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泥人道士スレン  作者: いっちー
第五章
9/19

別れは突然に(1)

「あああー、疲れた!!」

 衛士は、家に入るとどっかとスレンのベッドに突っ伏した。

 生活用水のために、朝早くから近場の凍った河へ氷を切り出しに出かけていたのだ。

 スレンは、ぐったりする衛士に手ぬぐいを投げてやると、さっさと湯を沸かしにかかった。

「え? 何、これ」

「汗かいただろ。拭っとけ」

「だって水は貴重だからって……」

「それで、去年の冬、風邪をひいたんだろう。もう忘れたのかこの鳥頭。水は、明日俺が顔を洗わなければいいだけの話だ」

「そうだったっけ? じゃぁ、お言葉に甘えて」

 バケツに張った湯で手ぬぐいを濡らして、衛士は汗ばんだ肌を拭った。

 無造作に放られた服を、溜息を吐きながらスレンが拾いまとめる。

 と、上着から昨晩見せてもらった佩身牒が零れ落ちた。

 ……本当に、似ている。

 写真があるとは思わなかったスレンは、それに見入った。

 いつものヘラヘラした軽薄な顔でなく、難しそうに顰めていたから、尚更そう思う。

 まるで、自分の身分証のようだ。

 黙りこくったスレンに気づき振り返った衛士は、手にするものを認めて苦笑した。

「ああ、写真……」

「そっくりだな、俺に」

「そうだねぇ。そっくりだねぇ」

 衛士は、ガシガシと頭を拭った。

「……俺が、お前のフリをしたら、気づかれると思うか」

 畳んだ服の上にそっと佩身牒を置いたスレンの唇から、不意に言葉が漏れた。

 衛士は笑って前髪をかきあげ、眉間に皺を寄せてみせる。

「スレンは要領いいから、バレないかもね。だけど、俺の方は難しいんじゃない? こう、眉根を寄せるってゆーのは難しいよ。疲れちゃう………ん? 何?」

 軽くいなされると思っていた衛士は、驚くスレンに首を傾げた。

 スレンは、人差し指で、衛士の額を指差す。

「同じだ。痣?」

 薄く、蒼い痣だった。蛇が輪をかいているような……そんな、小指の先ほどにも満たない痣まで、全く一緒だった。

 衛士は、一瞬言葉につまってから、へらへらと笑った。

「あぁ、これ? これは、……はは、痣だね、痣。ヤダなぁ。こんな所まで似ちゃってて」

 さりげなさを装って、背を向ける。

 スレンは、その背に問うた。

「なぁ。俺の、日本での名前は何という? お前と、俺はもしかして……」

 冗談めかして、双子だなんだと言っていたことを思い出す。

 衛士は決してスレンを見なかった。

「……………………知りたいの?」

 やがて、手早く服を着込むとブーツに足を通しながら、ポツンと訊いた。

「何だ? 教えたくない理由でもあるのか?」

「いいや、そんなことはないよ。君の名前は―――」

「スレンさん、ちょっと良いですか」

 そのとき、バッと玄関のフェルトが持ち上げられてドルジが顔を覗かせた。

「なんだ?」

「えっと、祭壇に行ってみませんか」

 ドルジの提案に、スレンと衛士の顔つきが変わった。

「俺も、行こうと思ってたところだ」

「祭壇か……よそ者の俺には、ちょっと詳しくわからないんだけど、結界だと思って差し支えはないかな」

「ええ。僕らには定期的な参拝の習慣があまりないんで忘れがちなんですが……」

 遊牧民の集落は、一つの祭壇を中心に点在している。

 その祭壇の神力が届く範囲には、陰気が入り込むことが出来ないよう、結界が張られていた。

 そのはずだったのだが。

「昨日俺たちを襲った鬼は、それほど強い奴じゃなかった……多分、二人が考えるように、祭壇に何か異常があったんだろうね。で、どれくらいで着きそう?」

「今出れば、行って帰って日が暮れるまでには戻れます。……何もなければ、ですが」

「久しぶりの遠出か。よ~し、さっそく行こう」

 衛士の言葉に頷いてから、スレンは、ふと、昨晩の奇妙な出会いを思い出した。

「そういえば……昨日、気になることがあった」

 首を傾げる二人に、スレンはぽつぽつと語る。

「いろいろあって言い忘れてたんだが……鬼を追い払ってくれた男がいたんだ」

「ええ? 僕たちが駆け付けた時には、誰も……」

「突然現れたと思ったら、傘に入って姿を消した」

「傘、ですか……」

「それは、間違いなく清の仙人だろうね。彼ら、邪気避けに傘を持ち歩くから」

「その人が何か?」

「気になることを言ってたんだ。『オボー壊してもうまく誘き寄せられない』とか何とか……」

「オボー? 祭壇のことですか!?」

 ドルジの顔つきが変わる。

「そう思った」

「なら、彼のせいで陰気が入ってきたってことですよね……どんな人物でした? 他に何か、気になることは?」

 問われてスレンは、難しい顔をした。

 贅を凝らした燕尾服に、フリフリとレースのついた短パン……そして、シルクハットにウサギの耳。麗しい顔形に、蕩けるような美声。あまりに強烈な印象で他の全てがどうでもよくなってしまう。……殺されかけた恐怖すら。

「奴は……窮奇を探していた」

 スレンは、どうにかその奇天烈な服装を頭から追い出した。

「窮奇を?」

 衛士が訝しげに眉を潜める。

 ドルジが、厳しい顔つきで腕を組んだ。

「じゃぁ、まさか、その男は……十八子?」

「味方かもしれないよ」

「それなら、何故祭壇を壊す必要があるんですか。わざわざ一般人を危険に晒すことはないでしょう」

「確かに……手引きをしたものの、何らかの理由で十八子も窮奇を追いかけざるを得ない事態に陥っている? そんな考えも出来るのかー」

「だが、俺の傷を癒やしてくれたのも事実だ」

 スレンは、傷跡一つない脹脛を見降ろした。

 今朝方気づいたのだが、たぶん、あの時放られた符のおかげだろう。

「どちらにしても、今すぐには決められないね。情報が少なすぎる」

「そうですね」

 外に出ると、ドルジと衛士はすかさず馬を二頭捕まえてきた。

 それから衛士は、ポンポンと鞍の後ろの方を手で打って、スレンに座るよう促した。

 スレンはあからさまに嫌な顔をしたが、馬に乗れない彼が目的の場所に行くには、これしか方法がない。

 苦虫を噛み潰したような顔で、引っ張り上げられたスレンは、尻を落ち着けると、しっかり衛士の腰元に腕を回した。

「本当に、足、大丈夫なの?」

 スレンの不機嫌な理由を、衛士が怪我のせいだと勘違いしてくれたのが、少しだけ心を軽くした。

「え? え? どっか、出かけんの!?」

 と、ツェツェクとトーヤが慌てて三人に駆け寄ってきた。

 スレンと目が合うと一瞬気まずげに顔をしかめたが、すぐにいつもの笑顔に戻る。

「ちょっと祭壇にね」

 衛士の言葉に、ツェツェクは好奇心に目を輝かせて片手を上げた。

「あたしたちも行っていい?」

「ダメに決まってるでしょう!」

 ドルジの余りの形相にツェツェクはたじたじになる。それでも、もの欲しそうにじっと三人を見つめた。

「……何だよぅ、気になるじゃん。今日はほら、弓も持ってるしさ、何かの役に立つと思うんだけど」

「ダ・メ・で・す。危険なんですから」

 ドルジは取り合わない。悔しげに俯いたツェツェクに、衛士は苦笑して手を振った。




 土埃を上げて、どんどん二頭の馬は遠ざかって行った。

 少女二人はその背が地平線に消えるまで見つめていた。

「あーあ、行っちゃった。やっぱ、祭壇に何かあったんだよ」

 文句を垂れてしゃがみこむ友人に、トーヤは噴き出した。

「ふふ……ツェツェクちゃん、怖くないの?」

「怖いけどさ、でも、やーっぱし気になるじゃん? せめて男の子だったらなー……」

「あら、どうして?」

「スレンだって、力ないじゃない。それなのに、一緒に行けるっていうのは、男の子だからでしょ」

 トーヤは眼をまんまるに見開いた。

「男の子になりたいの?」

「うーん…………でも、それもいっかな。苦しむこと、ないだろーし」

 ツェツェクは、ちらりとトーヤを一瞥して、自嘲した。

 それに、トーヤは手を隠す長い袖を口元にやると、心から嬉しそうに笑った。

「可愛いな、ツェツェクちゃん」

 それから、くるりと左手を翻して、現れた赤い花を、ツェツェクの髪にさし入れた。

 ツェツェクは訝しげに友人を見つめる。

 トーヤは小首を傾げた。

「ねぇ、どうしたの、トーヤ? 帰ってきてから、ちょっとおかしいよ」

「ええ? どこが?」

「……どことなく」

 不安げな、どこか釈然としない友人に、トーヤは首を竦める。

「変なツェツェクちゃん」

 それでも、何か問いたげにツェツェクは見つめた。

 張り付いた笑顔で、トーヤは友人の手をひいた。

「そういえば、帰ってから、二人で話したこと無かったよね。……お茶、しよっか」

 トーヤの瞳に険呑な光が走った。

お読み下さり、ありがとうございます!

毎日更新予定です。

宜しくお願いします!

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