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銀河戦國史  (褐色矮星の暗くてらす旅立ち)  作者: 歳超 宇宙(ときごえ そら)
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第14話  エルダンドの失望

 強烈な加速重力と全身の痛みで、集落に帰りついたときには、エルダンドは格納パックのなかで失神していた。

 十数時間もたってから意識をとりもどしたが、しばらくは安静にしていた方がよいといわれて、何も知らせてもらえない時間をすごした。

 岩石衛星から帰還して十日ほどもたって、ようやく体も回復し、かれは色々な情報を教えてもらえるようになった。

 あれから何度か、“皇帝陛下の地上採取施設”から格納パックが打ちだされたが、コースのずれはまったく見られず、今までにないくらい、それのキャッチは簡単にすんだらしい。

 命がけのミッションの完全な成功が確かめられて、エルダンドは踊りださんばかりによろこんだ。

 クリシュナも、きっとよろこんでくれているだろう。メッセージで、必ず生還してほしいと告げ、ミッションが成功したら、せいいっぱいそれにむくいることをする、とも約束していた彼女だ。この知らせを聞いた今、エルダンドが、もうすでにクリシュナは自分のものなのだ、くらいに思ったとしても無理はない。

 次に彼女に会った瞬間には、キラキラにかがやく彼女を、たわわに実った彼女を、思うがままにしていいはずだ、なんて想いにとらわれていても仕方がない。

 が、そのクリシュナは、キラキラなものを、たわわなものを手土産に、ぜいたくなくらしを求めて、ヴィシュワーナのもとにいってしまったというのだ。彼のものに、なってしまったというのだ。

 集落を見すてたのだ。エルダンドを裏切ったのだ。

 エルダンドが思うがままにするはずだったものは、今頃は、重税を課して集落を、エルダンドを苦しめている、怒りとうらみの対象であるヴィシュワーナが、エルダンドになりかわって思うがままにしているのだろう。

 あの、たわわなものも、エルダンドのではなく、にくたらしいヴィシュワーナのたなごころで、好きほうだいに転がされていることだろう。

「ヴィシュワーナのもとにいっちまったよ」

 そのひとことから膨らんでいく絶望に、エルダンドは、頭からは火を噴くような熱を、胃の腑からはこおりつくような冷たさを、同時にみまわれた。よろこびの頂点から、地獄の底にまでつきおとされたようなものだった。

(あれは、嘲弄のためだったんだ。なんて、たちのわるい嘲弄なんだ。)

 クリシュナとすごしたすべての時間を、クリシュナからむけられたすべての笑顔を、クリシュナがかけてきたすべての言葉を、エルダンドは、彼女が彼をもてあそび、あざ笑うためのものだったのだ、と感じた。そうとしか受けとめられなかった。

(彼女のかがやきが、俺にとってどんなに狂おしい渇望をおぼえるものかを分かっていて、それを、手の届きそうなところに差しだしておいて、それを得るための命がけの努力までさせておいて、手をのばそうと思ったとたんに、別の誰かに、それも、おれが憎んでやまないヤツに、あっさりと与えちまいやがったんだ。)

 こんなにも、手ひどくもてあそばれなければいけないのか。これほどにもみじめに、あざ笑われなければならないのか。

 彼の彼女への欲情は、自然な衝動の発露であっただけに、おさえようもなく、こらえることも苦しいものだった。

 芽生えたばかりのわかい欲情でもあるから、エルダンドにはどうすればこらえられるのか、どこからそのエネルギーが湧きあがるのか、考えることもできない熱意だった。

 体じゅうをかきむしってもおさまりがつかないほど、エルダンドはクリシュナをもとめていた。少し思いうかべるだけでそれしか考えられなくなるほど、キラキラでたわわなクリシュナが欲しかった。

 そんな強烈な欲情を、嘲弄の対象とされたのだとしたら、その屈辱は、はかり知れないほどのものだ。エルダンドの心はしずんだ。

 けんめいに仕事をおぼえてきたことも、命がけで“重力の底”でのミッションをこなしたことも、ただ、クリシュナにもてあそばれ、あざ笑われただけのことでしかなかったのだ。

 これまでのエルダンドの人生の、すべてがクリシュナのオモチャにされてしまったようなものだ。

 それでもエルダンドには、大量の仕事がまちかまえていた。岩石衛星におりてのミッションを成功させた彼は、集落のみんなから頼りにされた。

 あらゆる問題が相談され、彼の判断なしには先にすすまなくなった。

 仕事に没頭しているときには、クリシュナへの気持ちはすこしやわらいだ。そちらに忙しくしていれば、あまり彼女のことを考えずにすんだこともあるが、仕事の充実感は、嘲弄されたことへの屈辱を、いっときのあいだだけでもかき消してくれた。

 集落にあるすべての仕事や問題に、いっそう深くかかわるようになったエルダンドは、人工衛星や人工彗星においても、直接のりこんでいってのメンテナンスが必要であることに気づき、それを成功させた。

 どちらも、このままでは、純度や品質がわるくなっていくばかりだったし、十数年のうちには資源採取そのものもできなくなってしまいそうな状態であった。

 彼のなした成果はどれも、集落を滅亡から救うものといってもよかった。

 エルダンドは、集落中の尊敬をあつめるようになった。なみいる大人たちも、どちらが年長者か分からないようなもてはやしぶりで、エルダンドをたたえた。

 すべての仕事において、経験豊富なはずのベテランたちがエルダンドの指示をあおぎ、エルダンドの判断にしたがった。何をやるにしても、集落の活動にはエルダンドが欠かせなくなった。

 そんな日々でも、エルダンドの心がはれやかになることはなかった。

 仕事に打ちこんでいられる時間がおわると、エルダンドの心はかき乱された。

 クリシュナへの怒りで、屈辱感で、人知れずのたうちまわることさえあった。

 おどるような笑顔を思いだす。それは今や、ヴィシュワーナのものになってしまった。

(クリシュナ・・・ちくしょう・・・ちくしょう・・・)

 たわわなシルエットが思い出され、胸がさわぐ。それも今や、ヴィシュワーナのたなごころのうちだ。

(クリシュナ・・・なぜだ・・・ちくしょう・・・)

 かけてくれた声、言葉。勇気づけられ、前向きにさせてくれた。それらも今では、ヴィシュワーナひとりをよろこばせている。

(ああ・・・クリシュナ・・・ちくしょう・・・なぜ・・・)

 胸のうちに湧きあがる想いだけでなく、外から聞こえてくる醜聞にも、エルダンドは心をかき乱された。

「新政府からおくられてくる使者のきげんをとるために、ヴィシュワーナのやつは、やつの情婦たちに、下品なサービスをさせまくっているらしいぜ。」

「ほかの所領のやつらが侵略とかしてこなくなったのも、ここの集落から召しあげた若い女たちを、みつぎものとしてそこの領主に差しだしているかららしいぜ。」

「俺たちが汗水たらして採取した資源も、作りだした製品も、手塩にかけてそだてた女たちも、ダクストン一族をはじめとした権力者どもを、楽しませることばかりにつかわれてるんだってよ。やってられねえぜ。」

 エルダンドは、頭をかかえるばかりだった。彼のあこがれたキラキラなものも、たわわなものも、ヴィシュワーナに穢されつくしたあげくに、新政権からの使者や近隣所領の領主の手あかにも、まみれていってしまうのか。

 そんな扱われかたをしてでも、自分ひとりがぜいたくなくらしをしたかったのか。この集落にいるより、エルダンドとすごすより、そんな日々がよかったのか。

(ちくしょう・・・クリシュナ・・・ちくしょう・・・)

 苦悩にみちたままでも、月日はすべるように過ぎさっていく。2年、3年が、またたく間に経ってしまった。

 エルダンドによる修理やメンテナンスが効果をあらわし、格納パックのキャッチも簡単になったし、資源の純度や製品の品質も、これまでにないくらいに良くなった。それを確かめるすべも、エルダンドによって見つけられていた。

 大人たちも、今まで以上に自信をもって、活き活きと仕事に取りくめるようになっていた。

 このままではいつか大変なことになるのでは、との不安を、実のところは、みながかかえながら仕事をしていたらしいのだ。だから、仕事の現場にも以前には、おもたい雰囲気があった。

 だが、エルダンドのはたらきがそれを一掃したかたちだった。

 仕事を教わる若者たちも、エルダンドのやり方で分かりやすく説明がなされる上に、明るく活き活きした現場ではたらけるのだから、やりがいをもって楽しくそれらを身につけていけた。

 仕事にかんしては、エルダンドの毎日は、爽快でよろこびにあふれたものになっていた。しかし、心中には、いつでもクリシュナへの想いがわだかまったままだった。

 2か月か3か月にいちどくらいで、クリシュナは集落にもどってきているらしかったが、エルダンドは彼女に会おうとはしなかったし、彼女が会いたがっているといううわさを聞いても、仕事をいいわけにして会わなかった。徹底して、彼は彼女をさけた。

 会うには、心が傷つきすぎていた。言葉を交わす余裕など、わいてくる気がしなかった。そして、彼女の真意を確かめることもないまま、怒りや失望の感情だけをふくらませていったのだった。

(そんな時期に、はじめて、あそこを訪れたんだったよな。)

 旅だちのシャトルのなかでそう思っているエルダンドの視線の先には、惑星を周回している、ある人工建造物の姿がうかんできていた。

 次回、第15話 エルダンドの商業 です。 2020/2/8 に投稿します。

 エルダンドの思考経路は、ネガティブ過ぎでしょうか?クリシュナに対するイメージが、飛躍しすぎでしょうか?自分にとって最も苦しい可能性を、唯一の真実と信じ込んでしまう。そんなことって、読者様には記憶にありませんか?作者にも、あるような、ない・・ある・・かな?ま、恋は盲目と申しまして・・・。


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