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泥人道士スレン  作者: いっちー
第九章
15/19

矢背衛士(やなせえいじ)(1)

「護る? 俺を? 何、言ってるの、そんな傷でどうやって……」

「…………ドルジとは、俺が決着つける」

「え?」

「アイツ、生きてたんだよ」

「……そう、だったの」

 その一言で、衛士は全て納得したようだった。

 思案げに俯いてから、彼はスレンに近づくとその顔を覗き込んだ。

「って言うか、君、俺が治癒の符、書けないの知ってて、こんな無茶な怪我するの? マゾ?」

「お、まえはっ!! ……………っ」

 大口をあけて怒鳴ったスレンの口中に、符が放られる。

 痛みが引くと同時に、眩暈を感じてスレンは額に手をやった。

 止血するにしても、すでに血を流し過ぎたのだ。

「トーヤ……ドルジ……」

 スレンは、白銀の風が舞い、天へと駆けてゆくのを仰いだ。

 その中で、宙空に足を組んで座った少年は、退廃的な微笑みでもって、三人を見降ろした。そして、少女の憔悴したさまに、声を張り上げた。

「ツェツェクさん……あなたを縛るものも、僕を苦しめるものも、これで、最後です! もう、終りにしましょう」

 それから、彼はすっと立ち上がると手を妖鳥へとかざした。

「本来の力は引き出せない。それは分かっています。けれど……二人を殺すには十分過ぎるほど力は解放されている! さぁ、僕の人形たちよ!! 草原を駆けまわり、命という命をかき集め、窮奇へ捧げろ!! 恙無く、任務を全う出来るように!」

 五指の合間で小さな宝玉が輝いた。

 ドルジが放るとそれは、眩い光を放ったまま地を転がっていく。

 みるみる盛り上がった土が人を象り、十二体の人形が、儚く今にも掻き消えそうにゆらりゆらりと立ちあがった。

 けれど、地を蹴ったそれらは、獣よりも獰猛に顔を歪めて猛然と駆けだした。

 人形らが四方へと散ってゆく中、衛士は、スレンを押しやると指先を宙へと走らせた。

 踊りかかってくる泥人一体に、青色の光がスパークする。

 光は、人形の左半身を抉りとるも、起動停止までには至らなかった。

 右手が体勢を崩していたスレンを捉え、口がくわっと裂けて尖った八重歯が覗いた。

「君のこれは人形とは言えない!! どうみたって人間じゃないだろうが、馬鹿者が!」

 と、スレンの背後から、怒声と共に拳が繰り出された。

 顔面が陥没するほどの衝撃に、泥人はたたらを踏んで退く。

 その機会を見逃さずに、衛士は頭部を蹴り上げた。ゴキンッと鈍い音が立ち、泥人は崩れ落ち……そして、ボロボロと土くれへと戻る。

 ドルジは、忽然と現れた男に視線を留めて、眉を顰めた。

 もし、少年が注意深く衛士の手にする傘を観察していたのならば、彼がその傘から飛び出して来たと気づいただろう。

「誰です、あなた」

「通りすがりの偉い人形師だ」

 黒い帽子から飛び出たウサギの耳をふらりと揺らし、ネイは、えへん、と胸を張った。

 その燕尾服もズボンも、土掘りをしたように随分と泥に汚れている。

 それから、素早く衛士を振り返ると、その手にある傘を渡すよう催促した。

「ったく、盗みは犯罪だぞ、君。さっさと持っていった傘を返しなさい。君のせいで、服が泥だらけになってしまっただろうが」

「寧封子? 何だってあなたが…………ああ、確か指揮はあなただと」

 衛士には、その声は聞こえていないようだった。

 固唾を飲んで呻き、罰が悪そうに視線を逸らす。

「寧封子、だと? こいつが?」

 スレンは聞き覚えのある名に眉を顰めた。

 昨夜の宴で話題に上った仙人の名だったはずだ。

 確か、人形師として並び立つ者なく、天師に次ぐ位を冠し、仕事・人間・努力が死ぬほど嫌いな仙人………

「こいつとは何だ、君」

 寧封子は口を尖らせ、スレンを振り返り―――あんぐりと口を開けた。

「な、ななな、何でお前二人いるんだ!? 分裂したのか!」

 不意に、上空から降った白銀の羽根が頬を裂いた痛みに顔を顰めて、ネイは空を仰ぎ、ぎゃぁ、とカエルが潰れたような声を出した。

「な、何と!? 窮奇がいる!」

 夕暮れに赤く映える空に、白い鳥が飛翔し旋回しているのを、寧封子は、はち切れんばかりに、目を見開き凝視した。それから、両の手でバチンと口元を押さえて俯く。

「うふっ……うっふふふふ、うわ、うわはははははははっ!!」

 そして、気味の悪い笑い声の後、空へ人差し指を突き付けた。

「やっと、やっと見つけたぞ、太白窮奇!! その、もさっと見えて、近づくものを全て切り裂く羽、凶悪な面構え、その重そうに羽ばたく不細工さ……全て合格! 超絶愛らしいではないか! 僕は非常に満足した!」

 飛び上がって手を叩くと、見た者の身も心も蕩かすような満面の笑みを浮かべ、踊るように手を組んで低く呪を唱えた。

「天円地方、律令九章、吾今下筆、万鬼伏蔵! 大人しく僕をその背に乗せるんだ、キューちゃぁーん!」

 太白窮奇をちゃんづけで呼ぶなんて、と呆気に取られていたスレンは、次の瞬間、背筋が凍りつくような衝撃を感じた。


     ドンッ


 気が、破裂……いな、爆発した。

 圧倒的なエネルギーが、辺りに一瞬で満ちたのだと気づくのにしばらくかかった。

 ビリビリと肌を震わす圧力。

 スレンは無意識のうちに地へと尻もちをついていた。

 大地が歓喜し、全てを捧げるかのように、土の気という気が、寧封子の周りにぐるぐると集まっていた。

 余りに想像を絶した気の量を間の当たりにし、思考も理性も何もかもが頭から吹っ飛ぶ。

 地にひれ伏してしまいたくなる衝動と、揺るぎなき王者の支配に身体が喜びに震えた。

 未だ目覚めぬ窮奇の発する気など、相手にもならない。

「な、何て気を煉るんだ……くっ、あと少しなのに……これでは、せっかく集めた生気が散ってしまう……!」

「……急々如律令!!」

 寧封子の傲然と笑んだ横顔は、絶対の自信を携え、神と見紛うばかりに美しかった。

 激しい轟音と砂煙が上がり、大地が崩壊する。窮奇へ向けて、膨大なエネルギーが放出、闇夜を昼間へ逆行させるほどの黄光が破裂した―――のだが。

「む? あれ? 窮奇は金属性か」

 みるみるうちに、輝きは収束していった。

 ………飲みこまれたのだ。

「あ、あんた何やってんだ!? 金に土の攻撃なんぞしたら」

「そうか。だから、僕の好きにしていいと言ったんだな、天師の奴……」

 寧封子は、顎に手をやって神妙に頷いた。

 金と土は、相生関係。土気は金気を削ぐのではなく、増すのである。

「な、何が起こって……?」

 突然、空気を揺るがせる雄たけびが響き渡った。

 スレンの目の前で、体積を増してゆく鳥が、空でのたうち回る。舞う羽が、鋭い刀剣となり雨霰と降り注いだ。


     ぐおおおおおおおっ

     ぐおおおおおおおおおっ


 地獄すら震撼させた、嘆きの咆哮に、解放への喜びが溶ける。

 大地や風の震えは、まるで怯えているかのようだ。

「まさか……そんな、貯まる、なんて、こと」

 信じられないと上空を振り仰いだドルジの表情が、驚愕から狂喜へと変わった。

「た……貯まった……覚醒に必要な生気が十分過ぎるほど貯まった……!! ふ、ふふふ……あっはははは!!」

 両手を広げて、ドルジは海の湧くような哄笑を立てた。

「太白窮奇よ! さぁ、もう、お前を抑えるものはない。自由に陽界を駆けまわり、全てを切り裂き尽くせ!」

 鳥は、旋回するのを止めた。

 頭を重たげに天空へと向けると、上へ上へと舞いあがってゆく。

 その身体の変化は止むことを知らない。

 みるみる内に、横へ広がり、縱へ伸びてゆく。

「窮奇が……」

 地獄に封じられていた、最凶最悪の妖鳥が目覚めてしまった。

 スレンは、その原因を造った仙人の胸倉を掴みあげると、乱暴に上下に揺すった。

「偉い仙人なんだろ!? どうして、五行相剋関係すら間違えるんだ!」

「僕は土気の専門家。つまり、その他は使えないんだ。間違った訳じゃない」

「なら何もするな!!」

「悲観的になっても仕方あるまい。完全に覚醒しちゃったものは、戻らん」

 頭を掻き毟ったスレンの肩を優しく叩き、そう慰めた紳士に、スレンの中で、何かが限界を超えた。


     ゴツッ


 思わず、彼は、その麗しい横っ面に拳をねじ込んでいた。

「と、突然何をするんだ、少年……野蛮だ、野蛮すぎる! だから、人間は嫌いなんだ!!」

 目に涙をいっぱい溜めて、睨みつけてくる紳士は全く悪びれた様子もない。

 スレンが、再び拳に気合を入れた所で、衛士が、思案げに呟いた。

「陰気のものが陽界に居続けるためには、陽の者の存在が必要みたいだね。泥だろうと、人だろうと」

 スレンは、ハッと息を呑んで、衛士を振り返った。

「そうか。だから、ドルジはここに…………」

 窮奇相手にやりあわねばならない絶望に、一つの希望がさす。

「うん。太白窮奇が完全に陽界に定着したんだったら、ドルジ君はもうこの場に必要ないじゃない。わざわざ尸解してまでして自身の安全を考えていた彼が、何故この場に留まるのか。トーヤちゃんに代わって、依代にならなければならないからだ」

「じゃぁ、ドルジを何とかすれば?」

 衛士は、苦しげに顔を顰めて首を振った。

「確かにそうすれば……窮奇は陰界へ引きずり込まれるだろう。力がでかければでかいほど、抗うのは難しいから。けれど……振り撒かれる邪気の被害は避けることが出来ない」

「そんな……」

 スレンは、絶句した。衛士はちらりと寧封子を一瞥してから、スレンに訊いた。

「俺が渡した符は持ってるね?」

「あ、ああ……だが、一体」

「一つだけ、あるとしたら」

 衛士がスレンの目前へ、静か歩み寄った。

「エージ……?」

 ぐるんと視界が回り、スレンは地にしこたま背を打った。

 自分が衛士に地へと転ばされたと気づくまで数秒かかった。

「な、んの、つもりだ……エージ」

 大した衝撃では無かったが、貧血を起こしかけていたスレンに今のは効いた。

 酷い頭痛に目がまわる。

 衛士は用心深く、スレンの胸板に足を乗せて身を起こせないようにする。

「さっき、君、俺を護るって言ったね。どうして?」

「お前、が護られるべき存在だからに決まって……!」

 衛士の片足に力がこもった。

 スレンの厳しい視線を受けて、衛士はスッと目を細めた。

「……ぷっ」

 かと思うと、思わず噴き出して泣き笑いの表情を浮かべた。

「まだ、君、自分のこと人形だと思ってるの? 俺、きちんと話したつもりだったんだけど……余計なこと言ったのは、そこの仙人様だね」

 衛士は前髪をかきあげて、痣を再び見せた。

「この額の印は、矢背の神殿の標。そして、俺のこれは生まれながらにしてついていたものじゃない……刺青なんだ。大陸を渡ったのは、本物の『矢背の神殿』なんだよ」

「なんだと……」

「影武者は俺…………君の力を解放する鍵は、俺なーの」

 衛士はへらへら笑ってみせた。

「情報ってさ、錯綜させて相手撹乱させてナンボだけど……本物が悩んでどーするの、ったく……。俺はね、君を次期当主として迎えるまで、日本で『矢背の神殿』になりきり、十八子を欺き闘ってきた。今のご当主様は、俺が君に近づくことを厳しく禁止されていた。影武者が本人に会いに行っちゃ本末転倒だもんね。

 …………だけど、俺は君に会いに来た。さて、どうしてでしょう?」

 衛士のおどけた表情が、陰る。一層強くスレンの胸を圧迫し、胡乱げに唇を開いた。

「君を殺すためだよ」

 ゆっくりと、瞑目するスレンを衛士は感情のない表情で見降ろした。

 膝を折ってスレンの上着のポケットから符を取り出し、顎へ手をかける。身をよじるのを許さず、衛士の強い視線がスレンを見つめた。

「な、にを……」

「俺は君の力が欲しかった。俺は、『神殿』になりたかった。矢背の当主を継ぎ、護りたい人があった。……『矢背衛士』になりたかった。それには、君が邪魔だったんだ」

 衛士の、どことも知れぬ闇の奥を見つめる瞳がスレンを射た。

「何をするつもりだ?」

 寧封子の静かな問いを、衛士は無視した。スレンの口を無理矢理こじ開けると、内に水龍符を突っ込み飲みこませる。

「僕は君が考えてるような、つまらんことを為すために、君を造ったんじゃないぞ。君は、可能性を担う者だ。僕を愚弄するのか」

 仙人の端正な顔に、苛立ちが浮かんでいた。

 衛士は、鼻から息を吐き出してから、けらけら笑った。

「自分で作った人形とオリジナルの区別もつかなかった人が何言ってんですか」

「それほど、僕の腕が素晴らしいってことだ!」

 ふ、と衛士は視線を落として、口元だけで、寂しげにほほ笑んだ。

「そう……そうかもしれませんね。だから、俺は望みを持ってしまった。人になりたいだなんて、本物になりたいだなんて、大それた望みを……」

 叶うはずのない、悲しい望みを。

 寧封子は、言葉を失う。

「これが、あなたの求めた可能性かもしれませんね……感謝しますよ」

 朗らかな笑顔の後、黒と緑の格子縞がくるりと回る。

「エージ!?」

「あっ……僕の傘!」

 スレンの伸ばした手は、空を虚しくかいた。衛士の姿はもうそこには無かった。

お読みくださり、ありがとうございます!

お盆も(時間は不定期ですが)毎日更新予定です。

宜しくお願いします!!

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