矢背衛士(やなせえいじ)(2)
「終わりだ! 終わるんだ!!」
天空から雪のように白い羽がふわりふわりと地へ降ってゆく。
鋭い刃を持つ羽は風と共に舞い落ちながら、大地へ木々へ、生き物へと深々と凶刃を突き立てる。
ドルジは、熱病に犯されたように昂ぶるままに叫んだ。
「僕は自由になる! 窮奇よ、何もかも、全て、命という命を刈り取ってしまえ!」
その少年の背後に、影が凝り固まった。
ハッと振り返ったドルジの両の手が素早く捻り上げられる。
そして、首筋へ傘の鋭く尖った傘の先端が突き付けられた。
「うっぷ……やっぱり、これは酔うなぁ」
「エ、エージさん……どうやって」
「『どうやって』? それよりも今は、『何しに来たんだ!』じゃないの」
言葉に、ドルジは口元だけで笑った。
「分かりきったことを尋ねるなんて無駄なこと、僕は好みません。でも、確認のために敢えて問いましょう。エージさん、僕を…………殺しに来たんですね?」
「正解」
「はは……太白窮奇と一体化した僕をどうするつもりなんですか。確かにあなたは、僕の土気を破る木気だ。けれど、圧倒的にエネルギー量の違いがある。僕には窮奇がついているんですよ? あなたの力では、僕すら壊すことは出来ない」
「立ってるだけで辛そうなのに、まだそんな意地張るの? 君は土気だ。だから、金気の妖鳥の依代に選ばれたんじゃないか」
土と金は相生関係にある。土気は、金気を増す。
つまり、土気は金気に吸収されていってしまうのである。
ドルジは単なる依代として、生きられる最低限の生気を残されているに過ぎない。
力を得るなどということは、最初から不可能なことだった。
「今の君を殺すなんて、赤ちゃんの首をひねるより簡単さ」
ドルジは、卑屈な笑い声をたてた。
「くく……僕を殺せたとしても、振り撒かれる邪気の被害は、防げませんよ。それでも?」
「防ぐよ」
ドルジが笑みを引っ込める。首を仰け反らせて、彼は胡乱げに言葉を吐き出した。
「あなたの、その覚悟には驚かされます。僕が死に、陰界へと引きずられる窮奇は死に物狂いで暴れるでしょう。この距離です。あなたに助かる道はありません。しかも、あなたは金気を弱点に持つ木気だ。……エージさん、あなたは必ず死ぬ。それにも関らず、真っすぐここへ来た。本当に驚きますよ。それほどまで、スレンさんが大切ですか」
「そして、君は笑うだろう。『でも、僕の目的は達成出来る』って。俺まで失えば、スレンはしょぼくれて、もう歩けない、なーんて考えてるからね。でも、それも、達成させない」
「なんですって?」
ドルジの瞑目するのに、衛士は片目だけ瞑ってみせる。
「奇しくも、君が言ったんだよ? 『生まれながらに持っている属性は一つで、変えることは出来ないけれど、きちんと修行すれば、他の属性を使ったりは出来るようになる』ってさ」
「ま、さか……」
「ドルジくん、他人の不幸を望んで、自分が幸せになれると思う?」
衛士は、目を閉じた。傘の切っ先が、傾く。
「次こそは、君が未来を信じられるように。僕は、君の魂に祈ろう。さよなら、ドルジくん」
「こ、んな、……こんなの」
目を見開いたドルジは、自身の首筋に傘の先端がずぷりと食い込むのを見た。
「僕は、認めない。認めたくない! 嫌だ、嫌だ、嫌だ!! ……ツェツェクさん、ツェツェクさん、ツェツェクさ………………っ!!」
そして、白光が、爆発した。
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