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缶詰日記

作者: 白木 一

 ふぇぇー、誰か助けてぇーー! 出られないよぉーーー!

 狭いよぉー、暗いよぉーー! 恐いよぉーーー!

 何でこんなことになっちゃったのよぉーーーー!



 時は少し前に遡る。



 今日の学校は半ドンで、吹奏楽部の練習も先生の都合でなくなった。

 親友のマキは風邪で欠席していたから一緒に遊べないだろうな。

 なにして午後を過ごそうかな。

 宿題は出されたその日に終わらせている、予習は三か月先まで完璧だ、復習は問題なし。

 そうだ、練習がなくなっちゃたから一人でフルートを吹こう。

 その前にお昼ご飯だけど。


「ただいまぁ」


 家には誰もいない。社畜のお父さんは単身赴任で遠い地方へ、これまた社畜のお母さんは勤務時間プラス残業(もちろんサービスで、給料には反映されない)により日付が変わるぎりぎりまで帰ってこない。お疲れ様です。

 フリーターの兄は自分探しとか何とかで絶賛家出中、愛猫のモニカはいつものお散歩。


「おなか空いたなぁーー」


 放たれた言葉は部屋の中で響くだけ、答えを返してくれる人はいない。

 言葉にすると余計に空腹感が湧いてきた。

 よし、なんか作ろう。

 料理は得意である、というよりも、一日の大半をひとりで過ごしていたため家事全般をそつなくこなせるようになった。将来の夢は宇宙旅行かオーケストラのフルート奏者かお嫁さんだな、えへっ。


「うげっ」


 冷蔵庫を開けると何もなかった、驚くほど何もない、肉魚野菜冷凍食品だけでなくソースやマヨネーズなどの調味料や昨日作り置きしていたはずの総菜までなくなっている。

 しかし、けっして泥棒がうちに侵入したというわけではない。

 このなくなり具合と経験から犯人はおのずと一人にしぼられる。


「あんの職業は自分探しですとかほざいておきながら行動範囲は自宅から半径十キロメートル以上離れたことのない週一で家に帰ってくる親のすねかじり虫のフリーター崩れのあほ兄貴のばかやろーーっっ!!」


 はっ! 失礼、はしたない言葉を叫んでしまった。

 とにかく、食料がないのは危険だ。

 第二次成長期で身長がぐんぐん伸び伸び成長(予定)中の女子高生にとって栄養補給は死活問題なのである。朝ごはん、昼ごはん、夕ごはん、おまけに部活前のおやつと授業前の間食。

 食べ過ぎじゃないかって? しょうがないじゃん、だっておなかが空くんだもん。

 たしか物置に保存食があったはずだ。最悪ありあわせの材料だけで軽い炒め物でも作るとしよう。

 昼ごはん食べたら買い出しに行かないとだめだな。

 まだ午後一時。おやつと被らないように早く昼ごはんを食べないとね。



 おおーっ、まさに宝の山だ。

 鯖缶、秋刀魚缶、ツナ缶、牡蠣缶、鮭缶、アサリ缶、ホタテ缶、ふぐ缶、うに缶、かに味噌缶、だし巻き卵缶、豚の角煮缶、焼き鳥缶、焼肉缶、カレー缶、肉じゃが缶、あんきも缶、モモ缶、パイン缶、ブドウ缶、みつ豆缶、梨缶、マンゴー缶、チェリー缶、メロン缶、ミカン缶(ミカンかんって言いにくいな)など色とりどりの選り取り見取り。


「あれっ!?」


 珍しい缶詰を見つけた。

『ラング・ド・シャ 国産本鰹100%使用』

 缶詰なのに『ラング・ド・シャ』!?

 ラング・ド・シャといえば、どこかの国のクッキーみたいなお菓子のはず。

 しかも国産本鰹が100%も使われているとは。

 いったい、どのように使われているのだろう? 手堅いのはサンド。もしかしたら生地に混ぜられているのかも。

 味の想像がつかない。

 美味しいのかなぁ。

 とりあえず賞味期限を確認。

 ふむ、まだ充分余裕がある。

 缶詰自体に穴が開いてないから中身が腐っていることはない。

 懸念すべきことは味だけ。でも、そんなことを気にしていたら餓死してしまう。

 ええーい、ままよ! いざ、味知の世界へ!!



 ぴきっ、ぱかっ、ずごごごごごごっ、すぽん、かちゃり



 そして今に至る。



 ぐぅ、ぎゅるるるる。

 おなかが空いた。もとい、空いている。この状態になってからどれくらいの時間がたったのだろう。

 あまりにも狭くて身動きがとれず、真っ暗だから何にも見えない。

 空腹のせいか身動きがとれないせいかはわからないけど気力が下がりに下がっている。

 このまま死んじゃうのかな。誰にも気づかれないまま。孤独に、ひっそりと。

 享年十五歳。死因、餓死。

 嫌だぁ! まだ死にたくなぁぁい!!

 やりたいことや食べたいものがたくさんあるのに、まだ昼ごはんも食べてないのに、あんなに缶詰があるのに、餓死が死因なのも嫌だぁ!

 愛の逃避行のすえ追い詰められてカレシに告白されたあと射殺されて死ぬのが夢なのに。

 いまどきハリウッドでさえやってないようなアブノーマルで非日常な状況でご臨終したいのに。

 ぐすんぐすん。

 やっぱり死ぬしかないよね。助かるわけないもんね。

 さようなら、さいきん会ってないから顔を思い出せないおとうさん。

 さようなら、さいきんしわが増えたおかあさん。

 さようなら、もとはといえばあんたのせいだよ虫アニキ。

 さようなら、まいにちどこかへ出かけているモニカ。

 さようなら、お世話になったみなさん。

 さようなら、さような、あら!?

 ひ、ひかりだ。光が見える。あまりのまぶしさに目がやけてしまいそうだ。

 あの光はたぶん出口(?)まで続いている。

 あの光に手が届けば昼ごはんが食べられるはず。

 でも長いこと同じ姿勢だったから、身体のあちこちが凝り固まっていて思うように動けない。

 せめてこの左手さえ届けば昼ごはんにありつけると直感が告げている。

 動け、そして届け、この左手に昼ごはんが懸かっているんだ。

 少しずつ感覚が戻ってくる。

 もう少しだ、昼ごはんまで。もう少しで手が届く。

 もう少しで……。



 あたたかい。そんな感覚とともに言葉が頭の中に流れてきた。



『あら、今日も来たの? お母さんは忙しいのかい?』


 なんだか懐かしい声。誰だったっけ。

『お前さんは運がいいよ。あんたがやってくる時はいつも旦那の調子がいい日だからねぇ。ひょっとしたらお前さんのおかげかもしらんね』


 旦那さんがいるということは既婚者の女性だろう。

 話し方から察するにおそらく年配の方。


『今日のお昼はサバの塩焼きだよ、たんとお食べ』


 いいなぁ、なんでもいいから早く食べたいなぁ。


『そういや、のんちゃんは元気かい』


 のんちゃん!? 偶然にも同じニックネームだ。


『昔はいつもお前さんの食事の邪魔をしていたよ。お腹空いた、お腹空いた、ずーっと食べ物のことしか頭にないみたいでねぇ』


 気が合いそうな子。なぜか昔から人の食べてるものの方がおいしそうに見えてしまう性格だ。


『引越しからもう十年以上経ってるんだったね。のんちゃんはそろそろ高校生かい?』


 あれ? 何かおかしい。そういえばこのおばあさんは誰に話しかけているのだろう。


『一度でいいから、また会いたいよ。お前さんは月に一度顔を見せてくれているのに』


 最近までうちはお父さんの仕事の影響でほぼ毎年引越しをしていた。

 引っ越し先が便利な都会だったこともあったし、山奥の田舎やほとんど人の住んでいない島だったこともあった。

 それに確か、確か、漁村で暮らしていた記憶もわずかにある。やさしかったおばあさんのことも。

 もしかして……、


『お互い年をとったねぇ。あたしは死ぬまでウニ拾いを続けるなんて言ってたのに、この年になると体中にがたがきてしまうよ。』


 思い出した、海女バァだ! 海にもぐることをずっと海女バァは「ウニ拾い」って言ってたんだ。

 それに海女バァは採れたてのウニやアワビをたくさんわけてくれた。

 お父さんやお母さんがいないときは本当のお祖母ちゃんみたいに、遊んでくれたり叱ってくれたりと面倒をみてもくれた。


『そろそろ引退する時機なのかもしれないね。お前さんも、ここに来るのはもうやめにしなさい。猫まの細い足じゃこんなとこまで来るのも命がけだろうに。あんたには食い意地も優しさもいっちょうまえの飼い主がいるんだから、親を心配させてはいけないよ』


 猫!? ひょっとしてモニカ!!?

 海女バァの住んでいる村がどこだったのかは覚えていないけど、人間でさえ歩いていけば一日以上かかるはずだ。

 ここ一週間モニカを見た記憶がない。まさかずっと海女バァの村に向かっていたの!?

 もしかしてモニカはひとりぼっちでさみしかったのかなぁ。

 ごめんね、モニカ。

 待ってて、迎えに行くから。



 なんだか心が温かい。



「ふぇぁっ!!」


 ここは……、家だ。

 今までの出来事はぜんぶ夢だったのかな。缶詰をにぎったまま居眠りしたから変な夢を見たんだと思う。

 制服が魚臭くなっているけど。……まさか、ねえ?

 ふと、にぎったままの缶詰に目を向けると衝撃的なことが記されていた。


『ラング・ド・シャとはフランス語で<猫の舌>という意味です。当社の製品はお客様の大切な家族であるネコ様の舌を満足させる最上級の味を提供するという気持ちを込め、ラング・ド・シャと命名されました。』


 この缶詰ってキャットフードだったの!?


「ミァー」


「あっ、モニカ。久しぶりだね。どこへ行ってたの?」


「ミァー」


「おなか空いたの? 飼い主様とそっくりですねぇーー」


「ミァー」


 しまった、まだ昼ごはん食べてないじゃん。

 どの缶詰にしようかな。

 ――そういえば、とってもサバの塩焼きが食べたい。なんでだろう。

 よし、そうと決まればいざ商店街へ。


「モニカー、商店街に行ってくるからお留守番――」


「ミァー」


「――はやめて、魚屋さん一緒に行こっか!」


「ミァー!」


 時刻はまだ午後一時。おやつと被らないように早く昼ごはんを食べないとね。

 どうも、白木 一です。初めての短編小説です。

 変な擬音が多く読みにくいとは思いますが、楽しみながら読んでいただけたら嬉しいです。擬音を発声して少女の気持ちになりきってみてはいかがでしょうか?


 この小説はスーパーの缶詰コーナーに立ち寄ったときに思いつきました。最近の缶詰ってすごいですね。肉じゃがの缶詰や出汁巻き玉子の缶詰なんてものが売られているんですよ。食べたことはないのですが普通においしいらしいです。困った時に備えてどうでしょうか。缶詰の備蓄。


 それでは本日はこの辺りで筆を置かせていただきます。あっ、次回の投稿作は『私小説』になると思われます。もうしばらくお待ちください。

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