一章 感想を発表しよう(後)
その後、帰りの会が終わり、教室の掃除も済んだ。私は教室を出たけれど、大通くんは残って先生と二人きりで何か話していた。
大通くんは何を言われているのだろう。気にならない訳が無かった。けれど、私はココちゃんグループの人間だから、ココちゃんの愚痴を聞くためすぐに下駄箱に移動し、グループのみんなと一緒に帰るしかなかった。
「大通、マジで頭おかしいんじゃない」
ココちゃんと私を含めた四人の女子で下校中、その中の一人、みーちゃんが唇を尖らせて不愉快さを露わにした。
「あの自分は変わってますアピール、マジキモいんだけど」
みーちゃんはいつもココちゃんの気持ちに寄り添う。ココちゃんの気持ちを先読みして、こんな風に代弁するのだ。
そしてココちゃんは、その横でしかめっ面を見せていた。
「まったく……自分は感想文書かなかったくせに勝手なこと言って……」
大通くんのことだろう。彼は春休みが明けてから転校してきたから、私たちと違い、読書感想文の課題は無かった。
「ってかさ、真名ちゃんはどうしてあんなこと言った訳?」
みーちゃんによる言葉の槍。突然、その矛先が私を向いた。
「あんなこと?」
「大通くんに聞かれてたじゃん。ごんが栗を持って来たって言われて信じるか、って」
体中から、一気に冷や汗が湧き出した。
私はあの時、大通くんの作り出した雰囲気にのまれてしまい、頭が回っていなかったけれど……。今思えば、あれは失敗だ。
「真名ちゃんが大通くんの思いどおりに答えちゃったから、あいつ調子乗り出したでしょ」
「え、でも」
「物語のその後の展開なんてどうとでも言えるんだし、『そんなことない』って突っ返してやればよかったんじゃないの?」
予想外の裁判だった。けれどこれは、満島心のグループの秩序を維持するために必要なことなんだろう。私自身、こういった追及は初めてじゃない。もっとも、慣れたかと言われれば、絶対そんなことは無い。だから今も、鼻の頭から汗が滲んでいる。
「私もびっくりしてたから、雰囲気に押されちゃった。ごめんごめん」
「真名ちゃんそういうとこあるもんね。しっかりしてよ」
そう言ったのはココちゃんだ。そして誰も、その言葉にノーを突きつけはしない。
――理不尽。
私が悪いのだろうか。私は巻き込まれただけじゃないのか。
そもそも私に質問が来たのは、その前にココちゃんが反論し、「変わったこと言いたいだけの目立ちたがり」と大通くんを挑発したせいじゃないのか。
今回の大通くんによる批評は、六年一組にとって予想できなかった地震であり、一種の災害のようなものだった。でも、その地震の中で、自分からガレキに埋まりにいったのはココちゃんだ。私は現場にたまたま通りかかっただけであり、救助の仕方に文句を言われる筋合いは無い。
「どうかした?」
黙っていた私に、ココちゃんが問い掛けた。その瞳にはやはり、実験動物を見るような冷たさがある。
「何も」
私は即答した。何も感じない。何も思わない。
胸と喉の間に封をして、心が言葉にならないよう閉じ込める。代わりに出てきた言葉は、円滑な人間関係を考慮した脳みそから下りてきたものだ。
胸から喉へと上る道路はいつも通行止め。頭から口への下り道路しか、私の言葉は通らない。
学校の外だというのに、教室と同じ空気が漂う。会話に正解がある。正解の返答をしなければいけない。
自由に動けるはずなのに、常にクモの糸が体のあちこちにまとわりついている感覚。ほとんど目には見えない、だけど、粘り気のある抵抗がいつも心と体を包んでいる。
そんながんじがらめの数十分をやり過ごし、やっと家に着く。
鍵を開けて家に入り、「ただいま」などと言ってみるけど、当然返事は無い。今はお父さんもお母さんも会社で仕事中だ。
二階に上がって自分の部屋に入り、机にランドセルを置いた。今日もすぐさまふたを開けて、教科書もノートも全てぶちまける。
何か意味がある訳じゃない。でもこうすると、学校で起きた出来事が全て私の心から出て行くようで、ほんの少しだけ体が軽くなるような気がした。
「あ、忘れてた……」
机に飛び出した教科書やノートの中に、一冊、古い文庫本が紛れている。
二週間前に学校の図書室で借りた「新美南吉童話集」だ。今日が返却期限だったのを忘れていた。放課後、帰る前に図書室に寄ろうと思っていたのに、直前の国語の授業があんなことになったものだから、すっかり頭から抜け落ちていたのだ。
もう明日でもいい。他に借りたがる人もいないだろう。
そう思いもしたが、変に正義感の強い図書委員の子が相手になると、それはそれで面倒だ。ルールを破っているのはこちらだから、言い返せる大義名分も無い。
やむを得ず、私は小さな手提げカバンに本を入れ、学校へ向かうこととなった。
学校に着いたのは五時近く。校庭にも玄関にも生徒はおらず、規則正しくマス目状になった下駄箱には、どの段にも上履きしか残っていない――と思いきや。
「大通くん……?」
彼の下駄箱には未だに外靴が残っている。うちの学校は出席番号が男女混合の氏名順なので、大通くんの下駄箱は私の――江藤真名のすぐ下にあるのだ。
いつものように、また図書室にいるのだろうか。それとも、まさか、まだ先生と何か話していたり?
だとすれば、いるのは職員室だろうか。でもあそこの扉はすりガラスになっていて、外から様子を窺うことはできない。
いや、何を考えているんだ私は。とにかく今は図書室に本を返しにいかなければ。総下校時間の午後五時までは、本の貸し出し・返却作業のため、少なくとも図書委員が残っているはずだ。
そうして足を運んだ三階の図書室には、入り口近くのカウンターに、ぽつんと一人だけ女子生徒が座っていた。その手にはひらいた本があり、静かに目で文字を追っている。
「……何?」
黒くて長い髪を後ろで一つに結んだ彼女は、眼鏡の向こう側から、瞳をこちらに向けた。同じクラスの宇野文名さんだった。
「あ、これ、返しに……」
たどたどしい返答をしてしまった。実は宇野さんもまた、大通くんと同じくらい、クラスの枠からはみ出た人だった。事実、今みたいに人と話す時も笑顔一つ見せてこない。
宇野さんの下駄箱は私の一つ上だったけど、さっきは大通くんが気になって目に入っていなかった。心の準備ができていなかったことを今さらながら悔いる。
「――そう」
宇野さんは私が取り出した本を受け取るなり、それだけ言って、返却手続きを進めている。そして、返却手続きが終わるや否や、今度は新たに自分用に貸出手続きを始めた。
「宇野さんも、それ借りるの?」
「一度、学校じゃなくて家で、ちゃんと読み直したくなったから」
宇野さんはポツリと答えた。
沈んでいく太陽は図書室を薄暗く追いやる。そんな灰色の室内に座る宇野さんの顔は、これ以上声を掛けるのもためらってしまうくらい繊細で綺麗だった。
「……江藤さんも、そうだったんじゃないの?」
「え?」
「この童話集に入ってる『ごん狐』、読んでたんでしょう?」
そのとおりだった。一週間前に先生がごん狐を授業で扱うと言ったその日、私は図書室でこの本を借りた。
ただ授業を受けるだけなら、別にそんなことしなくてもよかった。四年生の時の教科書を引っ張り出せば「ごん狐」の全文は読めたのだ。ただ、私は四年生の教科書を無くしてしまっていたので、こうしてわざわざ文庫本を借りていた。
「えっと……宇野さんも、教科書無くしたの?」
「どうして?」
「だって、四年生の時の教科書にあるでしょ、『ごん狐』」
「教科書で読むのと、本で読むのとは違う気がしない?」
宇野さんは文庫本から目を離し、私の目を見つめた。返答を求められた気がしたので、答える。
「それって、教科書ではひらがなになってるところが、文庫本では漢字になってるとか、そういう意味?」
宇野さんは首を横に振った。
「教科書だと、『これは国語なんだ』って思っちゃうから」
その言葉は、私の耳に入った途端、スッと胸の底まで入り込んだ。
「書いてる内容は同じなんだけど、教科書としてじゃなくて、こういう普通の本として読むと、ずっと素直に読める気がするから」
宇野さんはそう言って、文庫本を手に、少しだけ表情を柔らかく崩した。
もしかして――。
もしかして宇野さんも、今日の国語の授業、私と同じ気持ちだったのだろうか。
大通くんの言葉に、魅せられていたのだろうか。
私が意を決して彼女に尋ねようとした瞬間、宇野さんの方が先に声を上げた。
「カビ臭い女と話してて大丈夫?」
――言葉に詰まった。
何も言えない。私は思わずたじろぎ、息をするのも忘れてしまっていた。そして、一年前の記憶が頭を駆け巡る。
――それは、去年のちょうど今頃の時期だった。
当時の担任の小畑先生が提案した「読書登山」――そもそもは、本を読む習慣をつける、というのが先生の言った目的だった。そのために、先生は競争という手段を選んだ。
各自が家で本を一冊読む度に、十ページにつき一枚のシールが渡される。教室の後ろに貼り出した大きな模造紙には、大きく山が描かれており、その下にはクラス全員分の名前が横に並んでいた。手に入れたシールを、自分の名前の上に一枚ずつ貼り足していき、山の頂上に早く到達しよう、というのがルールだ。
シールを貰う時には、先生が用意した手作りの感想カードも一枚渡された。そこに読んだ本のタイトルと五行の簡単な感想を書き、「ワクワク」や「感動」などの項目を星の数で表す仕組みだった。読んだ本の紹介をしよう、というのと同時に、きちんと読んだかを確かめる不正防止の役割もあったのだと思う。
もともと、私は本をよく読む人間だった。いや、好きだった。趣味だった。お小遣いは書店でほとんどを使い切っていたし、休みの日には街の図書館にも足を運んでいた。
仲の良い友達もいた。彼女もまた、本が好きだった。けれど、四年間同じクラスだったその親友は、五年に進級すると同時によその学校に転校してしまった。対して、残された私は、クラス替えにより一年生以来の友達作りに励まなければいけなかった。
「あ、そのブックカバー、映画のやつでしょ」
始業式、声を掛けてきたのがココちゃんだった。
この年の春休み、私は出版社のフェアに応募して、アニメ映画の文庫ブックカバーを手に入れていた。
先生が教室に来るまでの待ち時間を過ごすため持って来た文庫本。それに被せていたカバーに、後ろの席のココちゃんが興味を示してくれたのだ。
「知ってるの?」
「CMやってるじゃん。映画見た?」
「まだ。小説は読んだけど」
「ふーん」
ココちゃんは、小説についてはさして興味が無いようだった。それでも、クラス替えの直後に初めて話した相手というその事実だけで、私たちの距離が近づくには十分だった。何より、私にしてみればココちゃん以外に頼れる人間がいなかったから、気が付けば学校に来る度、ココちゃんを探すようになっていた。
ココちゃんのグループで、小説が話題に出るようなことはほとんど無かった。バラエティ番組、芸能人、コスメ、ファッション、それからマンガにスマホゲーム。
そういったものに興味が無い訳じゃなかった。けれど、小説に比べればどれも夢中になれるものでもない。けれど何も知らないままでは話についていけないから、ファッション雑誌なんかも読んでみた。本当に読みたいものは別にあったけれど。
そんな中で始まった読書登山。
そして、そこで「出る杭」となったのが宇野さんだった。
読書登山が始まるや否や、彼女は毎日、二十枚以上のシールを模造紙に貼り付けていた。つまり、一日最低一冊、二百ページ以上の本を読んでいたのだ。
ズルだ、嘘だ。――そんな声も出てきた。
確かに、感想カードを書くと言っても、嘘や想像で書けない訳じゃない。
だけど恐らく、もしも嘘を書いていたとすればそれはココちゃんだ。ココちゃんは一週間に一冊くらいのペースでシールを貼っていたけれど、感想カードに書いてあるのはネットのウィキペディアにあるようなあらすじの後に「感動しました」とか「私もこんな経験がしてみたいです」とかの言葉を繋げるだけだったのだから。
対して宇野さんは、小さい文字で感想を何行も書き連ね、先生が用意した「ワクワク度」、「感動度」なんて欄もお構いなしに、A4サイズのプリントを四分割したサイズのカード――その目一杯を全て感想で埋め尽くし、さらには裏面にまで字を満たしていた。
どうせ誰も真面目に読みはしないそんなカードを、足りない時は一冊につき三枚以上書いていたのだ。
それが毎日。月曜日には、土日で読んだ五冊分のカードも書いていた。もはや、嘘や見栄でそんなことをして誰が得をするのかというレベルだった。
二週間も経つ頃には誰も何も言わなくなっており、模造紙には、宇野さんの名前の上におびただしい数のシールが貼られていた。みんなが三合目にも到達していないその段階で、登頂と下山を繰り返した彼女の登山はすでに三往復目に突入していたのを覚えている。
すでにみんながやる気を無くしていた。結局、一ヶ月経たないうちに模造紙は剥がされ、それについても誰も何も言わず、読書登山という企画自体が自然消滅していた。
そして――。
「そんなに目立ちたい訳?」「『お前らとは違う』とか言いたいの?」「確かに違うよね、あーキモ」「だから友達いないんでしょ」「いっつも図書室で古い本借りてさ」「あいつ、カビ臭くね?」「図書室の本のニオイ、染みついてるんでしょ」「汚ったない」
ココちゃんグループから始まった宇野さんへの非難は、いつしかクラス中に伝染した。
クラスの雰囲気は悪くなり、小畑先生は何度か宇野さんと面談をしていたけれど、そのうち先生の方がやつれてしまい、学校に来なくなった。休職したのだそうだ。
実を言えば、私はこの読書登山に淡い期待を抱いていた。同じ趣味の人間が見つかるかもしれない。読書に幸せを感じる人がいるかもしれない。
けれどそこで生まれたのは、狂ったように本をむさぼり尽くす「カビ臭い」変人と、読書をそんな変人の趣味として嫌った教室の空気だった。
読書登山は本来、一週間で二十ページ読めないと漢字の書き取りというペナルティがあったから、最低限、みんな嘘でもシールを貼る必要があった。
普段から読書をしていた私にはそんなの気にする必要なんて無い。そんなことより、もっと別のことを気にしなければならなかった。
目立たないこと。特に、ココちゃんと張り合うようなことにはならないよう、注意を払う必要があった。
この読書登山事件で、私はココちゃんのクラスにおける地位や発言力を強く認識していた。そして、プライドが高く負けず嫌いだということも。
それまでは私もよく学校の図書室に出入りしていたけれど、この一件以来、近付かないようにした。休み時間に本を読む姿を見せるようなこともしなくなった。読書は家にいる時だけの楽しみ。もっとも、その楽しみも、ココちゃんたちとのLINEのやり取りや、休日のお遊びで大分時間が削られていた。
だけどそれは、私がこの学校で健やかに生きていくためにしょうがないことなのだ。私はきっと、宇野さんよりは幸せな学校生活を送れていた。そのはずだ。
――チャイムが鳴った。
下校のチャイムだ。私の意識が過去から抜け出し、図書室の現在へと戻る。
目の前には、さっきまでと変わらず、私を見つめる宇野さんがいる。
おかしい。どうしてだ。今日は汗をかいてばかり。今だって、鼻の頭が熱い。冷や汗なのか脂汗なのかも分からない。
「帰らないの?」
そう言う宇野さんがほんの少しだけ唇の端を上げていた。今日、どこかで似たような笑みを見た。そうだ、大通くんの、あの諦めたような笑みだ。
「か、帰るっ」
私の声は裏返っていた。自分が動揺していたという明確な事実。それは、私をさらに動揺させた。
早足で図書室を出て階段を下りる。
――カビ臭い女と話してて大丈夫?
宇野さんの声が頭の中で何度も響いた。
私はそれに答えられなかった。あの時、私はどんな顔をしていただろう。
頭がグルグルする。
今日はおかしな日だ。宇野さんや、それから大通くんや――。教室のはみ出し者が、私の心臓でドッジボールを楽しんでいる。
――そうだ、大通くん。
一階まで下りた段階で、私は六年一組に向かった。
普段、放課後は図書室にいる大通くん。だけどさっきは宇野さんしかいなかった。
もしかして、本当にまだ先生にお説教でもされているのだろうか。そんな気持ちで私は六年一組のドアを横に滑らせた。
「……だよね」
思わず声が出た。教室には誰もいない。薄暗い壁と天井に囲まれて、数時間前に水拭きした机が並んでいるだけだ。
「あれ?」
目についたのは、教卓だった。
教壇の前に置かれた教卓。だけどそれは、掃除が終わった時と比べて、妙に斜めにズレている。すぐ近くに行って確認してみたけど、ズレている他に変わった様子は無い。きっと、下校前に誰かが寄り掛かったりしただけだったのだろう。
とにかく、ここに大通くんはいない。じゃあやはり職員室で先生と?
そんな疑問を浮かべ、何気なく黒板に目を向けたその時だった。
教卓なんかよりも異様な光景が、そこにあった。
黒板には白いチョークで、こう書かれていたのだ。
問一 「ごん狐」を読んだあなたの感想について、正しいものを選びなさい。
①分かり合うことは重要だから、大切にしなければならないという気持ち。
②この世には、生きているうちは絶対に分かり合えないことがあるという気持ち。
「なに……これ……」
意味が分からなかった。どうして黒板にこんなものが書いてあるのか。
そして――。
自分の「感想」について「正しいもの」を選ぶ?
背筋が寒くなった。どうしようもなく気味が悪い。
見れば、黒板の隅には、解答欄が用意され、その中には、すでに白い字で「②」と書かれている。しかし、その文字の上には、赤いチョークで大きく「×」が記されてもいた。
汗が止まらない。
六年一組。毎日通っている教室。それなのに、自分がどこかとんでもない場所に来てしまったのではないかという気がする。
「まさか、大通くん……?」
直感だった。けれど、この太い白色で書かれた「②」という文字からは、彼特有の強い意志を感じた。
――ここで何があったの?
「②」の文字の上から切り裂くように書かれた赤い「×」。それが何より不吉で、気が付けば私は黒板消しで解答欄を拭っていた。
「消えない……?」
「②」の字と「×」は消えたのに、解答欄のマス目は消えない。まるで、そこに正解が書かれるのを待っているように、正方形を保っている。
「何なの、本当に……」
気味悪さと、そして、何故だか湧き出てきたほんの少しの怒り。
そんなに「正解」が欲しいなら――、あらかじめ正解が決まってるなら――、
「――『感想』なんて言葉、使わないでよ!」
私は握りしめたチョークで、空欄に「②」を書き込んだ。
その瞬間だ。
教壇が揺れた。
いや、厳密に言えば、揺れていたのは教壇じゃなくて、その下の床。そして、重い金属がこすれるような音が響く。
「嘘……!?」
教卓の下に、五十センチ四方の空間が現れていた。それは暗い地下へと続いており、壁には下りるためのハシゴが等間隔で埋め込まれている。
耳を澄ませてみれば、人の話し声のようなものも微かに聞こえた。
ここに大通くんがいる……?
確信は無い。根拠も無い。でも、そうとしか考えられなかった。
不安と好奇心が半々、いや、七:三くらい。
ちょっと中の様子を見てみるだけ。それだけだ。危なそうだったら、すぐに戻ればいい。
深呼吸して、梯子に足を掛け、手を掛け、ゆっくりと下りていく。そうして、頭の先まで地下に入り切った瞬間、頭上の床がスライドし、一気に入口が閉じた。
「嘘!? え、嘘でしょ!?」
途端に光が失われ、闇。
塞がれたばかりの天井を叩いたりこすったりしてみるが、全く動く気配が無い。
引き返せない。
そしてこの後――。
私は、大通くんと語部先生の、あの異様な光景を目にしたのだった。