第16話 エルダンドの迎撃
記録にあった事例では、侵入に気づかず、居座りをはかる動きにも何もしなかったことが、集落に餓死者をだすまでの惨事にいたってしまった原因だとつづられていた。
そのときには、銀河連邦のエージェントに頼みこむ形で、どうにか侵略者を追いかえすことに成功したらしい。
銀河連邦というのは、そのときのエルダンドには、名前だけは聞いたことがあってもよく分からない存在だった。
銀河のはるかかなたに本部をもつ組織で、彼らの星団国家にも支部をおいているとは聞いているが、集落のなかだけが行動範囲の者にとっては、なじみがうすいのだ。
彼らの星団に、法の支配や人権尊重にのっとった治政をおこなわせるべく、色々と活動をしているらしい。過去には何度か、エルダンドたちの集落にもやって来た、との話も聞いたことがある。
数千光年のかなたから、エルダンドには聞いたこともないような優れた技術なども、もたらしてくれているそうだ。噂にしか聞かない話なのだが。
記録にあった侵略のときも、たまたま銀河連邦のエージェントが見まわりにきてくれていて、侵略者の追いだしに力をかしてくれたそうだ。
銀河連邦のくりだした戦闘艇はたった1隻だったのに、侵略者たちのもっていた20隻の宇宙艇がいっせいに立ちむかっても、まったく手も足もでなかったらしい。
戦闘に特化された宇宙艇を、特に“戦闘艇”とよび分ける。基本的には同じ種類の乗り物であるはずなのだが、貧乏集落がもつものと銀河連邦のものでは、性能におどろくほどの差があったという。
それから百年以上ものあいだ、侵略などはうけていないエルダンドの集落だったので、だれもそれに備える必要性を感じていなかったのだが、エルダンドだけはそうではなかった。過去の侵略の記録を見てすぐ、彼はそれへの備えが必要だと感じたのだった。
備えのやり方も、ニザームのところにある端末に保管されてある記録から、必要な情報をえることができた。
資源採取用の人工衛星から、見張りをしてくれる無人探査機が何百と打ちだされる仕組みになっていることが、記録からわかったのだ。
その操作は、人工衛星そのものに乗りこまないと実施できないので、誰もやらなくなってしまったらしい。
百年くらい前までは、実施されていた記録があるのだが、侵略への関心がうすくなったことで、実施されなくなったのだろう。
ちかくの集落とは、皇帝一族がこの星団に流れついてから、かれらが統治の座につくまでの間が、最もはげしく戦火をまじえたらしい。
断片的に伝わってきた皇帝一族の技術は、ひとつの宙域で多くの集落が資源を採取するようになるという現象をまねき、いさかいが頻繁におこるようになってしまったのだという。
だが、皇帝一族による統治がはじまると、かれらから管理官に任命された者たちが、それぞれの集落を監督するようになった。資源採取についても、管理官どうしでの話し合いで解決がはかられるようになり、戦争になることは少なくなった。
だが、管理官の目をぬすんで侵略におよぶ集落民も、ときにはでてきて、記録にあったような深刻な事態にも、いたったりしたのだ。
ダクストン一族がかれらの管理官だが、一族のなかには優秀な者もそうでない者もいて、ものぐさで目くばりのきかない者が管理官だったりすると、集落民が管理官どうしでの取り決めを無視して侵略行為におよぶことがでてくるのだ。
欲のはった管理官が私腹をこやすため、領民に侵略をそそのかす、なんて事件も何百年も前には起こったことがあるらしいが。
今エルダンドの集落の管理官をつとめている、ヴィシュワーナ・ダクストンやその前任者が、その点にかんしては優秀なためか、ここ百年くらいエルダンドの集落は一度も侵略を受けてはいない。
そのことに甘えて、集落は備えをすっかりおこたってしまっていた。
そんななかでエルダンドだけが、備えの必要性を感じていたのだった。
“皇帝の地上採取施設”の修理をなしとげてから3か月後には、彼は資源採取用の人工衛星のメンテナンスも手掛けていたのだが、そのときに、見張り用の無人探査機の打ちだしも、ついでにやっておいたのだった。
そのことは、あえて集落の者たちには伝えていなかった。侵略の可能性をまったく考えていない者たちに、そんなことを話しても時間の無駄だとおもったのだ。
だが、この備えが意味をなすときがきたのだった。
近くの集落の者が、エルダンドの集落に割り当てられているはずの宙域に入りこみ、無断で資源を採取しようとこころみたのだ。今、旅だちのシャトルから見ている環がまさに、侵略をうけた現場だった。
環をなす氷の群れには、水だけでなく、わずかに重元素が含まれている。ちかくの集落にも、環の別の一部が割り当てられているはずだが、それだけでは足りないと思ったのか、かれらはエルダンドの集落に割り当てられている部分の環からも、重元素を採取したかったらしい。
環の、エルダンドの集落に割り当てられている部分を目指す、近くの集落の宇宙艇を、エルダンドの打ちだした無人探査機の一つが見つけ、データーを送ってきたのだ。
「みんな、大変だ。侵略をうけている。すばやく対処しないと、ひどい目にあうことになるぞ。」
人工衛星からの格納パックをキャッチし終えた直後の、エルダンドの呼びかけに、ほとんどの大人たちは、とまどいをしめすのみだった。
「いやいや、侵略なんて、そんな・・・」
「そうだ、きっと、なにかの間違いだろ。」
「放っておけば、いつの間にかいなくなっているんじゃないか?」
環の、エルダンドの集落に割り当てられた部分に居座られたら、彼らが必要な水を確保できない状態となり、集落は深刻な危機におちいるのだ。なのに大人たちは、これほどに緊張感のない態度しか見せなかった。
「俺はいくぞ!」
エルダンドは叫んだ。「まだ、環にたどり着く前にくい止められる位置にいる。今なら間にあう。環にたどり着かれてしまったら、対処がむずかしくなるし、長期滞在用の建造物をそこに作ってしまわれたら、本当に集落は危機におちいるんだ。行かなきゃ。」
行動をおこしたエルダンドは、しかし一人ではなかった。彼と同年代より若いものたちは、大人たちよりは現実が見えていた。
「し・・侵略なんて、信じられないけど、とにかく俺もいくよ。」
「間違いだとわかれば、そこで引きかえせばいいんだ。今は、くい止める行動をおこすべきだよな。」
5隻程の宇宙艇が、侵略者の宇宙艇にむかって動きはじめた。1隻が4人乗りだから、20人の仲間をえたことになる。
侵略してきた宇宙艇は、1隻だった。近くの集落にしても、組織的に侵略をくわだてたわけではないのだろう。集落のなかの少数のはねかえり者たちだけが、独断でこんな行動にでたと考えるべきかもしれない。
だが、だまって侵略をゆるすわけにはいかない。独断での侵略がおもわぬ成功をおさめ、そのことが、組織的な掠奪へとつながることだってある。環にたどり着く前にくい止めるのは、ぜったいに必要なことだった。
「おい、侵入して来たヤツ、すでに見つかっているんだぞ。直ぐに引きかえさないなら、攻撃するぞ。」
エルダンドは、警告のメッセージを発した。侵略してきた宇宙艇は、かまわず飛びつづけている。
「エルダンド、攻撃っていったって、武器なんかもっていないだろう、俺たちの宇宙艇は。」
彼についてきた仲間の一人が、当然の疑問を口にした。
「作業用の宇宙艇だぜ、これは。こんなんで、どうやって侵略者を追いかえすんだよ。」
別の者も、ここまできてようやく、そのことに気がついたようだった。
「武器にできるものなら、あるさ。上手くやれば。」
エルダンドは明るくこたえた。こんな場合があるかもと思って、考えておいた方法だった。
エルダンドの乗る宇宙艇のロボットアームが、さっきキャッチしたばかりの格納パックを投げつけた。ノロノロとしか動かないアームで投げたわけだから、格納パックもノロノロと離れていく。
「そんなん、当たるわけないだろ。」
「簡単によけられちまうに、決まっているだろう。」
「それに、たいせつな格納パックが、ひとつ台無しになっちまったじゃないか。」
「ははは、大丈夫だ。ちゃんと回収できる軌道で投げたから。」
惑星や衛星の重力にひかれている格納パックは、投げられた後には大きな楕円をえがいて惑星をぐるっとまわり、何十日かあとには集落のちかくにまで戻ってくるはずだ。そういうコースを選んで、エルダンドは投げていた。
「・・ほんとうだ、確かに。」
宇宙艇のコンピューターで、そんな軌道計算はすぐにできた。仲間達も、計算されたコースを見て納得したようだ。
「それに、格納パックをぶつけるつもりなわけもないぜ。その中身を、あいつの前にばらまくんだ。」
格納パックの中には必要な元素とともに、必要でない有機や無機の化合物も、いっしょに取り込まれてしまっている。それだけを散布することは、可能なつくりになっていた。
遠隔操作で、エルダンドは化合物の散布を格納パックにおこなわせた。無人探査機からのデーターで、侵略者が飛行しているコースははっきり分かっているので、正確にその進路上に化合物をばらまくことができた。
こちらに相手の位置やコースが分かっても、相手にはこちらのそれらは分からないはずだった。エルダンドは無人探査機のデーターを利用できるが、相手はそれができない。宇宙艇にそなわっているレーダーだけでは、発見できる位置関係ではなかった。
侵略者にすれば、どこからともなく飛んできた格納パックによって、なにやら得体の知れないものを進路上にばらまかれた状態だった。
そして、彼らのもつ宇宙艇は、外壁に有機や無機の化合物がたくさんまとわりつくと、それだけで色々な機能障害をおこすような、粗末なものだった。
次回、第17話 エルダンドの譲歩 です。 2020/2/22 に投稿します。
惑星の環となると、土星の環が一番有名ですが、太陽系の外側を回る土星以外のガス惑星(木星・天王星・海王星)も環を持っていて、惑星にとっては割と“標準装備”な感じです。土星と天王星の間にあるカリクローという小惑星でさえも、環を持っているのが確認されたりしています。環は、宇宙においては思いのほか、流行しているのです。「えー、地球には、環がないの?ダッサーい」って、誰かが言うとも思えませんが。
太陽系の内側をめぐる惑星に環が見られないのは、サイズの問題よりも周囲の塵などの量に関係するのだろうか、などと作者は素人なりに想像しています。もちろん、鵜呑み厳禁の発想です。
土星以外は、あまり目立たないもののようで、そのために発見も遅くなったようです。エルダンドの住む惑星の環も、そんな“目立たない環”をイメージしています。