第十五章
放課後
ルンルンルン♪持て余した時間を使って私はスキップをしながら暇つぶしの種を探す。先週は長谷駆こと下僕が資料整理をやっておいてくれたので一週間は無敵状態だ。
金平糖でもあればさらに無敵感が増すのだが持ち合わせていない。星型のものだからスターフルーツでもいいな。食ったこともねえな。
しかし、おしい、あれほどの力を二週間に一回しか発揮できぬとは…ようは長谷駆をもっとパしることができればいつまでも無敵なのに、というわけだ。
「ま、それくらいは勘弁してやるか♪」
あちらは平穏で平凡で波風立たぬ日常を壊されて右往左往といったところだろう。
さすがにこれ以上ひっちゃかめっちゃかにすると壊れそうだ。
白衣のポケットに突っ込んだ手をバサバサと羽のように動かすと裾が忙しく動く。
教師がポケットに手を入れて歩くなとさんざん言われてきたが私が手を交互に動かして鼻歌も歌わず歩くということは息をするなということに等しいので訴えを棄却した。
三好ちゃんとかいないかなあ~?
そういえば放課後だからな。あの子と一対一で会う機会は少なそうだ。途中経過を聞きたいんだが、なんせあの子は彼にべったりだからなあ…面白いからいいんだが、やはり放課後の方が時間を気にする必要もないのでぜひ放課後に捕まえたいところだ。
まあ、三好ちゃんは望み薄として…
あの子はあの子で、帰るの早いしなあ…昼休みと放課後のエンカウント率の低さと言ったらもう…偶然会うと思わずレアモンスターか!と声を掛けて行きたくなるほどだ。
おや?あれは確か…私は眼鏡の奥の瞳を細めて10メートルほど向こうの人影を見つめる。好奇心が旺盛すぎる私が目が悪いというのは神様のいたずらとしか思えない。
くそお、ライブラとか使いてえ…
まあ、なんというか特徴的な生徒が大好物な私は目が悪かろうがピット機関を駆使して獲物を見つける蛇の如く感が冴えている。
ていうかあのトコトコ歩きと地毛にしては明るい栗色の髪と小柄な体躯は間違いない。
「あっきらちゃーん!!」
だだだっと、小さな体を小刻みにフル稼働させダッシュ。振り向く前に背中から抱きしめる。抱きつき方としては恋人のようなのだが小柄な私より気持ち小さい身長だと抱き枕の方がしっくりくる。
うっはー、この子ちいせえのにあったけえ~。冬はぜひ抱き込んで眠りたい。じたばたと手足を動かして抵抗するのでしっかりホールドしてウリウリと柔らかな髪の毛をグシグシ撫でる。
この警戒心の強い動物に対してゴリ押しで詰め寄ってスキンシップを取るのはたまらなく愉快だ。
いや、私はサディストじゃないんだが、そこまで本気じゃないけど嫌がってる感じがまた癒される。
「相変わらずおぬしはかわいいのう♪その純粋無垢であったかいけど寂しがり屋で恥ずかしがり屋とか萌え要素を少々詰め込みすぎだろお?天使かおぬしは」
相変わらず抵抗されているのだが思わずぎゅーっと抱き込んでしまう。この手のはた迷惑なスキンシップを取るやつは三個下の大学の後輩にもいたので罪悪感が薄れてしまう。久々に会ってあの子が大人しくなっていたら少しは悔い改めたいところだが向こうは私以上に過激なのでそれはないだろう。
「秋良ちゃん彼氏出来た?」
じたばたしながら首をふるふると横に振る。
「この学校の男は見る目がないのう!じゃあ私が彼氏―!!!」
余計に抵抗が強くなった気がするが気にしない。この子のようなタイプはむやみやたらに距離を詰めれば詰めるほど間合いを取られ、しまいには近づけなくなる。
私だって分かってるさ!でも我慢とか無理だろ!!
「何いじめてるんですか、大人げない」
む?一瞬動きを止めた隙に抱き枕がばっと私の懐から抜け出す。
「およ?長谷君ではないか♪元気そうで何よりだ」
「朝会ってんだろ!」
私の懐からようやく脱出した秋良ちゃんは長谷君の後ろに回ってこちらを不安げに窺っている。さりげなく小さな手できゅっと裾を掴んでいる感じ、この子は本当に分かってるなあ…わざとやっているのだとしたら果てしなく性格の悪い領域だ。
「いやあ、すまん。私はこの通り可愛いものが大好物でねえ、イケメンじゃない男には興味がないのだよ」
「興味がないなら資料整理から解放してくださいよ」
「あれは君のペナルティじゃないか。私達はもちつもたれるなのだよ。利害関係が一致しているのなら助け合わないわけにはいくまい。私達は大木と木こりの関係なのだよ」
「一方的に切り倒してるじゃないですか!!」
長谷君が右脇の秋良ちゃんの顔を見やる。助けを求める瞳にやられて長谷君もスイッチが入ってしまっている。
「恐ろしく懐いてるじゃないか。長谷君は相変わらず女ったらしだなあ」
「誤解を招く言い方はやめてくださいよ。今どきハーレムエンドなんて流行りませんし」
なあと右脇の秋良を見やるとすでに用意したノート。
『それは私も同感』
「ええ?!そうなのか秋良?!臣先生はろくでなしだからともかく、お前に言われるとすさまじくそんな気がしてくるからやめてくれよ!」
「秋良ちゃんはよく人を見てる子だからねえ。よくよく反省したまえよ」
『うんうん』
「やっぱりそうなのか?!」
身に覚えのない罪でさえも受け入れてしまいそうな自分に戸惑う。
そりゃあ悪魔になんて悪いやつだといわれてもうるせえと言い返して終わることだがこんな雲の切れ間から差し込む木漏れ日に包まれて生まれてきたような天使にそう言われるとたとえ僕が聖人君子であっても罪人のような気がしてくる。
「ま、私は反省しろという気はないけど。自覚はするべきだよ長谷君。君にとって満たされた生活は君だけのものかもしれないよ?」
用事でもあるのか歩き出した臣先生。
「どういう意味ですかそれ」
「別にい~…惰性で終わろうなんて考えはやめた方がいいね。お話は当事者も聞いてる側もすっぱりが気持ちいいのさ」
「だから、毎度のことですけど意味がよくわからないですって」
「ほんとにそうかい?優しい君になら分かるだろう?彼女達の気持ちを知ってやろうとするべきだし、君は自分自身を知ろうとするべきだ」
?マークを浮かべたままの僕の横を白衣を風になびかせて臣先生が通り過ぎていく。一応確認しておくが体育教師だ。
僕はこれ以上何も聞き返さなかった。聞いてもあの人は答えないだろう。
「だ、そうなんだが…僕にはさっぱりだ。秋良は分かるか?」
これも、聞くまでもないことだった。秋良は察しがいいから、もしかすると、もしかしなくても、臣先生に言われるまでもなく秋良は気付いていることなのかもしれない。
『先輩はとってもいい人だけど』
ずいっといつもより強めに突き出されたノートを見る。
『誰にでも優しいのは不安になるでも、無理に変われって意味じゃないと、思う』
「やっぱり僕にはよくわからないな」
『でも、今はそれでいいと思う』
そうかそうかと微笑み返すと秋良の目元が笑う。
「あ、やっば。三好待たせてるんだ。ゴミ出しにしては長すぎるな。怒られそうだ」
秋良に手を振ってまたなというと小さな手を秋良も振り返す。
僕自身ね…知ってるよ。先生ほどじゃ、ないかもしれないけど。