に浮かんでいるにこやかな表情でさえ、勝利と優越をみせつけているのだとしか、エルダンドには感じられない。
ヴィシュワーナとの謁見の場に彼女も顔をだすであろうとは、エルダンドはくる前から予測していたので、彼女の姿がさいしょに目に飛びこんだときには、それほど驚きはなかった。
だが、記憶のなかの通りの、いや、それからさらに成長したかもしれない、たわわな肢体にまで目がおよんだときには、正体不明の感情のたかまりに身もだえしそうになった。
(なんで、そんな男のとなりに・・・。そんなやつに、そんなにこびを売ってまで、ぜいたくなくらしをつづけたいのか・・・。集落の人たちをさしおいて、自分ひとりが快適な生活をつづけるために、こんな男に、そんなふうにすりよって・・・)
彼女に魅力を感じれば、感じるほど、裏切られ、置きざりにされたことが恨めしく思える。
そして、労せずしてそのたわわなものを、我がものとした男への反感もつのる。
(この男が、クリシュナを・・・。クリシュナに、どんなことをしているんだ、こいつは・・・。この男の、この手が、クリシュナの、たわわなものを・・・)
それを想像すれば、たった今聞かされた誠意のこもった言葉も、たちどころに頭からかき消される。
(クリシュナを奪っておいて、何がわびだ、何が礼だ、ふざけるな!)
だが、立場上、そんなことを言えるわけもない。生きてこの場からかえり、集落にも迷惑をかけないようにと思えば、礼節をかいた態度などとれるはずがない。
「もったいないお言葉です。私はただ、領民としての務めをはたしただけでございます。おわびやお礼をたまわるなど、身にあまる光栄でございます。」
(ちくしょうっ!何でこんなやつに、こんなことを、こんな言葉づかいで・・・)
「いやいや、まあ、そう固くならずとも・・。日頃からきびしい税を課したりして、恨めしくおもう気持ちもあるだろうに。集落の者たちには、ほんとうにすまなくおもっているのだ。」
(だったら、税を課さなければいいじゃないか。口先ばっかり、調子のいいこと言いやがって・・・)
反発心やクリシュナへの想いが、ヴィシュワーナのすべてをエルダンドに、否定的に感じさせていた。
「恨めしいなど、とんでもありません。」
言葉では、こう口にするしかない。領民の立場としては。
「そうか。そう言ってもらえると・・・。私も、もっとしっかりとした管理をしたいところなのだが、ダクストン一族がむかしから蓄えてきた管理のためのノウハウというものが、ほとんど失われてしまっているのだ。それでだな、私も、どうにも目をいきとどかせられないのだ。」
「・・!? う・・失われた・・と、申しますと?」
次回、第19話 エルダンドの憤懣 です。 2020/3/7 に投稿します。
コリオリの力は、回転体の上で移動する物体の進行方向を、捻じ曲げようとする力のことです。重力勾配は、“真下”と呼べる方向や、重力の強さが、位置や運動状態によって異なる現象のこと(多分・・例によって鵜呑みにせずに、関心のある方はご自身でご確認頂きたく存じます)です。エルダンドの受けたそれらが、実際にどれくらいの強さなのか、作者には想像もできません。実は、無視してしまえる程度のものだったりして、との危惧もあります。
でも、エレベーター自体の加速や減速もあるし、重力勾配はともかくコリオリの方は、やっぱり無視できない強さなのでは、と思います。だから、エルダンドのように、回転で疑似重力を生んでいる建造物の中を移動する人には、かなりの試練が伴うのではないのかな、と想像しています。こういうことが、宇宙において実証実験される日は、いつのことだろうかと待ち遠しく思っています。