隣がいい
「寝相?全然悪くないよ?」
彼女はそう言って不思議そうに僕の方を見てはにかんだ。
「心配無用だって。いびきもかいてないし、すーすー言ってるだけだから寝つきが良くて羨ましいなーっては思うけど。私の方こそ蹴っ飛ばしたりしてない?」
体中どこも痛くないからその心配も無用だよ。
「そっか」
二人掛けのソファに座る僕らはテレビをつけるでもなく、スマホをさわるでもなく寝起きのぼんやりとした状態に浸っていた。遮光カーテンの隙間からは白い光が差し込み、外がどれだけ晴れ渡っているのかを伝えている。
穏やか。その言葉が今のこの空間にぴったりの言葉だ。町の喧騒から1億光年離れているかのような間延びした静けさ。僕は誰よりもこの時間を渇望し、満たされている。
彼女と同棲を始めたのはつい一週間前だ。付き合って一年目の記念日を祝ってから間もなく、彼女の方から一緒に暮らしたいと提案があった。心から嬉しい提案だったけれど僕には1つだけ心配なことがあった。
僕の寝相だ。朝起きて掛け布団が体に掛かっていたためしはなく、枕だって明後日の方向にすっ飛んで行ってしまっている事なんかしばしばだった。これまで彼女と付き合ってから何度か共に過ごす夜、迎える朝もあった。僕はその度に彼女から幻滅されまいとして、眠るまいとして不眠を貫いてきた。しかし、一緒に暮らすとなるとそんなこともしていられなくなる。何かいい方法はないか。なんてそうこう思案しているうちに彼女との同棲が始まったのだ。
初日の夜が過ぎ朝を迎え、僕がはたと目を覚ますと隣に彼女がちゃんと眠っていた。僕の枕はすっ飛んでなかったし掛け布団もおとなしく僕らに掛かっていた。すっと胸をなでおろす。安堵したらまた眠くなってきてしまった。
なんて具合にあっという間の一週間が過ぎた。隣ではまだ彼女がうつらうつらしている。と思ったら急に「あ!」と何か思い出した風に大きな声を上げた。
「すっかり忘れてた、今日ちょっと友達と用事あるんだった。悪いけどもしかしたら泊りになるかもしれない、ごめんね」
構わないよ。気をつけて。
「ありがと!お土産買ってくるから」
かくして僕は一週間ぶりの一人暮らし再開となるのだった。ばたばたと部屋を駆けまわり彼女が去った後、僕は特にやることもないので二度寝をすることにした。布団からは彼女の柔らかい香りがまだ残っている。遠のく意識にそのまま身を任せる。
それから僕は眠りから覚めた。目に映ったのは全く掛かっていない掛け布団、遥か彼方にある枕だった。思わず苦笑いをしてしまう。早く帰ってきて。この体ったら君の隣がいいらしい。
僕は一人、大きく伸びをした。