魔王は料理する
魔王、と聞かれれば、皆は何を思い浮かべるだろうか?
普通に聞けば全人類の敵で嫌われ者、魔界の支配者、なんて想像するだろう。だが、それは間違いだ。魔王もまた王。王とは他の者からも支持されて設けられる称号だ。……しかしウチの魔王様は少し、いや結構変わった魔王の称号を持った『料理人』の話しである!
「いや、料理人っすよ!何で魔王なんすか!?」
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拝見、元父ちゃん、元母ちゃん、御元気ですか?俺は異世界で今からでも放任したい立場に治まっています。……はぁ、何で俺がこんな地位にいなきゃいけないんだよ。他にも優秀な奴いたろ。お嬢様口調の『ドラゴン』とか、イケメン口調の『ケルベロス』とか。俺なんか「魔王様!またこちらにおられましたか!」
「だからその魔王ってのやめて欲しいっす!俺は料理人っすから!」
――なんで魔王なんてやってるんだ!?
焦って俺こと肩書魔王、そして料理人ことタケル=マモンロードの所に来た、尖った耳に褐色の顔をした黒妖人の青年が荒い呼吸をして話し始めた。
「に、人間共…だけじゃなかった、光の軍勢がこちらに進軍してきているとの報告が各国の偵察兵から送られてきました!」
「またっすか?…この前敗軍したというのに、懲りない奴等っすねぇ。こっちはアレンジ料理の研究で忙しいのに」
この世界、ノアドラグールには六つの大陸が存在する。
赤の王が治める大陸『レッドヘッド』
青の王が治める大陸『ブルーボディ』
黃の王が治める大陸『イエローアーム』
白の王が治める大陸『ホワイトレッグ』
そして俺こと魔王…黒の王、もとい『堕の王』が治める『ブラックテール』
六つの大陸は少しばかり離れているが大陸地図を合わせると、まるでドラゴンの姿になるから『始まりの龍大陸』と呼ばれている。そして各大陸には色々な種族が生息している。
まずレッドヘッドには力とプライド、そして頑丈さが自慢の竜人族。ブルーボディには高い魔力と美しい姿を保つ精霊人族。イエローアームには鍛冶を中心として商売人の小人族。ホワイトレッグには数々の偉業を遺してきた偉人を生み出してきた人間族。最後に、ブラックテールには異端者や嫌われ者が集まり国となった半端者が住んでいる。
俺が治めている大陸、ブラックテールはこの大陸を除く五大陸から阻まれた者たちが行き着く大陸だ。そしてこのノアドラグールにはある法律があった。
・一つ。眼が双眼異なるもの、半端者は堕ちし大陸に行くべし。
・一つ。半端者、または半人を匿う場合、匿った者たちは即死刑と処す。
・一つ。各大陸から主導者を一人立てるものとする。
つまりはオッドアイや他種族とのハーフ、または異端者は各大陸から軽蔑され、匿った者は即死刑されるというもの。なんとも理不尽な法だと思う。だがブラックテールにはこの法は除外される。要するにハーフだろうか異端者だろうが自由に生きられるということだ。だがその考えに反対の意を持つ五大陸はブラックテールを滅ぼそうと光の軍勢を送り込んでくる。だがこちらにも軍勢はおり、俺は彼等、自由の軍勢を結成して五年戦ってきた。
「五大陸は我らが黒の王の考えに今でも反対し、この大陸を滅ぼそうとしているとのことです。……はぁ、あの者たちは手を取り合うという事を知らないのでしょうか?」
「今に始まった事じゃないっすよ。俺がこの地位に居座る前からしていたことでしょう?それより国民達に異常は無いっすかね?」
「そのようなことはございませんよ王よ。貴方はこの国の王となった時から全国民の前で演説したではありませんか。『俺は腹減っている奴等に!食いたいと言う奴に料理を振る舞うだけ!戦争なんて馬鹿している奴等はただのアホっす!』って仰っていたではないですか」
「うっ、でも俺から見れば本当にそうにしか考えられないっす」
この戦い、『聖魔戦争』は俺が王の地位に居座る前からやっていた。俺が人間からキマイラ、そして王の立場になってから既に五年、時が経つのは早い。
「そうではございますが、私が貴方様に拾われて貰わなければ私も今頃は他界していたことでしょうな。今でもこの感謝を忘れておりませぬ、魔王様」
「なあ、その魔王って言うの辛くない?なんなら初めて会った時みたくタケルって呼び捨てでも…」
「いくら王の命でも、そのようなご無礼なことはできませぬ!貴方は我らが王、いえ勇者なのですからっ!!」
「勇者、か」
その言葉に少し思いふける。
勇者。人間の希望であり、魔を倒すことで有名なあの勇者だ。だが俺にとってその職業は聞きたくないものだ。
俺は属に言う、異世界転移者だ。当時の俺は元の世界の地球ではネット小説を読み漁っているただの高校二年だった。ウチは定食屋を営んでいて家庭は母子家庭で一人息子の俺をお袋は独り身で育ててくれた……しかしそれは続かなかった。親父は突然いなくなりし、お袋は定食屋を畳み、バイトやパートを持ちきり、金を稼いでいた。俺もお袋の負担を減らす為にバイトをすると話を持ち込むもののお袋は「アンタはアンタのなりたいようになりなさい」の一点張りだった。今思えば、無理してでも家計を支えていれば良かったな…。
あっちはどうなっているだろうか?こっちと同じくらい時間が経っているだろうか?お袋は元気にしているのか?仲良かった幼馴染は結婚したのだろうか……最後のは別にどうでもいいな。
そう思っているとこちらを心配しているダークエルフが声をかけてきた。
「大丈夫ですか、魔王様?」
「ん、大丈夫。あといい加減魔王って言うのをやめて欲しいっすね。それよりも、あの人達は既に来ているっすか?」
「はい。全員ご到着されております。しかし魔王……コホン、失礼しました、改めてタケル様も凄い方ですね、あの『四王』を友人にしているのですから」
「何を言ってるんすか、あの四人から見れば俺はただのガキでしかないっすよ」
「最初の言葉をそのまま返させていただきます。ただの子供が前王達と友人な訳ありませぬ故に」
そう言われてもな…。あの人達、ただの俺の料理を食いに来ただけでしょ。……っと、それはさておき完成だ。ドワーフ制作のフライパンの中にはジュウジュウと肉汁を跳ねさせているハンバーグが出来ていた。材料はゴブリンの肉、アーマービーの蜂蜜にオーガニオン、そして決め手のソースには蜂蜜と十味辛子でブレンドしたオリジナルソース。
「ナルカ、味見よろしくっす」
「ま、魔王の料理をわ、私がですか!?よろしいので?」
「勿論…というより目をギラつかせてハンバーグを見ているのに何言ってるんすか……」
目の前のハンバーグに今にも飛びつきそうなダークエルフの青年、ナルカ。彼にナイフとフォークを渡す。
「で、では、お言葉に甘えさせえていただきます…あむっ…ッ!?美味っ!」
「美味かったなら良かった。味はどう?」
「ゴブリンの肉の臭みがなく、口の中で解ける柔らかさ。そしてソースも甘辛で凄く合っています!」
ナルカには絶賛のようだ。…あ、会議の事、スッカリ忘れてた。
「ナルカ、会議の事を…」
「ング!?…そ、そうでした!急がないと!では魔王様、行きましょう」
「了解っす」
エプロンを脱ぎ、近くに掛けてあった魔王のローブを羽織って会議室に急ぎ足で向かうのだった…。
「あ、あの四人にもハンバーグを……」
「それは後で良いです!?」