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泥人道士スレン  作者: いっちー
終章
19/19

しょっぱい旅立ち

 空が明るむ頃、スレンは必要最低限のものを鞄に詰め込むと、立ち上がった。

 見渡す集落は、無残にも変わり果て、草が崩壊した家屋を無視して長く伸びるさまは、まるで、とうの昔から廃墟であったかのようだった。

「スレン、忘れもん」

 見送りに出たツェツェクが、そっとスレンの掌に小さな石のようなものを握らせた。

 狼の足の、関節の骨が先端についた、お守りだった。

「二年前にね、トーヤと作ったの」

 照れたように彼女は、笑った。

 スレンは、堪らずに彼女を抱きしめた。

 愛していた、集落のみんな。

 愛してくれていた、集落のみんな。

 ツェツェクの、真実を知って、それでも背を押してくれる優しさが、痛いほど胸を潰した。

「ずっと言えなかったけど、あたし、あんたのこと好きだったよ」

 彼女の言葉にスレンは目を閉じる。

「過去形か?」

「………過去にすンの」

 つい、と胸板を押して離れようとする少女の腕をスレンは引き留めた。

 そして、絞り出すように言葉を口にする。

「ツェツェク、一緒に行こう」

 少女は困ったように目をしばたたかせると、首を振った。

「あんた、島国に行くんでしょ? あたしは枯れた大地の民。コップ一杯の水だって、怖いもン。それにさー、君に必要なのは私じゃないし」

「必要だ」

「ありがとう。でも、あたしはここでお別れするよ。お守りなんてもーたくさんなんだわ」

 涙を目いっぱいに溜めて、けれど彼女はにっこりと笑って言った。

 スレンの手をそっと離す。

「…………さよなら、スレン。身体には気をつけてね」

 スレンは、集落を後にした。

 振り返りたい衝動を、グッと拳を握りしめて耐える。

 出て行こうと思っていた。

 けれどそれは、こんな結末を迎えるためじゃなかったはずだ。

「ツェツェク!!」

 一人きりで生きて何になる。

 守りたいものなくして、どうして生きられよう?

 振り返ったスレンは、唇を固く結んだ。

 ………すでに、少女の姿はなかった。

 役目を終えて、静かに土へと戻ったのだ。

『…………ありがとう』

 ―――愛してくれて。

 一塊の砂が風に拾い上げられ、天へと舞いあがる。




「遅いぞ。出発に何時間かけてるんだ」

 背後から聞こえた声に、スレンは袖口で慌てて目元を拭った。

「……どうして、あんたがいるんだよ。帰ったんじゃないのか、寧封子」

「君が窮奇を喰ってしまったせいで、僕のコレクションが一つ減ってしまったんだ。だが、黒龍でも構わないと気づいてな。責任もって、あの龍に乗せたまえ」

 紳士の姿を取り戻した寧封子は、さも当たり前というように、命じた。

「もう符はないぞ」

「な、何ぃ!? 君、書けないのか」

「書けない」

「だ、だが、符があれば出せるんだろう?」

「あんたも書けないだろうが」

「ぐぬぬぬぬ」

 スレンの応酬に、歯ぎしりして呻いた麗人は、ふ、と肩から力を抜いた。

「まあ、いい。いずれ、書けるようになることだしな」

「まさか……待つつもりか、あんた」

「道士になりたいんだろう? 必ず書けるようになる。……君が諦めなければ、だが」

「…………何年かかると思ってるんだ」

 呆れ果てたと口をあけるスレンに、寧封子は唇の端を上げてニヤリと笑った。

「年月なんてこのネイ様には関係ないね。これでも、二千歳は超えている」

「な……」

 スレンは絶句した。

 彼が仙人として登場したのは、遥か昔の黄帝の時代。

 当たり前と言えば、当たり前なのだが、余りの超越した時間感覚にスレンは頭痛を覚える。

 不意に、寧封子の細く長い指が伸びて、スレンの胸ポケットから佩身牒を取り出した。

「それにしても律儀なこったな。矢背衛士の佩身牒があるんだ。それで暮らせばいいものを」

「…………俺は、矢背衛士じゃない」

「あくまで言い張るのか」

「ああ。集落のみんなが愛してくれたのはスレンだ。それと同じで、矢背衛士を待つ者もいる」

 言葉に、寧封子は満足げに頷いた。

「黒龍に乗せてくれたら、君の望むこと、叶えてやらんでもない」

「願ったり叶ったりだ。忘れないでくれよ」

(あいつは命を、最後まで捨てなかった)

 スレンは、寧封子から佩身牒を取り返すと、じっとその写真を見つめた。

 ―――いずれ、返す時まで。

「エージ、しばらく休め」

 スレンは、それをしまい鞄を担ぎ直すと、歩み始めた。




     * * *




―――後世、除災招福を祈り、家々の門扉に描き祀られる二体の神が生まれた。

 そのうちの一神は、奇特な出生を揶揄して『泥人道士』と呼ばれている。

 この二つ名を慎ましく拝受し、終生その名を愛し続けた者の名はスレン。

 天師のおわす紫微宮を鉄壁といわしめた『比翼の守衛』の一人である。

これにて泥人道士スレンはおしまいです。

最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。


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