第9話 エルダンドの決意
ダクストン一族が、管理官の地位につけられたいきさつも記されていた。
かれらの集落がおかれている星系も含め、近くにある10個程の星系のなかで、期せずしていちばんはやくに皇帝一族と親交をふかめた彼の一族が、それらの星系における有力者になりあがっていき、皇帝一族がこの国の統治者の座におさまると同時に、管理官に任命されたということだった。
「ふむふむ、昔は、ダクストン一族はもっとひんぱんに各集落を見回って、施設に不具合がおきていないか、何か集落民にこまったことが生じていないか、目を配っていたんだ。」
端末にある記録をひもときながら、エルダンドはつぶやいた。「皇帝一族からも定期的に使者がダクストン一族のもとにくだってきて、見まわりをしたり、管理官としての仕事をしっかりやっているかを確かめたりしていたんだ。皇帝陛下の時代って、いろいろなことが、きちんとしていたんだなあ。」
エルダンドの時代には、管理官が集落をおとずれるなんてのは、数年に1回というほどめずらしいことだった。
新政権ができあがり、ダクストンが皇帝一族をうらぎって新政権にしっぽをふるようになったときから、管理官によるひんぱんな見まわりはなくなり、集落は放置されるようになった。税だけは、きっちり取り立てるくせに。それも、皇帝時代よりもきびしい税を課してくるくせに。
「このころには、皇帝一族からの使者も、ダクストンと一緒になって各集落を見まわったりすることがあったんだ。集落が求めていることや、困っていることなどを、直接に皇帝陛下のもとに伝えてくれていて、助けの手がさしのべられるように、取り計らってくれていたんだ。」
「へえ、皇帝一族って、やっぱりすごい人たちなのねえ。」
「え?ニザームは情報整理担当なのに、そのことを知らなかったの?」
「わたしは、新しい情報を過去の関連情報に紐づけしながら入力して行くのが仕事だから、紐づけに必要な範囲でしか、むかしの情報にはアクセスしないわ。そんなにもむかしのこまかいデーターを掘りださなくても、十分につとまるのよ。」
「・・はは、そうなんだ。」
(ほんとうに大人たちって、自分の担当の範囲にしか興味がないんだな・・)
あきれた想いをかかえつつ、エルダンドは記録をひもときつづけた。
「昔の皇帝一族の使者って、すごいね。ダクストンの管理している領域だけじゃなくて、そのまわりのものもふくめて、百以上の星系の、何百という集落を、何年もかけてひとつひとつおとずれて、管理官の仕事ぶりを確かめたり、住民の要望を聞いてあげたりしていたんだ。
皇帝一族が、実権をうしなった今でもうやまわれているのも、使者たちのこんな活動があったからこそなんだろうね。
それに、俺たちの集落では、自分で衛星の地上におりていくことさえやっているよ。地上施設を、自分の目で点検しようとしたんだね。」
「へええっ!重力の底におりるなんて危なっかしくて恐ろしいことを、皇帝一族の使者ともあろう高貴な人がねえ。」
大きな重力を持つ固体天体の表面というのは、この時代には“重力の底”と表現され、“地獄”と同じといっていいくらいに、恐れられていた。
もともとはそんな環境で、人類は生まれてきたはずなのだ。しかし、宇宙生活の長いかれらにとっては無重力の環境が普通で、巨大天体の重力にとらわれた状態というのは、恐ろしいものなのだ。
人為的に、遠心力などで作りだした疑似重力ならともかく、巨大天体の重力となると、ひとたび捕らわれたが最後、それきり二度と、日常の空間にもどってこられなくなってしまうのではないのではないか。そんな危惧を、かれらはいだいてしまうのだ。
それどころか、現実的な不安だけでなく、バチが当たるとか、たましいを抜かれるとかいった、妄想にちかい迷信的なこわさを、感じてしまう人だっている。
「まじめで、思いやりがあったんだね、昔の皇帝一族は。」
「勇敢だったのね、昔の皇帝一族って。」
ややちがった中身ではあるものの、エルダンドとニザームは感嘆をともにした。
「でも、この記録からすると、やっぱり“皇帝陛下の地上採取施設”ってのは、ときどきは地上におりて点検とかしないと、いけないものなんじゃないのかな。今では、何十年もほったらかしの状態だけど、そんなんじゃ、故障とかしたってあたりまえなんじゃないかな。」
「お・・おりる?おりて点検する?そんな恐ろしいことを、誰がやるっていうの。何もしなくても、何十年も使うことができている施設を、そんな恐ろしいことをしてまで点検するだなんて、あたしには考えられないわ。」
「点検なしで何十年大丈夫だったからっていっても、しなくていいわけはないよ。点検しなかったら、いつかは故障するのが機械ってものなんだから。」
「そ・・そうなの?」
エルダンドがさらに情報をあつめてみると、地上施設だけではなく、資源採取用の人工衛星にしろ、人工彗星にしろ、皇帝時代には定期的な点検がおこなわれていたように見受けられる。
ダクストン一族が主体となっておこなわれているのが、最も多いが、集落民をともなって実施されていたり、皇帝一族の使者も参加しておこなわれていたり、というのもあったようだ。
かつての統治機構は、上から下まで、設備の点検に熱心だったことが分かった。
新政権ができてからは、皇帝一族がダクストンを監督することもなくなり、新政権も皇帝からそれを引き継がなかったらしいから、ダクストン一族も管理官としての職務に熱心ではなくなったのだろう。
点検も実施されなくなったが、皇帝の下賜した設備は、数十年にわたって、すこしの異常を見せることはあっても、決定的な故障にいたることがなかった。だから、集落のひとたちも、点検など考えもしないようになってしまった。
みな、心のどこかでは、このままではいけないような気はしていたのだろうが、それは誰かが何とかすることで、自分が何かをしなければいけないわけじゃない、と思ってきたのだろう。
みながみな、自分以外の誰かがなんとかするのだと思っていて、結局、誰も何もしない。管理官であるダクストン一族をふくめ、そんな無責任と他人まかせの気風が骨の髄にまでしみこんでしまっている。
(そして俺は、自分で岩石衛星の地上におりてみることを決意したんだ。それを伝えたときの大人たちのおどろきようは、今でもよく覚えている。あんなに大勢が、いっせいに口をあんぐりとあけて固まってしまう光景なんて、なかなか見られるものじゃないよな。)
旅だちのシャトルから見える、“皇帝陛下の地上採取施設”の光は、どんどん小さくなってはいるが、それでもまだ視認できる。
(あそこに行く決意をしたんだ。そして、あそこに行ったんだ。)
その決断力と実行力は、今でもエルダンドが、われながら勇気があったと思えるものだ。
一人前の男に、大きく近づける一歩になったはずのものだ。
そしてエルダンドは、そのときに、こうも思ったのだ。
(これで、クリシュナとの距離も、一気に縮まるはずだ。あの、たわわに実り、きらきらとかがやくクリシュナにだって、これをなしとげさえすれば、そうとうに近づけるはずだ。)
そう思ったことは、だが、今、旅だちのシャトルから外を眺めているエルダンドには、自己嫌悪をもよおすものでしかなかった。
(クリシュナに近づこうなんて、バカげた欲望だった。でも、あのときは、そう思うことで、とっても勇気がわいてきたんだ。重力の底におりるなんて、俺だってめちゃくちゃ怖かったけど、それでも、クリシュナに近づくためだと思えば、勇気をふるいたたせることができたんだ。)
「バカやろうっ!エルダンド。何て恐ろしいことを、お前は・・」
「そうだ。重力の底におりるだなんて、死ぬ気か!? 」
「帰って来れなくなるぞ。いや、その前に、体がバラバラに壊されるぞ。」
「俺もそう思うぞ。それどころか、地上に到着もできずに、重力に気を狂わされて、自殺しちまうかもな。」
砲列のごとく、ぱっくりとあいた口をならべて、おどろきをあらわにしていた大人たちは、そんな言葉でエルダンドに集中砲火をあびせてきた。
「でも、このままじゃ、集落は資源が採取できなくなって、滅んでしまうんだぞ。」
「そ・・そんなこと・・は、ない・・はず・・だ。な・・何十年も、こんな感じで・・やってこられたのに・・・」
「たった何十年かの実績だろ、そんなの?何百年ものこの集落の記録をみれば、衛星の地上におりての“皇帝陛下の地上採取施設”の点検は、何回も何回もおこなわれてきているんだ。それをやらなきゃ、いつかは故障してつかえなくなるって証拠だ。打ちだされてくる格納パックのコースのずれが、どんどん大きくなっていることからしても、誰かが地上におりて点検しなきゃいけないことは、あきらかなんだ。」
「そ・・それは、そうかも・・しれないが・・・」
エルダンドの言葉を理解はできても、大人たちは、なかなか納得できなかった。
地上におりるエルダンドを、心配する気持ちもあるだろう。だが、それ以上に、自分たちの考えてきたことや、やってきたことが否定されてしまうのが、いやなのかもしれない。
エルダンドの言葉と行動は、大人たちが無責任で他人任せだったことへの、ひそかな、かつ痛烈な、指摘や批判にもなっていたから。
次回、第10話 エルダンドの解釈 です。 2020/1/4 に投稿します。
重力の底に降りるのを恐れる人々、というのは、この「銀河戦國史」シリーズの中でも、何度か出てきています。一定の時代の宇宙系人類によく見られる価値観、という設定にしています。ガス惑星の近くに住処を定める傾向があるのも、そういった理由からです。未来の人類の長い歩みの足跡を、こういうところからも感じ取って頂ける書き方ができていることを、祈っています。