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死神の嫌がらせ

作者: 雪斎拓馬



 妹のボストンバッグを開けてみれば、人間の死体が入っていた。


 経緯を説明せねばなるまい――といっても一行で済む経緯だけれど――旅行したわけでもないのに妹がボストンバッグを持ち帰って来たことを不思議に思い、いざ中身を確認してみれば死体がうずくまっていたのだ。

 やんちゃで何考えているかよくわからない人格者であった妹のことだから、突然、ただ友人の家に遊びに行くだけなのに大きなバッグを背負いたくなったのだろう、という推測は容易にできた。

 そして妹の性格を考慮すれば、どうせ死体の処理に困り、結果ボストンバッグに収納して隠し通そうと考えたのだろう、とも容易に推測できた。

 同時に、今まで見た彼女のボストンバッグの中には常に死体が入っていて、何度も死体隠蔽を繰り返しているのでは、という悍ましい推測まで立った。


 しかしなぜ我が妹は死体処理に戸惑う状況に直面したのだろうか。この死体が、全く顔の知らない少女のものであることから、妹の友人であり喧嘩した拍子に殺害してしまったという線も、道端ですれ違い様に口論になって殺害してしまったという線も消える。

 この際、妹が死体と出会った経緯はどうでもいいとして、問題なのは彼女に罪悪感があるかないか、ということである。


 わたしは夕食までに精神を安定させて、その食卓にて彼女の様子を観察した。おおよそ、罪悪感に苛まれているというよりは狼狽しているように見える。両親はその不審な挙動になんの違和感も抱いていないようなので、どうやら彼女からそんな感情が読み取れるのは、事実を知っているからであろう。

 一方、このときわたしが覚えた感情は妹に対する怒りや軽蔑ではなくて、同情だった。

 だから、夕食を終えてそれぞれ各自の部屋に戻るなり妹の部屋に訪れて強引にドアを開けこう言った。


「わたしがなんとかするから、全部話して頂戴」


 妹は、どうしてこの死体に出会い、隠蔽するに当たった経緯を説明した。


「まさか死ぬなんて思っていなかった。多分この子はホームレスなんだと思う、わたしの財布をいきなり盗んだの。そのまま路地裏に逃げたから追いかけて、蹴り飛ばした。その拍子に、この子は鉄パイプみたいな針に突き刺さって死んだ」


「それを、自分が殺したと思い込んだのね?」


「うん。最初は罪悪感に苛まれていたけれど、後々殺人者として刑務所に入れられることが怖くなって、死体を隠した」


 どんなにそれが人目につかない事件だったとしても、犯人は自分に裁きが下されると思い込んで逃げ続ける。それが、我が妹に合致している。


「最後に一ついい? あなた、死体を隠すのはこれで何回目?」


 妹は答えなかった。


 翌日、両親が仕事に出たことを確認して、庭で死体を燃やした。つまり死体処理を行うのである。証拠がたった一つも残っていなければ、冤罪をかけられても優勢でいられるはず。

 当然、骨が出た。さて困った、骨はニュースを見る限りどこに捨てても案外警察に見つかるものである。

 ならいっそう粉砕してしまえばいいと、ハンマーで木っ端微塵にした。それでも容量が大きかったもので、今度は金属の壺に入れて十分以上に燃やし続けた。リン酸カルシウムの融点は異常に高いと聞いたことはあったが、しかし、結果としては灰になっていた。

 ここまでくればいいだろうと、庭の奥底に撒いて埋めた。


 それから数日が経った。

 ニュースは愚か近所でも妹が殺した少女についての話題は全く出なかった。こんなものなのだろうかとわたしは落胆した。人の命はこの程度のものなのかと。この程度で死体遺棄はばれないで済むのかと。ではいったい一日に何人もの人間がこうやって闇に葬られるのだろうかと。そう慄いた。

 妹とわたしは、多少の罪悪感を背負いながら、それでも平穏を取り戻した。


    *


 そしてわたしは人を殺してしまった。

 実家を離れ上京はせずにむしろ田舎に一人暮らしをすることになったわたしは、一見事故が起きるとは思えない畦道でどうしてか人を轢き殺した。

 周囲にはたった一人の目もない。見られていない。車体の凹みも、そこまで気になるものではない。けれど轢き殺してしまった男性は一般人であるので、このままあたふたしていてもただ警察に連行されるだけなのだろうと瞬時に理解した。


 果たして、死体処理の経験があるわたしは、かつて妹がそうしたように、自分の罪を隠蔽した。あのときと全く同じ手法で死体を遺棄したのだ。

 突如消えた男性は行方不明扱いになり、警察が出動したが、やはりわたしは捕まらなかった。

 もはや警察が無能集団にしか見えなくなってきていた。どうしてわたしごときも見つけることができないのだろうか。それともわたしが凄いのだろうか。それほど死体処理の才能があるというのだろうか。


 わたしはせめてもの弔いとして目立たない程度の一輪の花を供えてやろうと事故現場に足を運んだ。犯人は現場に再度訪れるとはよく言うが、まんまとわたしもその事例に引っかかってしまったわけだ。

 瞬間、わたしは空中に薙ぎ払われた。そして地面に叩きつけられる。

 突然のことで頭が回らなかったし、そもそも激痛と絶望によってそこまで思考することができなかった。

 けれど、ああ、轢き殺されたのだな、とは瞬時に判断できた。

 わたしは死してなお地獄の底でわたしを轢き殺した犯人の、死亡直前に聞いた言葉を忘れないだろう。


「どうしよう……どこかに隠すしかないか」


 こうして闇に葬られる〝死〟は連鎖するのだろう、と地獄の底でわたしは考える。








初めまして雪斎拓馬です。

初の短編小説投稿です。


死体遺棄は連鎖する、という話でした。

さてはて、私達の実世界も闇に葬られる死体というものはあるのでしょうか。

死体遺棄なんてしたら、いつ自分が遺棄されるか知ったものではありません。

教訓、人を騙せば必ず報いは受ける。


では小ネタを紹介します。

妹は死体を隠蔽しようとしたことがあったか。私の中では「人間の死体は初めて」という設定になっております。

姉(主人公)と地獄について。姉は明らかに罪人です。ゆえの地獄の底とも言えるのです。


いかんせん空白行というものをあまり使わない人間なので読み辛いと思いますが、ご了承下さい。


もしよかったらファボ、評価、感想よろしくお願いします。

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