第17話 エルダンドの譲歩
エルダンドのあとについてきた4隻も、彼をまねて格納パックを投げ、化合物をばら撒いたから、それは、とてもひろい範囲を覆うことになった。
侵略者の宇宙艇は、よけることができず化合物に突っこんだ。
「あっ、侵略者が進路をかえたぞ!」
仲間のひとりが、エルダンドに告げた。
「そうだな。たぶん、レーダーの走査も宇宙艇の操縦も、うまくいかなくなったんだ。適切な場所にたどりつくことも、正確な位置で止まることもできなくなっただろうから、あきらめたんだろう。」
「だけど、自分の集落にもどるコースには、ついていないみたいだぞ。」
「ああ、そうみたいだな。きっと帰り道も、見失ってしまったんだろうぜ。」
有機や無機の化合物がまとわりつけば、宇宙艇がそうなってしまうのは、エルダンドには計算づくのことだった。
「あのまま、漂流するのかな、あいつ。」
侵略者の身の上とはいえ、心配気な声をエルダンドの仲間はだした。
「そんなことは、ないだろう。近くの、てごろな衛星に宇宙艇を固定してから、外にでて、まとわりついたものを取りのぞく作業をするんだろうぜ。」
衛星には、小さくて弱い重力しか発していないものもある。宇宙艇でも、簡単に離脱できるくらいのサイズの衛星も、いくつもこの惑星をまわっている。
レーダーなどが使えなくなっても、重力源を探りながらなら、そんな衛星に宇宙艇を固定することはできるはずだ。
操縦不能のままの宇宙艇から外にでたら、回転による遠心力や予期せぬ軌道変更で投げとばされ、身一つで漂流してしまう可能性がたかくなるが、そんな衛星に固定させた状態なら、外にでての作業も危険性が少なくなる。
天然の衛星は周回軌道もわかっているから、現在地も帰り道も分からなくなったりしない。それらを考えた上で、エルダンドは侵略者の行動を先読みしていた。
数時間後、衛星に固定させた宇宙艇からはい出してきて、掃除をはじめようとしていた侵略者を、エルダンドたちの宇宙艇が取りかこんでいた。読み通りに動いた相手を、待ち伏せの罠にかけたのだ。
侵略者は4人だった。向うも4人乗りの宇宙艇だったらしい。
エルダンドたちの宇宙艇も、衛星に固定させてある状態ではあるが、ぐるりと侵略者のまわりをかためた形勢だ。
こうなったら、侵略者も観念してホールドアップするしかなかった。
「さっさと殺せ!くそっ!見つかるはずなんかないって、たかをくくっていたのに。」
宇宙服のなかでの侵略者のつぶやきだが、あるていど近づけば、電波での通信でエルダンドたちにも聞こえた。
「エルダンドが無人探査機を打ちだしてなかったら、きっと、そうなっていたんだろうな。」
「わるいな、すこし前に、侵略への備えができあがっていたんだ。」
仲間たちが投げかけた、それらの言葉につづけて、エルダンドも侵略者に話しかけた。
「そっちの集落では、重元素が不足しているのか?」
「あたりまえだ!お前達の集落が、特別にめぐまれているんだぞ。岩石衛星をまわる、人工孫衛星なんだからな。その衛星に“皇帝の地上採取装置”があるおかげで、重元素はたっぷり手に入るんだろ。」
発言してくるのは、侵略者たちの1人だけだった。彼が首謀者なのだろう。
宇宙服のなかだから顔は見えないが、けわしい表情でまくしたてている感じは、声からつたわる。
「そうだな。たしかお前のところの集落は、惑星をまわっている人工衛星なのだったな。重元素は、惑星のガス雲と環にある氷だけが、たよりなのか?」
「知っているのかよ、それを。だったら、俺たちの集落がどんなに不安定な生活をしいられているかも、想像がつくだろう?少しくらいの資源は、こっちによこしやがれ!」
「管理官のダクストンが上手く調整して、そっちの足りない分は、こっちがおさめた税からまかなわれているもんだと思っていたけどな。」
「表向きは、そうなっているさ。」
エルダンドの問いかけに、歯ぎしりするような声で侵略者が応じる。「だがな、足りない分を無償で与えてくれるような、気前のいいダクストン一族じゃねえ。それくらい、お前たちだって知ってるだろ?」
「見かえりを、要求されているのか?」
「そうだ。集落のわかい女は、根こそぎダクストンに召しだされちまっているんだ。俺のたいせつにしてきた女も、あいつに・・・くそっ・・・くそっ、くそっ!」
そのダクストンのもとに、自分の恋焦がれていた女は、みずから身を売っていったんだ、とはエルダンドは言いだす気にはならなかった。
「たいせつな女をとられないためには、俺たちに割り当てられた宙域から採取するしか、仕方がないのか?」
「もの分かりがいいな。そういうことだ。だから、資源の採取をさせろ、お前たちの宙域で!」
「ふざけるな!」
エルダンドの仲間が、侵略者に叫びかえした。「水の採取にかんしては、俺たちの集落も惑星の環からとってこなくちゃ、どうしようもねえんだ。水がなかったら、重元素がいくらあったって、くらしていけねえだろ。だから、お前達に、環からの採取を許すわけにはいかねえんだ。」
「くっ・・・」
侵略者は返す言葉が見つからないようだが、エルダンドにはかける言葉があった。
「それなんだけどな、今ごろになって思いだしたんだけど、実は、もしかしたら、岩石衛星から水も、採取できるかもしれないんだ。」
「なんだよそれ?そんなの、はじめて聞いたぞ。」
仲間のおどろきに、エルダンドはおされ気味な声で応じる。
「俺も、ついこのまえ知ったんだ。重元素を採取する活動のなかで、何年かまえに“皇帝の地上採取施設”が、衛星の地下で氷のかたまりを見つけたらしいんだ。俺たちの集落だけでなら、何千年分もまかなえるくらいの埋蔵量らしい。」
「くそっ!なんだよそれっ!じゃあ、お前たちの集落は、衛星から重元素も水も確保できるんじゃないか。惑星の環なんかで採取する必要は、ちっともねえんじゃねえか。俺たちによこしやがれ、環での資源採取の権利を!」
同じトリコーブの領民であり、同じ惑星のちかくに居をかまえてもいる集落のあいだで、これだけの格差をつけられたのだから、侵略者が怒るのもむりもない。エルダンドには、そんな風に思えてきた。
「そうだぞ、エルダンド。そういう話なのだったら、侵略にたいして、こんなに必死になることなかったんじゃないか。」
「そういうことだな。あまり重要だと思わなかったから、衛星から水がとれることなんか忘れていたんだ。でも、よく考えれば、環からの採取は、俺たちの集落じゃ、どうしても必要ではなくなるかもしれないんだよな。じゃあ、その方向で、集落のみんなと話をしてみるよ。」
「・・えっ!? なに・・なんだって・・」
「おい、エルダンド。」
「何を言い出すんだ、エルダンド、お前。」
要求した侵略者も、要求されたエルダンドの仲間たちも、同時におどろきの声をあげた。
「あいつの言う通り、俺たちにはもう、惑星の環からの採取は、必要ないかもしれないんだ。知らないうちにもっていかれるのは問題だけど、近くの集落が困ってるっていうんなら、ゆずってやればいいじゃないか。合意のうえでもっていかれる分には、争いのもとにもならないだろうし。」
「しかし、管理官は、あそこはうちの集落のものだって・・・」
「そうだ、むかしから、ずっとむかしの先祖の代から、あの宙域は俺たちが・・・」
仲間たちのあいつぐ反論に、エルダンドはきぜんと言いかえした。
「管理官が何を決めようが、昔の人間がどういう考えをしていようが、俺たちがそれに黙ってしたがう必要なんてあるか。
上の人間は、上の人間だけの都合や思いこみによる解釈で、かってにあれこれ決めるんだ。昔の人間も、昔の都合や事情にみあった活動をしてたんだ。
だけど、今の俺たちには、今の俺たちの都合や事情がある。どうしても必要ではなくなった宙域を占有しつづけるために、近くの集落とのあいだに不和をかかえるなんて、意味がないし、おろかだし、面倒くさいじゃないか。
もともとは宇宙に、境界なんかないんだ。人間が、その時々の、それぞれの都合で勝手に決めるのが境界ってもんなんだ。いつか、どこかの誰かが、俺たちの知らないところで決めた境界じゃなく、今の俺たちにとっていちばん都合のいい境界を、俺たちは俺たち自身で設定すればいいんだ。
環にある資源を得るより、今は、近くの集落との融和の方が、俺たちにとっては、大切なはずだぜ。」
しばらく、沈黙がながれた。侵略者も、エルダンドの仲間たちも、それぞれの考えをまとめるのに忙しいようすだった。
が、やおら、侵略者が口をひらく。さっきまでとはうって変わった穏やかで、遠慮がちともとれる声だ。
「本当に、お前の集落の宙域で、資源採取をしてもいいのか?」
「うん・・まあ、本当に衛星から水が採取できるのか、確かめなくちゃいけないけどな。それに、俺ひとりで決められることでもない。集落にもどって、みんなに話しをして、納得してもらわないと
今から戻って、それを調べたり話し合いをしてみたりするから、しばらく待っていてくれ。むずかしいとは思うけど、何とか説得してみるから。」
侵略者もエルダンドの仲間たちも、戸惑った表情のままだったが、とにかくその場はそれで終わりとなった。
侵略者の宇宙艇の掃除を、エルダンドたちも手伝って、手早くかたづけ、自分の集落にもどらせてやった。
次回、第18話 エルダンドの出頭 です。 2020/2/29 に投稿します。
エルダンドの集落がある惑星の周辺には、ほかにもいくつもの集落があるという設定となっています。本文の記述だけでそれをイメージして頂けていないようなら、作者の力不足でしょう。そして、それらが平等な条件にあるわけではない、という状況も、ご理解頂けるように心がけたつもりなのです。
現実の歴史においても、川の上流にある村と下流にある村で水の奪い合いが起こったり、地震や大雨などで川の流れ方が変わったことで、各村の有利不利が入れ替わったり、なんてことが見受けられます。地球上の歴史で見られたものを、未来の宇宙に移植してみたらどうなるか、そんな問いへの作者なりの答えです。