0. prolog
真っ白く降り続ける粉雪を、さとうがじっと見つめていた。
そっと伸ばした小さな手に雪を乗せてさとうは嬉しそうに微笑んだ。瞬間、雪は手のひらの温度で解けて、小さな雫となって地面へとこぼれ落ちる。
「とけた」
そう言ってさとうを真似して手のひらに雪を乗せてみた。予想通りに解けた雪が地面にぽたりと落ちる。雫が落ちた遠くの地面を見下ろしてさとうは小さく笑う。とけたね。
白いコートに白い靴、柔らかそうな白い頬。真っ白なさとうは雪にとてもよく似ていると思ったけれど、白くて甘い砂糖にもよく似ているなと思った。雪と砂糖、どちらの方がさとうに近いのかは決められなくて、どっちも似ているからそれでいいやと考えるのをやめる。
あやうくて、触れたらとけてしまうような気がして、見つめることしかできない。そんなことを考えているのにも気付かずにさとうは柔らかく甘く笑ってみせる。
ジャングルジムの頂上でさとうと冬色に染まる公園を見下ろす。雪が降り出してからも降りることはせず、細い骨組みに腰掛けたまま二人してじっとしていた。肌に当たる雪が冷たかったけれど、降りようと言い出す気にはならなかった。さとうもきっと同じで、閉じた口は何も言わない。
公園には自分達以外に誰も居なかった。普段は子どもで賑わう公園は寒さと雪のせいか閑散としている。いつも誰かが取り合いをしているブランコが小さく寂しく揺れていた。きい、とブランコの揺れる音が遠くから聞こえてくる。まるで誰かを呼ぶように、小さな音で合図をしている。
マフラーで口元を覆うと、白い息が通りぬけて薄い灰色の空へと昇っていった。
どうして冬になると息は白くなるんだろう。そんなくだらない質問をさとうに投げかけると「気づいて欲しいから」と答えた。その意味が掴めなくて首を傾げると今度は「冬が来たね、って言って欲しいの」とまたよく分からない答えをくれた。
さとうの言葉は外国の言葉のように不可解で理解できない時がたまにある。それを問い詰めようとするとさとうはいつも笑って逸らかすのだ。
「――くん」
さとうが幼く甘い声で名前を呼ぶ。さとうが呼んでくれる名前が好きだった。雪に似てじんわりと融けて染みていく、ただ雪と違ってそれはとても温かくて優しい。
こうやって名前を呼んでくれるのはさとうだけだった。さとうしかいなかった。
「――くんは雪に似てるね」
「どうして?」
そう聞いても、さとうはくすりと笑って何も言わない。大きな瞳に捕らわれて、何も言えなくなってしまう。飲み込まれそうだった。いっそ本当に飲み込んでくれればいいのに。そうすれば、寂しくないのに。
公園の時計が四時五十分を差していた。あと十分でさとうはここからいなくなって、それと同時に自分の居場所はなくなってしまう。このまま時間が止まってしまえばいいのに。永遠になってしまえばいいのに。そう思う間にも時計の針は進む。
さとうを手に入れたい。居場所を離したくない。さとうの時間を止めてしまえば、そうすればいいのかもしれない。飲み込まれないのなら、飲み込んでしまうしかない。
雪が頬に触れる。肌の温度で雪が融けて水になり、頬を伝っていくのを感じた。
さとう。さとうも、この雪のように解けてしまうんだったら。
「さとう」
手のひらに雪を乗せるように、さとうの小さな背中に手を伸ばす。さとうのコートに付いた雪が指先に触れ、染み付くような冷たさがじんわりと痛みに変わっていく。その小さな痛みを忘れないように、永遠になるように焼き付けて、それから、さとうの体をそっと、押す。バランスを崩したさとうの両足がジャングルジムの細い骨組みから離れ、小さな体がふわりと宙に浮いた。そして、
雪のように、さとうが落ちていく。