プロローグ 出逢いから告白までダイジェスト(ノーカット) 2
電撃告白で見事轟沈を果たした次の日の事。
三度目の接触を図るには、僕には度胸が少なすぎた。
だって状況的に、小学校の間の不審者情報として僕の事が取り上げられていてもおかしくないのだから。通学中、もしくは下校中の小学生に『僕って不審者?』と聞き、現状を確かめたい衝動に駆られた。が、それをやってしまうともう訳が分からなくなりそうだから諦めた。
しかし、今の僕には勇気を与えてくれる一つのお守りがある。
それは昨日拾った防犯ブザーだった。小学校で支給されているらしい黄色いブザー。
これを返すという体で少女に接触を図れば、少なくとも後一度だけは少女の顔を間近で見ることが出来るから。それも気持ちの問題だから、端から見たらただの阿呆なんだろうけど。
またまた放課後。僕は自宅へと帰宅したあと直ぐに、例の公園へと向かった。
不用心な少女は、今日もいつものようにベンチに座って本を読んでいた。
僕が言うのも難だけど、危機感が足りなすぎのではないだろうか。
しかしよく見ると、昨日や一昨日見せていたような落ち着きは少女にはなかった。
昨日までは一時間に数度だった顔を上げる動作が、今日は毎分二回ほどになっているし。しかも一々回りを見回すような動作をしているから、本にも集中できていないのではないだろうか。そんなソワソワとした動作が、どこか歳相応に見え、微笑ましく感じる。
僕との邂逅を楽しみにしているのか、それとも余程警戒されているのか。多分後者だろう。
余り待たせるのも悪いと(勝手に)思い、僕は少女が陣取っている側の入り口へと向かう。
こうして公園に入っていくのは二度目になる。テリトリーの侵入にいち早く気付いた少女は、両手を握り顔の高さで掲げ、ファイティングポーズを取る。拳法家の構えだった。
全く似合ってなかったけど、凄い可愛いから良しとしよう。
「……また来たんですか。懲りない人ですね」
完全に敵扱いだった。と言うか、背伸びした様な言葉選びが一々可愛らしい。
「いや、これ返そうと思って」
距離を縮める僕に、身を固くする少女。だけど僕の手に握られたブザーを見て表情が変わる。
――最初は無表情な子だと思っていたけれど、結構ころころと表情が変わるんだなぁ。うんうん、ここは歳相応って感じ。
少女は僕の手から防犯ブザーを奪うようにひったくり、僕を睨み付ける。
「……舐めました?」
そして、中々とんでもない事を言い始める。
「そのブザーに何処に舐める要素があるんだよ……」
「変態は、可愛い子が触ったものとか舐めるんじゃないんですか?」
……自分で可愛いって言ってるし。その図々しさも含めて、可愛いんだけど。
「その情報は、凄く偏ってると思う……それと、僕は変態じゃないよ」
「女子小学生に勢いで告白した良い年した男が、どう考えたら変態じゃないんですか……」
「あれ、そう言えば、今日は逃げないんだね」
昨日のお話を掘り下げられると、僕に不利な要素しかないので慌てて話を転換する。
「……一対一で話してるのに、逃げるなんて失礼じゃないですか」
「その失礼ってのは変態にも適用されるんだ」
「やっぱり変態だったんじゃないですか……」
「いや、違くて、君の中では僕は変態なのに、ちゃんと会話はするんだなって」
やっぱり、大分変わってると思う。大人っぽいと言うのも、違うのかもしれない。
大人びているのに、危機管理の能力が欠如している事に違和感を覚えているのかも。少なくとも僕にとっては有り難い話なのだけど、もう少し警戒という物をした方がいいと思う。
「……逃げて欲しいなら、逃げますけど」
「あっ、いえ、逃げないで欲しいです」
言いつつ、少女が座っているベンチに僕も座る事にする。
「いやいやいや、どうしてさり気なく隣に座ってるんですかっ」
流石に隣に座るのは許容範囲外だったらしい。退かないけど。間にもう一人座れるくらいの間は開けていたけど、更に少女にもう一人分のスペースを開けられた。僕とこの子の心の距離感を如実に表している。うん、中々に近いと思う。主に、立って逃げ出さない辺りとか。
でも、この子もう、半分くらいベンチに座れてないんだけどそれでいいんだろうか。
「なんか、割と邪険に扱われてないのかなって」
僕の言葉に何かを諦めた様に溜息を吐く少女。
そして流れるような動作で防犯ブザーの紐を引く――
「――あっ、あれ……?」
しかし、ブザーのスピーカは無音。本来流れる筈の喧しいサイレン音は流れなかった。
「どうして……?」
「中の電池、抜かせて貰ったよ」
僕はポケットから電池を取り出す。こんな事もあろうかと、僕は防犯ブザーの構造をしっかりと理解し、簡単には鳴らない様にしていた。我ながら謎の努力だと思う。
「したり顔なのが腹立ちますし、貴方に私の行動が少しでも予測されてたのも腹立ちます……。と言うか、もしも私が貴方の事を不審者として学校に報告してたら、どうするつもりなんですか。そうじゃなくても、最近はそういのが特に厳しいのに」
「うーん、最初はそれも心配してたんだけど…………」
少女の疑問に、僕は自分の心の内を素直に吐き出していく。
「心配してたけど……?」
「キミと一秒でも長く一緒に居られるなら、それも構わないかなーって思い始めた」
二度見された。発言なのに二度見されてしまった。
「うわぁ……開き直った変態に敵はいませんね……」
「それで、キミ、結構僕と話してくれるよね?」
あれ、やっぱり僕ってそこまで嫌われてないんじゃないだろうか。
「……もし貴方が本当に害意のある変質者なら、昨日の段階で私は襲われてたでしょうし。そうじゃなくても、本気で私が狙われてるのだとしたら、どうしようもありませんし」
「つまり……?」
「諦め半分、貴方が良い変質者だという事に賭けてるのが半分というところです」
「あー、つまり、結果オーライって事だ」
「貴方にとってはそうなんでしょうね、変態さん」
「もうキミになら変態扱いされても良いんじゃないかって思い始めたよ」
「どうしようもない……」
そう言った時、少女がうっすらと笑った様に感じたのは気のせいだろうか。胸のときめき度からいって、気のせいじゃないと思う。
「ところで――」何を読んでるのと訊ねようして、チラッと見えた表紙が全く僕の知らないものだったから話題の方向を切り替える事にする。「――本、好きなんだね?」
「好きと言うか、読書しか趣味がないだけです」
「そうは言うけど、その歳で幾つも趣味なんて持てるものじゃないし。今どき大人でも読書してる人なんて珍しいし、やっぱり凄いなぁって思うよ」
「……私は、ああやって走り回っている子の方が凄いと思ってしまいます」
ああ、まただ……、と思う。少女は何かを諦めた様な表情で、いつの間にか集まって来ていた小学生達を見つめていた。初日に彼女が何度か見せていた表情だった。
「深い意味はありませんよ。私が運動音痴ってだけ。だから、そんな顔しないでください」
「そんな顔……?」
ペタペタと両手で自分の顔を触ってみるけれど、当然分かる筈もない。
「悲しそうな顔、してましたよ。どうして私が運動音痴だと、貴方が悲しそうな顔をするのか、訳は分かりませんけど」
いつの間にか、少女の感情に毒されていたらしい。好きな人と趣味や、感情を共有したいという想いが強すぎるのだろうか。適当に言ってみたんだけど、強ち間違いでもない気がする。
ただ、出会って間もない僕にも、少女が今嘘を吐いているという事は分かってしまった。それを追求できる程、僕等の距離はまだ縮まってはいないけれど。
「それじゃあ、私はそろそろ……」
そう言うと、少女はスッと起ち上がってしまう。
「帰っちゃうの?」
「……帰りますよ。何でそんな子犬みたいな顔するんですか、帰るのはもう決めましたからね」
どうやら、僕は子犬みたいな顔で彼女を見つめていたらしい。情けない限りだ。
「……明日」
ボソッと、耳にギリギリ届く程度の囁き声。
「明日も来るなら……私は、ここに居ますから」
小声の早口で、しかし、僕の事を少しだけ認めてくれた様な発言を残して、昨日の様に走り去ってしまった。少女の走り方は確かに、走り慣れていない人間特有のぎこちなさがあった。
「『また明日会いましょう』って、事でいいのかなぁ」
大きな一歩を踏み出した僕は、上機嫌に公園から飛び出す。叫び出したい衝動に駆られるけれど、それをやってしまうと別の意味で通報されそうだから自制する。
少女が少しでも僕を認める様な発言をしてくれたのが嬉しくて、僕は早速、とある行動に出たのだった。しかし残念ながら、僕が暮らす町内に僕が求める物体は存在せず、隣の隣の街まで出張り、やっとの事目的のアイテムを手に入れたのだった。
財布と頭と身体に大きなダメージを負ってしまいましたとさ。めでたしめでたし。