第13話 エルダンドの帰路
ずっとやれずにいた修理が、これで存分にできるぜ。そんな叫び声が、エルダンドには聞こえてくるような気がしたほどだ。
修理された“自動修理装置”が、別の自動修理装置に駆けよる。目にもとまらぬ速さで、赤いランプが点灯しているモジュールの交換がおこなわれた。
新しいモジュールは、“自動修理装置”のなかのどこかにも保管されていたらしい。いつの間にか、ロボットアームの1つにつまみあげられていたモジュールが、修理されている装置へと取り付けられた。
“自動修理装置”が修理する場合には、一時停止も必要ないのか、修理される側の“自動修理装置”もじっとはしていなかった。この修理がおわったあとの活動にむけた準備を、修理をされながらやっている感じだ。
そして、“自動修理装置”に修理された“自動修理装置”も、よろこびに飛びあがりそうな勢いで、別の故障したままの“自動修理装置”にかけよる。
一台の“自動修理装置”の修理をおえた“自動修理装置”も、別の故障したままの“自動修理装置”を見つけてかけよっていく。
こうして、“自動修理装置”どうしの修理がリレー形式で、どんどん繰りかえされていった。連鎖反応式に、“自動修理装置”に修理される“自動修理装置”がふえていく。気がつくと、エルダンドの前でも後ろでも、右でも左でも、“自動修理装置”による“自動修理装置”の修理がおこなわれている。
10分とかからず、赤いランプを点灯させている“自動修理装置”は、ひとつもみかけなくなった。
(なんだか、これまでのうっぷんを一気に晴らしたような感じだな。“自動修理装置”を修理できないことに、この何年か、ずっとイライラしてたのかな。)
感情などあるはずのない機械たちに、エルダンドはそんな感想をもった。
(さあ、もどろう。これで本当に、コースのずれが起こらなくなるのかどうかは、まだ分からないけど、それを確認するまでここにはとどまっていられそうにない。なおっていることを信じて、今はこれだけで集落に帰ろう。)
重力のもとでの活動に限界を感じはじめていたエルダンドは、そう決断した。
(つぎに打ちだされる格納パックを、見つけなくちゃ。きっと、それに乗りこめば、集落にもどれるはずだから。)
そしてそれも、すぐに見つかった。“自動修理装置”がもちこんだ岩や土などが投入される機械から、大きいな金属の管がのびている。施設の中心へと、それはむかっている。
管をたどっていった先にあるだろう、というエルダンドの予測通りに、格納パックは置かれていた。
どういう仕組みか、くわしくは分からないが、大きな管の中をすすみながら、採掘された岩や土などは元素ごとに分離され、必要なものが格納パックに流れつくのだろう。
格納パックも、いくつかが一列に並べられていたが、いちばん端にあるものが、筒状のレールのようなものにセットされていた。
レールを通ってパックは加速されるのだろうが、セットされている位置にだけ、レールには開口部がもうけられている。レールを少し前に進んだ位置では、格納パックは筒のなかに閉じこめられた状態になるようだ。
開口部は、格納パックをセットするためのものだと分かる。
そしてそこに、一つの格納パックがおさまっているわけだ。
(これが、次に打ちだされる格納パックにちがいない。)
エルダンドは、ハッチを開けて入りこむ。入りこむとすぐに、ハッチが自動でしまった。来るときにも経験したことだから、別におどろきはしなかった。
彼が乗りこんだことを検知したからなのか、たまたま打ちだすタイミングがすぐに巡ってきたからなのか、エルダンドは乗りこんで20秒もしないうちに、おだやかな加速を感じた。
例のモニターも点灯し、格納パックがいったん地下にもぐっていく模様が、図によって示されていた。
地下のレールを走りまわりながらどんどん加速し、集落にたどり着ける速度になったところで、加速は終了するのだろう。
地下のレールだけでその加速がおこなわれるのではなく、宇宙に向かってのばされた、2本の棒に挟まれた形でも、格納パックは加速されるだろう。いわゆる、電磁誘導式のカタパルトみたいなやり方でも、加速はおこなわれるはずだ。
そのカタパルトの向きが、パックの飛行コースを決定づけるはずだ。それの制御が不調になっていたから、コースのずれという問題も起こっていたのだろう、とエルダンドは思った。
いまごろは故障のなおったあの“自動修理装置”たちが、その不調も解消してくれているはずだ。エルダンドは、それを信じて身をまかせるしかない。
加速は、来るときよりも強烈だった。無重力になれた体が、数十分の重力のもとでの作業で疲れさせられ、さらにこの加速重力にもさらされたのだから、たまらなかった。
全身にきしむような痛みがはしり、エルダンドはうめいた。格納パックのせまい穴のなかで、小さなモニターくらいしか目にするものもない状況で、全身の痛みにたえてうめいている時間は、エルダンドには予想外の試練だった。
それでも、エルダンドには達成感があった。
(やりとげたぞ!大人たちが、何十年にもわたって逃げつづけ、放置しつづけた“重力の底”におりての作業を、おれは自分の力だけでやってのけたんだ。)
もうこれで、自分は一人前の男だ、との想いもエルダンドにはわきあがっていた。
(クリシュナとの距離だって、もう、なくなったにちがいない。どんどん成長し、俺をおきざりに先へ先へとすすんで、俺なんか見えなくなるくらいにキラキラにかがやいていたクリシュナにも、これをなしとげたことで、ついに、追いついて、同じ場所にならぶことができるんだ。)
そして、追いついたということは、彼女を自分のものしようとする誘いかけも、許されるはずだとエルダンドは感じていた。
これだけのことをなし遂げて、距離をつめてみせたのだから、あの、たわわに実ったものを、たなごころにしようとする試みも、罪にはならないはずだ、と。
せまい穴のなかで、全身の痛みに、つよすぎる加速重力にうめきながら、エルダンドは夢想した。クリシュナをふところ深くにかきいだく瞬間を。たわわなものを、たなごころにする瞬間を。クリシュナと、むすばれる瞬間を。
(俺のものだ!俺のものになるんだ!俺のものにできるんだ!クリシュナ、クリシュナ、クリシュナ・・・)
「クリシュナなら、行っちまったよ。ヴィシュワーナ・ダクストンのものに、成りさがっちまったのさ。」
のぼり詰めていたエルダンドの夢想は、そんな短いことばで、地にたたきおとされた。
(あのときまで俺は、クリシュナの本性に気づかずにいたんだな。我ながら、おろかなことだ。発育していくクリシュナの体にばかり目をうばわれて、何も見えていなかったんだ。救いようのないおろか者だったんだ、俺は。)
旅だちのシャトルの窓には、リング状の宙空建造物が見えてきていた。
それまでは、岩石衛星のまわりをらせん状にめぐりながら少しずつ離れていっていた、エルダンドの乗るシャトルは、ここにいたって一気に、衛星から離れていくコースを取りはじめた。
そしてシャトルがたどり着いたのが、管理官であるダクストン一族のくらしているリング状の建造物だった。
自転による遠心力で、いつでも快適なつよさの疑似重力を作りだしている建造物だ。エルダンドたちとは比べ物ならない、めぐまれたくらしが、そのなかでは営まれている。
ダクストン一族のなかでも、エルダンドのいる集落にたいする管理の責任者をになっているのが、ヴィシュワーナだった。
かれらに重税をおしつけ、きびしくとり立てている。集落のみんなの怒りやうらみを、一身にあつめている男だった。エルダンドも、ひとかたならぬ憎しみをいだいていた。
税として、物をもっていくだけでなく、集落のわかい女たちも、何人もが彼のもとに召しあげられていた。管理官のおそば役とか、管理業務を補佐してもらうためとか、外来者への対応などをこなしてもらうとか、名目上は色々と言われているが、実際はヴィシュワーナのめかけとか情婦とか、そんなことをやらされているにちがいない、と集落のだれもが思っていた。
召しあげられた女たちは、ぜいたくなくらしを与えられる一方で、ヴィシュワーナの欲情のはけ口になりさがる日々をしいられる立場だ、と認識されていたのだ。
「ヴィシュワーナのもとにいった」というのは、クリシュナが自分からすすんで、かれのめかけや情婦の立場をもとめた、と解釈するしかないことばだった。
ヴィシュワーナのそばにいれば、重力のある快適な環境のもと、ケミカルプロセスだけではない色々な、おいしくて貴重な食べ物も、ぞんぶんに口にできるらしい。
バイオオリジンフードと言われる、時代が時代なら、それしか食べ物はなかったはずの物体が、この時代にはとてつもなくぜいたくな食材とされているのだが、それも、ヴィシュワーナのそばにいれば、いくらでも食べられるのだ、と集落ではうわさされている。
クリシュナはヴィシュワーナに、あのたわわに実ったものを差しだすことで、それらのぜいたくを手に入れようとした。そうとしか解釈のしようのない言葉を、エルダンドは聞かされたのだった。
次回、第14話 エルダンドの失望 です。 2020/2/1 に投稿します。
機械や設備の仕組みや構造を、言葉だけで説明するというのは、本当に難しいです。読者様も、何度も首をかしげながら読んでおられるのではないか、と危惧しております。このあたりを、スッと解釈してもらえるくらいの文章力を会得したいのですが、どうすればいいのかは全然分かりません。今後への大きな課題だと思っています。