表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16cmの温情と1・5センチの恋情  作者: しぼりかぼす
2/26

第二章

 一週間後


 四月十六日 金曜日 午後 二時四十五分 最終時限の予鈴が鳴った。

 いざその時が来ると早いモノだ。実際に一週間過ごしてみると、間違い無くこの僕にリサーチ活動を入念に行うなんて事は不可能だからやらなくて良かったと心の底から思う。

 三好はというものの、相変わらずぼけーっと席についているが周りを数人の女子に包囲されどうするだのあ―するだの他愛の無い会話を繰り広げている。

毎度の事ながら人気の有るヤツだ。

 クラス内はざわめきに満ちている。担任の臣先生は「シンキングタイムだ!」と一言言うと教室から出ていった。これまた個性的な人物なのだが、あの人の話は今は良いだろう。

 僕はというと、シンキングタイムとして与えられた三十分間暇なわけで、ぼんやりと校庭を眺めていると、青のジャージ姿の見知った顔が校庭で一人うろついていた。

 学年ごとに色分けされている為青の体操服は二年生だとすぐ分かる。そして週末の最終時限は体育、僕らも最終学年の行事進行などが無ければ、本来この時間は体育だ。

「おーい、秋良ー、おーい、聞こえねーのかよ、秋良」

 こちらに気付くと顔を上げ肌寒いのか手の平の半分ほどまで覆った袖のままやんわりと手を振って来る。

ビフォーアフターで見比べなければ分からないほど僅かだが、少し笑っていた。

 櫟野いちの 秋良あきら二年生だ。この距離からでは説明が難しいが、性別は女。難しいっていうのは、秋良が男勝りの体育会系だからなのでは無くて、スポーツ少女風のベリーショートに、かなり内向的な彼女は常にジャージの首元やコート、マスク、ありとあらゆる手段で口元を隠したがるから顔もよく見えないのだ。

ただ、元からかなり髪色が薄いと本人が言っていた栗色の髪に細くて小柄なルックスはそうはいない。

 こちらも笑い返して手を振ってやると、秋良は先程より嬉しそうに笑った。

見知った仲でなければ秋良の表情は読み取れない。というより本当に初対面だとか、初めてじゃないにしてもなれていない人間には表情を変えて喋りたがらない。

僕も秋良とこうして喋るようになるまではかなりの時間がかかった。まあ、秋良の場合、喋っているというのも微妙なラインだが。

手を振るのを辞めた秋良はおもむろにペンとスケッチブックを構えるとかきかきと小さな手を一生懸命に動かしてこちらに見せた。

 ふむふむえーっと、って見えるかよ!!

三年生校舎は二階だ。二階とはいえ上下差にして9m、僕と秋良の距離が16メートルほど。僕は残念ながら樹海に住むなんたら族ではない。

 もっと大きく書けっとジェスチャーすると、元々隠していた口元をもっと隠して小さく俯いてしまった。「恥ずかしいから」のジェスチャーだ。

「いや、わけ分かんねえから!特殊過ぎるだろお前の羞恥心!何て書いたんだよ?」

 僕は遠慮なく喋った。クラス中雑談タイムだ。喋ったって何て事はない。

 う~っと困った様に頭を抱えた秋良はとことことこちらに近づいた。

まあ、見やすくはなったにしても上下差9メートルの壁はどうしようもない。

 目を凝らしてみるがやはり見えないのでブンブンと手を振って「見えねえよ」と伝える。

 秋良は僕に手招きの動作をする。内向的で活発とは言い難い彼女だが、確かに小さな手を一生懸命に曲げて「来い来い」とやっている。

そうか、簡単な問題ではないか僕が行けばいい。

「アホか!!授業中だっつーの!!」

 ごく当たり前の事を突っ込むと秋良は両手で小さな頭を抱えて縮こまった。

そそくさとその場を退散し、木の影からこちらを伺っている。警戒されたらしい。

「あ、秋良?すまん、怖がらせるつもりじゃなかったんだ…許せ」

 じーっと訝しげな視線で僕を見つめていた秋良が警戒レベルを少し下げる。

 するとハッとした表情の後に秋良は僕から見ると真下の教室にとことこと入って行った。手の平を半分袖で隠した格好で小柄な秋良が一生懸命に走っているとどうしてもとことこという効果音の似合う様子になってしまう。

 この下は確か、器具室だったと思うが秋良のヤツ何を探しに行ったんだろう?

 ガサガサと物音の後に器具室から出た秋良は車輪の付いた赤い箱を一生懸命に引きづって来た。あれは確かグラウンドに石灰をバラまく器具だが…

 秋良はとことこ足早に石灰を撒いて僕に向き直ってえっへんと胸を張った。容姿から想像できる通り張らなければ認識できないほどの胸の体積である事は気付いて欲しい。

というか泣けてくるから僕に解説させないで欲しい。

 『おはよう』…そんだけかよ!もったいつけて出してきた一言目は予想外にしょうも無かった。そもそも中庭に僕にも視認できるぐらいの石灰を撒く事はノートに大きく書くよし恥ずかしくないという理屈が僕には難し過ぎてお手上げだ。

さささっと竹箒で石灰を一生懸命に散らしに掛かる秋良の動きはこの高所から見ると小動物が巣作りとかで懸命に動いている様に見えて少し楽しい。

 一通り掃き終るとまたガラガラと石灰を撒いて行く。

「あ、い、さ、つ、とっても、大事?いや、だからって回りくどいなあ、てゆうか秋良、もうこんにちはの時間だろ」

 ぎくうっという効果音がお似合いの動作で仰け反ると秋良はそそくさと消し直してごめんなさいと書いた。

「いや、だから秋良、それが回りくどいんだって、僕に気を使う必要なんてないんだから」

 秋良はぺこぺこと下げていた頭を止めると少し落ち着いた様子でまた消して石灰を撒き始める。

『でも、ちゃんと気を使わないと』

「だ~か~ら~、それがいらないっていってんだよ」

『私、いらない?先輩は私と話したくない?』

「極端だな!!そうじゃねえよ色々と回りくどい事を僕は突っ込んでんだよ!」

『先輩に声かけてもらえたから、早く挨拶返したかった』

こちらに向きながら涙目の秋良に思わず僕の良心がクリティカルダメージを食らう。

「僕が間違っていた!!すまない!」

「長谷君な~に後輩の女の子と仲良くしてるの~?」

 いつからか僕の隣で窓から顔を出しているのは三好の友達の大畑さんだ。

後輩の女の子と、という余計な一言を加えたせいでみんな窓から顔を出す。

「おい!かわいいぞ」「マジか?!狭え狭え!」「俺にも見せろ!」「なんで長谷なんだ!」

赤くなった秋良はパニックで強張り始めると、土埃を一面に巻きあげて去って行った。

「巻き上げ過ぎだろ…ほんとに体育休む必要有るのかよ」

 瞬発力はそこらの運動部を軽く凌駕していそうだ。

ガララ…空気を割る様に教室に音が響く。

「お前らー、係は決まったか―。全員決まるまで帰れんぞー」

 僕らの担任が扉を勢い良く明けた。

癖っ毛を気に留めずに後ろで結び、赤ぶちの眼鏡は微妙に鼻の中心からずれていて、飾りっけの無いTシャツにシンプルなグレーのズボンを履いた女教師は欠伸を一度かみこらえた。

コートのように羽織った白衣がはためいてかっこいいが理科教師ではない。

なぜ白衣なのか、本人曰く、「え、かっけーじゃん」とのことだ。

 ようやくのお出ましだ。僕は二年生から引き継いで担任のため理解しているが、結んだ髪の跳ね具合と眼鏡の奥の半開きの瞳は間違いなくこの先生仮眠をとってきたに違いない。

「「臣先生!長谷が可愛い後輩と私語を!」」

二、三人の生徒が大きな声で先生に報告した。余計な事を!ていうかお前ら好き勝手騒いでたじゃねえか!

「そうかー思春期だなー」

あまりの軽さに僕は肩透かしを食らった気分になる。

 ちなみにこの先生はこれが普通というか、ふざけているのではなくてこれが正常運転だ。

「じゃ、お前ら、とっとと手上げろよー」


「じゃ、次、文化委員。テンポ良くなー」

臣先生がそう言い切るか言い切らないかの所で僕と三好が手を上げた。

「おーいいねーお前ら夫婦相変わらず仲良いねー」

臣先生が感嘆の声を上げる。二年生の中盤辺りから言われ続けたせいで、この手のちゃかしには「断じて違います」と言うだけになってきていた。一つ席を跨いで隣の三好は顔を赤くして周囲の女子に茶化されている。いちいち反応する事はないのに律儀なヤツだ。

 臣先生専用のローラーとしなる背もたれの付いた椅子を前後逆にして背もたれに前からもたれかかる様にする臣先生が催促する。

「おらんかー?我こそはーというヤツー、この夫婦に割って入るヤツおらんか―」

 冷静に聞くと募集している様な、可能性を摘んで行く様な曖昧な言葉だ。

 ここからは三好の言った通りだった、必ず僕ら以外に数人の立候補が出るであろうこの係も、目を見合わせたり、上げようとしていた手をズルズルと下げていったりで、最終的に手を上げているのは僕と三好の二人だけになった。

 この結果には臣先生もケタケタと笑って満足げだった。


「よおおおおし!!お前ら最高♪三時十五分!これを持って3‐B解散!寄り道してもいいが見つかるな!!以上だ!」

 最終時限終了時刻三十分前にして僕らのクラスは解散した。

「なんとかなったね、長谷君一緒にがんばろーね?」

「僕は頑張るつもりが無いからなったんだけどなあ」

 そう答えてやると三好は噛みついてくる。こいつは何というか、変に真面目なヤツだ。

「もうなっちゃったからには頑張らないとダメだよ長谷君!」

 わーったわーった任しとけとそう返事をすると、三好は満足したのか微笑んだ。

「うん!私も頑張る!じゃあ長谷君!また月曜日ね?ばいばーい」

 僕は三好がこちらを見ている間ゆらゆらと適当に手を振り続けた。

「うわー何て眩しい笑顔何だ。夕焼けに蕩ける三好の表情に僕は思わず頬が熱くなった―」

三好が扉の向こうに消えてから口を開く。

この妙な棒読みは僕の口から発せられた訳じゃない。

「勝手に的外れな字幕音声挟まないで下さいよ」

 にへらーっと心底楽しそうに笑うのは臣先生だ。

 おみ香織かおり担当教科は学年体育。担当クラスは言うまでも無いが3‐B。

職員室は三階の無駄にでかい図書館の横に取り付けられた司書室のさらに隣の相談室だ。相談室として機能しているかは不明だ。

「なんだよー、おもしろくないヤツだなー。ちょっとは遊べよー」

「生徒が担任の遊び相手になるのはおかしいでしょう」

「えー!違うのか―??遊び相手とヒマつぶしには事欠かないから高校教師を選んだのだぞー??」

 先生はぶーぶー言いながら前のめりに座ってしならせる背もたれをギシギシと揺らして抗議する。この人は絶対に教鞭を振るうべき人間ではない。

「果てしなく不純な理由で真っ当な人間の様な職業を選択しないで下さいよ」

 僕はカバンを持って教室の扉に手を駆けた。すると、臣先生はバッと振り向いた。

「こら長谷駆…今日は約束の金曜日だろうが何どさくさに紛れて帰ろうとしている」

 く、この女ァ…二週に一度の金曜日、僕はこのろくでもない先生に首根っこを掴まれているのだ。


「で、どれだけやれば帰してもらえるんですか?」

 僕は段ボールのプリントを何個かのボックスに分別する手を休める事無く聞いた。

「えっとねーそれと同じ段ボールがもう一個あるからそんだけ頼むわ」

 先生はというと、死んだ魚の目で手を動かす僕の向かい側でうーんとか言いながらノートパソコンを立ち上げている。

「普通これだけの資料貯めるのには半年はかかりそうなものなんですけどね」

 僕のぼやきに臣先生はわっはっはと笑うと「何も手を付けてないからな」と胸を張った。

「大した先生ですよ」と嫌味を言ってやると臣先生は「私のおかげで学生の本分を全うしているくせに何を言う」と言ってきた。残念ながらその通りだ。

 この相談室という一人で使うには微妙に広い職員室にいる二人はお互いが同時に存在することで何とか保っている。非常に屈辱的だがそれに間違いはない。

「で、だけど長谷~、なーんたって文化委員なんかにしたんだ―?」

 にやにやと眼鏡の向こうの瞳を歪ませながら両の手をわきわきと動かして聞いてくる。

「え?なんでってそんなに大した意味なんて有りませんよ。一年に一度の文化祭の為の委員会。そんなの楽に決まってるじゃないですか」

僕は溜息をつきながら答える。そんな事も想像つかないんですか?とでも言いたげに言ってやるが、この人は僕の考えなど聞くまでも無くお見通しなのだろう。

「三好に誘惑されたんだろー?面白くて仕方ないわほんとあんたらは」

「三好に変な事吹き込まないで下さいよ?僕は楽出来るからなっただけなんですから」

 この先生は隙あらば面白おかしく引っ掻き回そうとするので大変危険だ。特に三好と二人にするのは危険だ。

うぶな三好に有る事無い事だとか、さりげなくどぎつい下ネタ織り交ぜて言わせようとしたりして、二歩引いた所で困惑する僕らを見ているのが趣味の悪人だ。

「それはどうかなー君は考えが甘いからねー長谷駆君。私としては面白いから大歓迎だが」

「大歓迎?どういう意味なんですかそれ」

手を止める事無く聞き返す。先生も画面から目を離さずに答える。

「まーそりゃあそのうち分かる事なんだからせかすなよ」


「ところで先生、さっきからずっと何してるんですか」

「何って仕事に決まってるじゃないか。私は先生だぞ?」

「じゃあどうしてあなたが睨めっこしてるパソコンからは、ザシュッとかドガッとか謎の効果音が流れてるんですか」

 語尾に?マークなど付けない。問いかけているのではなく文句を言っているのだ。

「そりゃお前、BGMだろBGM。こんな静かな所でBGMなしじゃ無理だよ」

 考えられないねっと両の手を放って呆れ顔の教師を見ていると額に青筋が浮かびそうだ。

そんな個性的なBGM有るわけねえだろ。ザシュッとかまでならまだ多めに見てやってもいいけどところどころ男の野太い声とか女の人の掛け声が混ざってるよ。音楽に疎い僕でも唐突にうおぁ!っとか技名を叫ぶジャンルの音楽は無いと断言できる。

「それに今完全にテレレレーレーレンテッテレ―って鳴りましたよね?」

 特定まで出来てしまった。古今東西クリスタルを追い求めているヒマがあったら目の前のこの資料をまとめておいて欲しい。

「ボスバトル中にさ―レベルアップすると全HP回復するじゃん?それを見越して作戦立ててるんだけどやっぱ才能あるわあたし」

「ここまでしらばっくれておいて開き直り気味に自白と自慢を同時にしないで下さいよ」

 そしてそういう攻略の仕方は盤石な基礎体制と戦略を必要とするRPGに置いては後後ボスで立ち止まる典型的なパターンだ。後半の主人公達は始めたばかりの初々しさなど脱ぎ捨てて知らぬ間にレベルアップしていた時代とは打って変わって無愛想になるからだ。

「そのうち面白い様にレベルアップなんてしなくなるんですからね?」

 諭すように言った僕に対して先生は口を開く。手元のパソコンは閉じていた。

「それくらいは分かっているさ。まあそう思うと君達は常に面白い様に面白いよ。面白い生徒同士、やっぱり近づいて行くのもまた面白い」

「なんのことですか先生?」まあこの人の事だから意味なんて無いんだろうけど、意味なんてないか、今の僕じゃ想像したって分からないかのどちらかだ。だからこの質問が最も意味の無い言葉の羅列である事に僕は言いながら気付いた。

「別に?何でもー、ただ、来週からの長谷君はもっと面白いなーっと思っただけ」

「日曜のお茶の間アニメみたいな締め方しないでください」


 文化委員会当日

「それにしても遅いな。さっき鐘鳴ったよな?」

 簡素な黒板の上に取り付けられた時計を一瞥し、三好に問いかける。無人の教卓、そこには進行を務める担任がいる筈なのだが…一向に姿を現す気配が無い。んーっとちょっと困惑したような表情の三好があたし呼んでこようかなと返す。

 三好らしい返答に微笑ましさと同時に後ろめたい様な感情が浮かぶ。僕なら絶対ムリだ。他の委員会と比較すれば少ないとはいえ二十余人、その中ですんなりと行動を起こそうという考えがまず浮かばない。説明しがたい感情だが僕はあまり目立ちたくないのでまあまあ座ってろって、そのうち来るよと三好を制した。

「ていうか三好、呼びに行くも何も誰を呼びに行くつもりだったんだよ」

 考えなしの自主性にも困ったモノだ。この無駄に広い作りで面倒なことに散りばめて作られたどこかにいる担任を当てずっぽうで見つけられる筈が無い。誰だか付き止めたころには本人が教卓に立って全員で三好を待つはめになってしまう。

「え?先生だよ?ここからそんなに遠くないし、行って来るっていってもほんの…

「いや、三好、それは最寄りの職員室の話だろう?そこにいる保証がどこに有るんだよ」

 企画を練るという仕事が中心となる文化委員の活動場所は視聴覚室、あからさまに秘密にしたがっている様な場所だ。滅多に用がある様な場所じゃない。視聴覚室周辺に有るのなんて、昼休みや調べ学習の時間以外は無人に等しい図書館しかないではないか。

 とったった…僕は廊下から聞こえる駆け足に反応する。

「なんだ、ようやくお出ましだとさ。行き違い食わなくてよかったなあ三好」

僕の前の席がまだいないが、先程休みだとか言っていたからこの駆け足の音は間違いなくいる筈の担任のモノだろう。

「なんだか、イヤに走り慣れた音だな?」

 教員というのは予期せずよく走る生き物だ。都合で長引いたり、遅れたり、それを取り戻すためには小中学生に口ずっぱく言う様に廊下を走らないと自分を制し続けるのはなかなか難しい。皮肉にも責任感や申し訳なさといった本人の美点であるべきところが裏目に出てそのルールを破ってしまうからだ。

 とはいっても常日頃から業務として走る訳ではないので突然のダッシュとなると不規則な息使いだとか、足が軟体動物の様に絡み合ってドタバタ走りになってしまう人が多い。

 ところが呼吸の乱れもしどろもどろな足音も聞こえてこないあたり、創造力を巡らせてみると体育教員だろう。そして足音が軽い。足取りが軽いというより物理的に軽い足音だ。

 てっことはだ。女教師だ。最高だ。至れり尽くせりだな本当に。

外れくじという言葉が額に入れて飾った絵画の様にしっくりくる僕にしては本当に奇妙なほどに運のいい選択だったようだ。

 ―いや、まて、それでいい。それで良い筈だが一度待て。何かが良くないぞ?

「なんかさーこう既視感?というか、なんだろうなーこの答えを知ってる感じ」

 説明してくれと額の端に冷や汗を滲ませながら三好に向き直る。

「グッドイブニーーーング!!ギリギリセーフ」

 ドアを蹴破る勢いのその人は両手を伸ばして「何とかなったぜ」と汗を拭っている。

 いや、満場一致でアウトだ。だが、叶う事なら謝罪の言葉じゃなくて良いから○○先生がお休みなので臨時で私が受け持ちましたとそう言ってくれ。

「堅っ苦しい挨拶抜きで始めるよー!みなさん御存じ臣 香織先生でーす!拍手!!」

 突き抜ける快声に続き寄せられる拍手、顎が外れかけている僕以外は満場一致で歓迎ムードだ。必ずしも人格者が人気モノとは限らないという事だ。

「なあ三好、怒らないから話すんだ。ゆっくりはっきり話すんだ。知ってたのか?」

 怒らないから、というよりは全身が震えてまだ満足に怒れそうにない。一体、この少女は、何を思っているというのだ。返答次第では今の体でも頬を抓る位はしてしまいそうだ。

「臣先生が担任って聞いた瞬間、あっ、絶対ここだって思ったんだよ?」

 非の打ち所の無い笑顔で両断されてしまった。不覚にも今の笑顔が僕の中のなっちまったんだからもう遅えよ、という感情を後押ししてしまう。

「よっし、早速だが自己紹介といこうか!一組から!内容は名前、趣味、気になるあの子!」

 王様ゲームじゃないんだから。聞く内容が暴虐無道過ぎるよ。

「おっ、ていうか委員長いるじゃん!隣に副委員長もいるし!」

 眼鏡の奥の気まぐれな猫を思わせる瞳を輝かせる。

 段取りが良いな。毎度毎度委員会というのはこのての役を押し付けあって無駄に三十分も一時間も無為な時間が過ぎていくのだからこれが決まっているのならば早い。

 名乗りを上げるであろう生徒を確認するためきょろきょろと見渡す、臣先生に捕まるとは付いてないヤツだなあ…それともまだ知らないんだろうか?

「あれー?ちょっとお?きょろきょろしてないで前出て進行頼むわーーー」

 まだあ?といった様子で呆れ顔の臣先生と目が合う。

 ふう、なんだろうなあ、そんな筈はないんだが震えが止まらないぞ。

「臣先生、お一つ伺いたいのですが、その誰に言っているんでしょうか?」

 脂汗と痙攣を我慢しながら質問する僕の顔は凄まじく不自然な笑みが張り付いている。

「え?長谷 駆君、君以外に誰かいるのかね?」

 ホエ?と間の抜けた声と共に細長い人差し指を顎に当ててコテンと首を傾げて見せた。

 だめだ、反論される事に対して対抗しようとか反論されないようにしようとかそういう類の話ではなく、今この人は質問があった事に対して大きな疑問を抱えている。

「三好ちゃんはやってくれるかなー?」と自然な笑顔で問いかける臣先生に対して三好はハーイと返事する。いいともーじゃねえのかよ。

僕のような抵抗を見せる人間に強制するより断るわけのない人間にお願いをするほうがよほど悪行な気がする。

 小さく深いため息をつきながら三好と二人席を立つ。幸い一人じゃない三好ならばこの手の進行は得意そうだ。

三好は自主的に進行をはじめ、僕は臣先生の隣にポツンと用意された席で書記を始める。

 耳は名簿をつけるため生徒の声に貸し、右手は開かれたノートにペン先を滑らせ、無意識のうちに目線は眉間の距離が収縮されそうなほど眉根を寄せて臣先生をにらむ。

 変顔どころの騒ぎではない視線を感じ取りながらも悪徳教師はわざとらしい笑顔を張り付けたまま浅目に開かれたノートパソコンのディスプレイとひたむきに向き合っている。

 返事がない、どうやら馬耳東風のようだ。屍と表現するにはあまりにもディスプレイと垂直に向かい合う瞳が輝きすぎている。

 そして昔から王道は一つでいいと言いたげにクリスタルを古今東西探し回る某RPGと餅に口と目がついた某RPGは対極をなしているのでここで使うのは不適切だ。

「お、今ので最後だな」

 僕は書記を切り上げると座席を立ち三好に続いて自己紹介をした。

身振り手振りに加えて自己紹介をする三好は知り合いだらけではない空間でも全開だ。

小さな手をキュッと握ったりぱっと開いたり振ってみたり、子犬が尻尾を振っているようなくらいにしておきたいが、どこでスイッチが入ったのか今日の三好はいつもに増して機嫌がいいようだ。尻尾というより小動物が指揮者を真似ている様だ。

僕の座っていた席に座る。自分で持って来いよとじと目で訴えてみるが次長谷君だよっと軽くいなされてしまった。

 三好の自己紹介と比べれば僕は冷めたて簡素な自己紹介だ。水増ししたシャーベットが妥当だ。だったら三好はチーズフォンデュって感じだな。あれは嫌だな、食いにくいから。

 委員長 書記 長谷 駆

 副委員長 三好 一愛


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ