死神2
おじいさんに自分は死神だと自己紹介された少年は驚いてその死神に問いかけます。
「そちらさんは死神なんですか? 死神って人間を殺して回るっていう、あの? えっ、じゃあひょっとして僕はそちらさんの死神に殺されるんですか?」
死神は肯定とも否定ともつかぬ回答をします。
「一つ目の質問には、そうだよ、と答えるがね、二つ目の質問には、まあ、あたしが直接人を殺すわけじゃあないよ、と答えるね。だから三つ目の質問には、そんなことはしないよ、というのが答えになるね」
少年は一旦安堵しますがその次にはぽかんとして疑問を口にします。
「なんだ、よかった。でも、直接人を殺すわけじゃあないって、じゃあどういう死神なんですか」
死神は答えます。
「あたしはね、もうすぐ死んじまいそうだなって人間のところに伺ってね、その人間がそのまま死んじまうっていうのならその人をあの世につれて行ってだね、その人間がまだまだこの世にいられそうだなっていうのなら何もせずにほかっておく、というお仕事をしているんだね」
少年は新たな疑問を口にします。
「もうすぐ寿命が来そうだなって、じゃあひょっとして僕もお迎えが近いっていうことですか? 正直首をつって自殺でもしようかなとは思ってはいたけれど、いざおじいさんみたいな死神さんに殺されるっていうのならば正直それは勘弁してもらいたいなあと」
死神は大笑いします。
「ははは、いや、そんなことはないよ。おまえさんとはたまたま会っただけだからね。しかし、自殺? そんなものするもんじゃないよ。そうだ、せっかく二人会えたんだしこれも何かの縁だ。ひとついいことを教えてあげよう。これを知ればおまえさんの死ぬ気もきれいさっぱりなくなること請け合いってものだよ」
少年は驚きと期待が入り混じった返答をします。
「えっ、いいこと! なんですかそれは?」
死神はにやにやしながら答えます。
「いいかい、今から教えるのはね、そろそろ命を落としそうだなっていう人間がだね、そのまま死んじまうかまだまだ生き延びられるかどっちかだっていうのをだね、区別するっていう方法だよ」
少年は不満そうです。
「はあ」
死神は少年の不満そうな様子には少しも気づかずに続けます。
「そういう生きるか死ぬかの瀬戸際、つまり今際の際にいるっていう人間のところにはだね、たいていあたしみたいな死神の同業者がいるものだがね、その人間がだね、今すぐにでも死んじまいそうでもね、あたしみたいな死神が足元にいたらだね、その人間が死ぬことはないよ。逆にだね、その人間が結構ぴんぴんしていてだね、まあ死ぬことはないんじゃねえかなっていう場合でもね、あたしみたいな死神が枕元にいたらだね、その人間はころりと死んじまうんだよ。これでだね、今際の際にいる人間が生きるか死ぬかの区別があんたにできるっていう寸法さ。さらにだね、足元に死神がいたらだね、とある呪文を唱えるとだね、その死神は消えちまうからね、その死にそうな人間の調子が元に戻って元気になるんだよ。こいつで医者を始めればあんたも大儲けできるはずさ。じゃあ今からその呪文を教えてあげるからね……」
死神が気持ちよく呪文を教えてあげようとしたところ少年がそれを遮ります。
「すいません、もういいです」
死神はせっかくの親切をあっさり断られてびっくり仰天します。
「ええっ、もういいのかい? なんでだい? どうしてだい? あんたお医者さんになれるんだよ! 地位も名誉もお金も手に入るんだよ! それが一体全体どういうわけでそうなるのかい? ひょっとして遠慮でもしているのかい?」
死神の疑問に少年は冷たく言い放ちます。
「いや、遠慮とかそういう話じゃあなくてね、あのね、そちらさんみたいな死神がだね、一体何年ぐらいその死神稼業をされてきたかは知らないし、たとえ五十年や百年の間そいつを続けてきたものだとしてね、僕は五十年や百年前がどうだったかは知らないけどね、今のご時世自分は医者でございますって看板を掲げるにはだね、大学の医学部の入学試験に合格してだね、さらにその大学で専門的なお勉強をしてだね、さらにさらに国が定めた資格試験に受かる必要があるの。それをせずに無許可で医者のまねごとをするとだね、僕はお縄を頂戴されてね、牢屋に入れられるっていうことになるの。だからね、死神のおじいさんの好意はありがたいけどね、まあ、別にいいですっていうことなの」
死神は愕然とします。
「あんた医者になりたくないの? 死にそうな人を助けたくないの?」
少年は現代っ子らしくあっさりと言い放ちます。
「えっとね、医者になりたいかなりたくないかと言われればなりたいですと答えますけどね、それは周りにちやほやされたいとか、医者の先生って呼ばれたいとか、安定した職について高収入を手に入れたいっていうのが大体の理由であってね、逮捕されるリスクをしょってまで人命を救いたいっかって言われるとねえ、それはちょっと勘弁してくださいていうことになりますねえ」
死神はがっかりします。そして確認します。
「本当にもういいの? 呪文とか教えなくてもいいの? この呪文を聞くことが楽しみだっていう人も中にはいるんじゃあないの? ほら、画面の向こうとかさ」
少年は同じように断ります。
「何訳のわからないこと言ってるんですか。だから結構ですってば」
死神はしょんぼりとして申し訳なさそうに少年に謝ります。
「なんだか余計なお世話だったみたいだね、力になれなくてごめんなさいね。ちなみにさっき自殺をしたいようなことを言っていたけれどもまだその気持ちのままでいるのかい? 正直こちらとしてもだね、あたしたち死神のあずかり知らぬところで勝手に死なれるとだね、いろいろ面倒だというかなんというか……」
少年はぶんぶんと首を振って恐縮します。
「いや、こちらこそそちらさんの親切心をふいにしてしまってごめんなさい。正直その気持ちだけでも十分ありがたいですよ。それにおじいさんみたいな死神に会って話をしちゃったら自殺しようなんて気持ちは吹っ飛んじゃいましたよ」
死神は照れ臭そうに言います。
「そうかい。そういわれるとこちらとしても死神冥利に尽きるよ。あたしみたいな死神が言うのもなんだけどね、やっぱり自殺なんてするもんじゃあないよ。人間、生きていてこそってものだよ。ああ、それからね、今はこうしてあたしはお前さんと話をしているけどね、本来あたしたち死神はお前さんら人間には見えないものなんだ。ついさっきはあたしが木にぶら下がっていて気を抜いていたからね、お前さんにも見えちまったけども、普通は見えないはずなんだからね。でも、お前さんはこうしてあたしをその目で見て、その上こうして話までしたわけだからね、その影響で普段は人間に姿が見えないように気配を隠しているほかの死神もお前さんは見えるかもしれないね。まあそうなってもあまり大騒ぎしないほうがいいと思うよ頭のおかしい人と思われるのがおちだからね。あたしたち死神もお前さんが騒ぎ立てなければこちらから何かしようとはならないからね」
少年はびっくりしながらも礼を言います。
「嘘! そうなんですか。けど見えるだけで殺されないならまあいいかな。ほかの人に見えないものが見えるっていうのもそれはそれで楽しそうだし。まあいろいろありがとうございました。面白い話も聞かせていただいて」
死神は返礼します。
「こっちこそ。話していて楽しかったよ。じゃあこのあたりでさようならと行こうかね。いいかい、何度も言うようだけれども自殺なんてするものじゃあないよ。命を粗末にしちゃいけないよ」
少年は苦笑します。
「本当に死神さんの言うことじゃあないですよ。じゃあありがとうございました。さようなら」
少年がそう言って手を振ると、死神も手を振り返して挨拶します。
「じゃあこれで。また会おうと言いたいけどね、そうならないほうがお前さんにとってはいいっていう事なんだろね」
少年は笑って答えます。
「本当にその通りですよ。それじゃあこれっきりということで」
こうして二人はお互い別々となりました。