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16cmの温情と1・5センチの恋情  作者: しぼりかぼす
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第二十一章

一年前の話だ。僕は恋に恋するというか、浮足立ったままその時を生きていた。僕だけじゃない。三好だってそうだろう。

 初恋だったから。いうなればなんて回りくどい言い方なんて必要ない。僕らは初めて人を好きになって、初めて人と付き合った。

 長谷駆と三好一愛は恋人同士だったからだ。

 実を言えば僕は初めて話をした時から、小さな花の芽の様な恋心を抱いていた。その時も大してクラスに馴染めていない僕にとって、その日は偶然の重なりの結果の幸運だった。

 パンクした自転車を引く僕は堤防の道を恨めしそうな顔で歩いていた。とてつもなく腹が立ったんだがぶつける対象もありはしないし、僕は何度も溜息を吐きながら夕日がほんの少し顔を出し始めた中とぼとぼとぼ歩き続けた。

 それこそ、女の子より遅い歩調だったんだから、よほど気が滅入っていたに違いない。

 途中で追い付かれた僕はやけに高い声色の女の子と知り合いになる。同じクラスなんだから、もっと前から知っておくべきだったんだろうが、話せる相手もいない僕には突然だった。

「ねね、長谷君だよね?斜め後ろの席の三好だよ?分かる?」

 雲の数までというが、あいにく覚えるほど雲も出ていない日だったけど、言い換えるなら、夕日より暖かな三好の笑顔と、言葉は一言一句違わず覚えている。

 しかめっ面の僕の顔を覗き込むようにして、狭い狭い僕の世界に割って入った彼女は、僕には陽の光より眩しくて、上手く目を合わせる事は出来なかった。

「えー覚えてないのー?…そっかあ、じゃあ一緒に帰ろ?だから明日から覚えてね」

 まだこの時の三好にとっては、僕は奥手な男の子で、僕がひねくれ者だって知るには一か月ほどかかった。

 それからの毎日は鉛筆で書き上げた一枚絵に一色ずつ色彩を足していくような毎日だった。

 僕は恋していた。

 自分らしくない、自分でそう気づいてしまうほど、僕は変わっていった。登下校中に振り向いたり、歩いている姿を探したり…

 授業中に後ろを振り向くようになった。目が合うと花が咲いたように笑う三好に僕は顔を赤くして前に向き直る。

 分からなければ放置していた問題を、ノートを開いて聞きに行く相手が出来た。根気強く一生懸命に説明する三好をぼっと眺めていて怒られたり…

 学校帰りに二人で寄った本屋で本を取ろうとして背伸びする三好の後ろから本を取った。その本屋の棚はほんの少し高いことを初めて知った。

 いいとこなしで終わった球技大会、去年までの当たり前だったくせに、僕はしばらく体操服を着るのも嫌になった。

 夏休み前、僕はほんの少し怖くなった。

一か月もの空白を置くことに恐れていた。

突然色付き始めた自分の世界が、唐突に無機質に塗り替えられてしまうんじゃないかとそう思った。

 そんな心配は無駄で、夏休み前最後の日に、僕らは堤防芝生に遠慮なく座って落ちていく夕日を何気なく眺めて、いつも通りの他愛もない話をしたところで、三好はしばらく黙り込んだかと思うと、僕に告白した。

 シンプルな告白だった。飾ったものじゃなくて、元からそこにあったなにかを気付かせるため、そんな告白だった。

今思えば実に三好らしい…その時の僕は半開きになった口を閉じられないほど余裕がなかったから。

 空に浮かぶ月の様に、いや、三好の場合は太陽だろうな。

遠いと思っていた。

恋心を抱くことに罪悪感を覚えるほど、三好は眩しかったから…だから宙を掴むような話だ。ほんとにそう思った。

 僕を好きな理由を知ったのは付き合い始めてから少し経ってからだった。

 不器用でかっこつけられない僕の、下手くそで、精一杯な優しさが何より好きだと三好は言った。僕は初めて悲しみ以外で涙が零れそうになることを知った。片思いだと思っていたころとは異なる…胸に溢れる温かさを知った。

 聞き返された僕はしばらく考え込んで「全部だ」とそう答えた。頬を膨らませて不満そうに疑る三好に僕は二度「ほんとだよ」といった。

 黙り込んで頬を緩めてしまう三好。僕は初めて抱きしめたいと思った。

 夏休みも中程、僕は三好を一愛と呼ぶ事にした。一愛は僕のことを駆君と呼び始めた。初めは二人だけの時、もっとも、夏休みは二人でいる時以外なかった。完全に呼び慣れて、僕たちは学校でも一愛、駆君と呼び合った。

 特に僕が一愛と呼び始めてから、三好は以前にも増して笑顔でいるようになった。

 三つ好んで、一を愛す。

 たとえ三つ好んでも、たった一つを愛すこと。それは三好の名前の、意味であり、あり方そのものだった。

 僕は無関心そうに、聞いてないふりでもしながら何度だってその意味を聞いた。それ三好にとって踏み込んだ自己紹介でありながら、その時の僕にとって再確認できるような告白でもあったから…

 だから僕は、何度も忘れたふりをした。自ら明確に覚えながら、確かに忘れたふりをして、誇らしげに言って見せる三好を、心底嬉しそうに言って見せる三好を、少し照れたように言う三好を、何度も何度も見てきた。

 走っている最中に、人はどれだけ全力で、どれだけ疲れているかなんて掴み取れない。だから今だから言えるのだ。僕は、この容量不足の小さな心いっぱいに三好一愛に恋していたと…

 ずっと続くと思っていたんだ。

 終わることのない物語の様に、これからも、このさきもずっと、ずっとずっとこうあればいいと、こうしていたいと思っていたんだ。

 だから終わりは唐突だった。

 僕の脳裏に出会った日より鮮明に記憶に残っている。


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