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泥人道士スレン  作者: いっちー
第九章
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矢背衛士(やなせえいじ)(4)

「風が、温かい」

 スレンは膝を抱えて、頬を撫でる風に目を細めた。

 分厚い雲は、強い風に押し流され、深く澄み渡った闇に、散りばめられたガラスの破片のような星影がちらちらと瞬いていた。

 不思議なことに、黒龍の走った地には、青々とした草がそよそよと揺れていた。

「この辺り一帯の邪気が、一気に払われたんだ。冬は明けたな」

 脇で、ウサギが一匹、草を食みながら忙しなく口を動かしていた。

「…………寧封子、か?」

「ふん、霊沢王め……さすが、と褒めてやらんでもない」

 スレンはさほど驚かなかった。

 仙人や道士になれるのは、人に限ったことではない。動物や、無機物が人型を取り仙術を扱えるようになる例は山ほどある。

 寧封子は、人型を保つことが出来ないほど気力を使い果たしてしまったようだった。

「少々腹が減った。少し食べれば、すぐに元に戻る」

 別段心配はしていなかったが、スレンは頷いた。

 しばらくの沈黙の後、心の底深くに沈めていた問いがにわかに口をついて出た。

「なぁ、矢背の神殿は……どっちでも、良かったんじゃないか」

「…………何故、そう思う?」

 スレンはじっと、草木の生え出た地を眺めた。

「俺は、ずっと、泥人は反魂が原則だと思っていた。だが、俺は生きてる。泥人は作れないはずだ。けれど、衛士は現実に存在していた。では、奴の内に秘めた魂は誰のものだ?」

 寧封子は沈黙を守り、言葉の続きを待った。

「あんたにとっては泥人も人間も同じだ……だから、分けた。そしてそれは、力だけを守ろうとする矢背の望みでもあった。いや、むしろ……」

『なぁ、俺の、日本での名前、何なんだ?』

『知りたいの?』

 爽やかな春の香りが鼻先をくすぐる。スレンは膝に頭をうずめた。

「…………聞いてしまったんだ。必要もないこと」

 ぽつん、とスレンは言葉を落とした。

「何でそこまで分かって、俺が水属性だって気づかないかなー、もう。もしかして!? とか、希望的観測がないあたり、チョー現実主義ってゆーか、ネガティブ人間ってゆーか」

 不意に聞こえた声に、スレンはぎょっとして振り返ろうとする。

「エージ!?」

「おっとっと、まだ、振り向いちゃダメ。俺の質問に答えてから」

 肩を抑えつけられて、スレンは息を飲んだ。

「黒龍も抑え込めた精神力だもの。一人だって集落から出てゆけるね? スレン」

「…………エージ」

 視界の端に、傘の格子縞が見えた。

「最初の目的忘れてんじゃないかって心配でさー。……あ。それで、ちょっと寄り道する暇があったら、矢背のこと思いだして欲しいんだよね。みんな、君のこと待ってるから」

 いつものように、軽い調子で衛士は言った。

 スレンは、先程の言葉を無視して、振り返った。

 衛士は軽い困惑の色を浮かべたが、やがて頭に手をやって舌を出す。

「ごめん。やっぱ、現実ってそんな甘くなくってさ」

 水の膜で防ごうとしたものの、土の肉体は、窮奇の圧倒的エネルギーに耐えられなかった。

「へらへら笑うな!!」

 もうすでに、右腕は肩から先が無かった。

 左腕も水分を失い土気色に戻りつつある。

 顔の中心は大きくひび割れていた。

「で、答えは?」

 けれど、済んだ茶色の瞳は、どこまでも優しい。

 スレンは、正視できずに視線を落とした。

 衛士の繰り返された問いに、地を睨みつけたまま苛立たしげに応じる。

「ああ、出てくさ。だが………だが」

 ぼろり、地に土が落ちた。

「俺は、俺はスレンだ! お前じゃない。お前には、なれない!!」

 ばらばらばらと音を立てて、土くれが降った。

「矢背の神殿は俺じゃないんだ、エージ。『矢背衛士』は俺じゃない。お前なんだ」

 言葉は無かった。

 黒く湿った土が横たわる。それが、無言の答えだった。

「お前、だったのに………」

 スレンは、地に膝をつくと、その残骸をかき抱いた。

「ち、くしょ………ちくしょう! ふざけんな!!」

お読みくださり、ありがとうございます。

毎日更新予定です。

宜しくお願いします!

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