第11話 エルダンドの冒険
モニターの中の、たわわでキラキラのクリシュナを凝視しながら、興奮気味に、エルダンドは心中でつぶやいていた。
(このミッションをやりとげれば、ついに、クリシュナに手がとどくんだ。一人前の男になって、クリシュナにふさわしい男に、クリシュナに認められる男に、なることができる。
そうなれば、きっと、あのキラキラのクリシュナが、俺のものに。たわわなクリシュナを、俺のたなごころに。)
そんな想いがふくらむと、集落の未来などはそっちのけになってしまった気もするが、このミッションを成功させるという決意は、エルダンドの中でより強固になった。
不純な、との思いもあるが、でもやはり、集落の未来より、たわわなクリシュナをたなごころにできることの方が、エルダンドの勇気を奮い立たせる効果がたかかったのだ。
(格納パックの中に入りこんでいたときの俺は、クリシュナのことしか考えてなかったな。)
旅だちのシャトルの窓から外を見つめるエルダンドは、その時のことを苦々しい気分で思いかえしていた。
クリシュナにひかれ、想いをよせていた日々は、今の彼には自己嫌悪のもとにしかならない。イライラする気持ちや、ムカッと腹だたしい気持ちしか、今のエルダンドには、クリシュナに対してもちえなくなっている。
人ひとりが、ようやくおさまるせまい穴のなかで、1つのモニターしか目にするものもない状態で、エルダンドは格納パックのなかにおさまっていた。
ハッチの開いた入り口に頭をつっこんだ瞬間から、いまだに否定的な意見をつぶやきつづける大人たちの声も聞こえなくなり、エルダンドはこれからの行動計画だけに意識を集中させることができた。
(地上に安全におり立つところまでは、運命に身を任せるしかない。無事にたどり付けたら、落ち着いてまわりを観察しよう。きっと、施設がどうなっていて、どうすれば正常にもどせるのか、分かるようになっているはずだ。
そして、どうやって帰ってくればいいのかも。落ち着いて観察すれば、すべてその場で正しい判断ができるはずだ。
それで、帰ってきて、集落にもどって、クリシュナに・・・クリシュナを・・・クリシュナが・・・クリシュナと・・・クリシュナ・・・クリシュナ・・・たわわな、クリシュナ・・・・・・・・・・・・)
クリシュナがうかぶまでは、落ちついた気分で考えをすすめられたが、クリシュナを想った瞬間には落ちつきがなくなる。そんな自分を意識しつつも、エルダンドはせまい穴のなかで、考えをなんどもはんすうした。
考えにふけっているところに、だしぬけに加速を感じた。ゆるい加速が、色んな方向に感じられた。
格納パックをつんだ宇宙艇が、打ちだしの最適ポジションへと移動しているのだろうと推測できた。すぐにでも、打ちだしにともなう強い加速を感じるだろう、と考えているうちに、それがきた。
苦痛をおぼえるほど激しい加速でもなかった。少し下腹に力をいれていれば、余裕をもってたえられる加速だった。
それと同時に、例のモニターが点灯した。そこに表れた図は、エルダンドにもすぐに理解できるものだった。
地上施設から2本の棒のようなものが伸びてきて、エルダンドのおさまっている格納パックを挟みこむ位置をとろうとしているらしい。
(あれに挟まれれば、減速がはじまるんだろうな。)
エルダンドの想像は、まったく根拠のないものではない。
二本の金属棒に挟まれたものが、電磁誘導作用で加速されるという方式は、彼にもなじみのあるものだ。減速というのは、もとの進行方向とは逆にむかっての加速だから、電磁誘導で減速だってできる。
エルダンドの集落も、建造物から建造物へのシャトルや物資のやり取りで、そんな方法の加速や減速を、毎日のようにおこなっている。電磁誘導で送りだし、電磁誘導で受けとめる。そうやって、エルダンドの集落はあたりまえのように、人や物資を移動させている。
重力に引かれて落下していく物体を、そんな方法で十分に減速させられるものなのかどうかは、エルダンドには分からなかったが、“皇帝の地上採取施設”がそれをやろうとしているのだから、ここは信じて身をゆだねるしかない。どの道、格納パックの中からはなんの操作もできないのだし。
せまい穴のなかで、エルダンドはそう考えていた。
モニターのなかでは、格納パックをあらわすと思われる光点が、施設から伸びてきた2本の棒に挟まれた。それと同時に、今まで感じていた加速はなくなり、反対方向への加速を感じはじめた。
重力にひかれての加速がおわり、電磁誘導での減速がはじまったということだ。
今度のは、少し苦しかった。今まででいちばん強い負荷を覚える。
重力にさからって減速させようというのだから、それも仕方のないことだろう。
衛星の地上にたどりつく前に、減速は完了しなかった。重力に引かれての落下でついてしまった速度を、ここまでの減速で相殺しきれなかったらしい。
ということは、地面に衝突か、と思ったが、モニターに示されたところでは、格納パックは地下にもぐりこんだらしい。
岩石衛星には、ながい地下道が掘られていて、格納パックはそれに入りこんだ、とモニターは示している。地下道のなかで、更なる減速がおこなわれる。
少しすすむと、横方向からの加速も感じられ、すすむ方向を転換していることが知れる。モニターのなかでも、格納パックのすすむコースは曲がっていっている。地下トンネルのなかでカーブしているということだ。
大きく弧を描いて、格納パックは地上にもどってきた。いつの間にか、重力にさからう方向に移動している。
いったん地下深くにもぐりこんだパックが、こんどは地下から地上を目指しているらしい。
速度はすでに、人がかけ足をするくらいになっている、とモニターは示している。地下でらせんを描く動きをして、最終的な減速と方向修正をおこない、格納パックは地上採取装置へとみちびかれている、と考えられた。
地下道への入り口も“皇帝陛下の地上採取施設”にあったようだから、地下をグルグルめぐったあげくに、地下に入りこんだのとほとんど同じ位置で、地上にもどってきたことになる。
それが示された直後、モニターが暗くなった。
と思ったら、エルダンドは何かにやさしく足首をつかまれた。
格納パックから、ズルズルっと引っぱりだされたエルダンドは、足首をつかんだロボットアームを見てとり、さらに視線を転じて、“皇帝陛下の地上採取施設”のうえに立って岩石衛星の大地を見わたしている自分を意識した。
濃淡によって、おうとつがあることは感じられるものの、ほぼ灰色だけに占められた大地は、命にたいする完全なシカトを決めこんだ印象だ。それが、どこまでも続いている。広く、暗く、冷たい大地が、静寂によってエルダンドを圧迫してきた。
そのなかで、ひと目で人工建造物と分かる物体が、八方向に足をのばしたような姿を大地のうえにさらしている。4つの細ながい建屋が一点でクロスすることで、八方向に伸びた形状に仕上がっている。それが“皇帝陛下の地上採取施設”らしかった。
エルダンドは、その建造物のうえの、中心あたりに立っていた。
格納パックが地下にもぐりこんだのも、地下からはい上がってきたのも、その中心あたりでのことだったようだ。それと思われる2つの大きな穴が、中心あたりにはぽっかりと開けられている。
2つの穴の間には、エルダンドを連れてきた格納パックが横たえられていた。
中心から八方向にのびる建屋のひとつに沿って、はしの方へと目をおよがせてみると、その途上で、建屋の側面から何かがひっきりなしに出たり入ったりしてるのも見えた。
4つの大きなタイヤで、デコボコの大地を走りまわったりもしている。次々に建屋からとびだすやつがいて、走りまわっているやつもたくさんいて、建屋にとび込んでくるやつも次々に目につく。
(あれが、この衛星の岩や土を掘り起こして、この施設に運びこんでいるんだ。そしてこの建屋のなかで、必要な元素をより分けて、格納パックに詰めこむ作業がおこなわれてるんだろうな。)
内心でつぶやく一方でエルダンドは、施設から飛びだし、大地を走りまわる物体によく目をこらしてみた。四角い箱が、何本もの格子状にならんだ支柱にとりかこまれたような、見ている者の目をちかちかさせるような外観のそれには、いくつかのランプが点灯していた。
緑色のランプが大半だが、ところどころに赤いランプも見える。エルダンドには、そのランプの色分けの意味は、すぐに思いあたった。
次回、第12話 エルダンドの修理 です。 2020/1/18 に投稿します。
衛星の地上における光景やその描写は、クドすぎるようにも思えるし、安直すぎるようにも思えています。衛星に降りるくだりの文章のサイズを、あまり長くしたくない気持ちもあり、言葉だけで説明できる景色や仕組みにする必要もあり、ある程度のリアリズムを読者様に感じて頂きたい意欲もありました。
それらを総合した結果で、こんな文章になったのです。読者様の印象に残る、それでいてリズムのいい文章に、なっていればいいのですが・・・。