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プロローグ 出逢いから告白までダイジェスト(ノーカット)

 頭の中が火照り、まとも機能しようとしない。

「はぁ……」

 その処理熱を口から吐き出したような溜息は、非情に重苦しい物だった。

 原因はとっても単純で、きっと誰もが一度は味わったことのある『アレ』だった。

 べつに引っ張る事に意味はないから単刀直入に言おう。

 そう、恋だ。

 うん、恋だ。

 ああ、恋だ。大事な事だから三回言いました。その文句は久しぶりに聞きました。

「……疲れてんのかな」

 面白くもない冗句を頭の中で反芻しつつ、思考を巡らせていく。

 本来であれば、僕は自覚したての恋心で頭を悩ますほど、後ろ向きの性格ではない。

 むしろ、思い立ったら直ぐに告白する程度の行動力は持ち合わせている。

 僕の恋心の経緯を詳しく説明するならば、恋を自覚したところで一度静止をかける。

 そして一週間ほど距離を置きつつ想い人を眺め、胸の高まりとその独特の興奮を楽しむ。最後に、相手が僕の視線の内に潜む熱い感情に気付いた頃に、告白する。という物になるだろう。僕の拘りを説明すると、大抵の人間は顔を顰めるんだけどね。うん、拘りなんて大抵他人に理解出来るようなものでもないし、させるものでもないからどうでも良いんだけど。

 でも、それで今まで四戦三勝。勝率が七割五分だから、中々の好成績と言えるのではないだろうか。顔面偏差値が高い訳ではないだろうけど、やっぱり情熱のお陰だろうか。

「嗚呼ぁー……!」

 そんな僕が、どうしてこんなわざとらしいほどのアンニュイを漂わせているのかと言うと……その肝心の恋をした相手の所為だった。

 今回の場合などが正に『禁断の恋』と呼ぶのが相応しいのではないだろうか。禁断の恋と言えば、生徒と教師の危ない関係みたいなのを連想してしまうが、違う。そうじゃないのだ。

 だったら、他にどんな物を連想するだろうか?

 同性愛? ――禁断の愛に違いはないだろうが、今回は違う。

 近親? ――残念ながらそれも違う。

 義妹……? ――近いような気がするが、方向性が違う。

 しかし、ここまで来ると、数多い禁断の愛といえども絞られてしまうのではないだろうか。

 そう。僕が恋してしまった相手とは、俗に言う『少女』という存在だった。

 いや、幼女と言った方がいいのかもしれない……。

 だけど禁断の愛なんて、どれを取っても前途多難である事に変わりはない。だって、だからこそ燃え上がるのだろうから。『ダメだ』と言われるとやりたくなるし、『やれ』と言われればしたくなくなる。天邪鬼のようでいて、多分それが本来の人間の在り方なんだと僕は思う。

 以上、必死に考えた言い訳でした。


 春の始まり。

 桜はまだ咲かず、雪は溶けたが、まだ空気には冷たさが残る。そんな季節と季節の狭間に僕は立っていた。比較的過ごしやすい時期ではある。あるのだが、その所為で睡魔が活発に働いているように思える。春眠暁を何とやらだ。この時期の惰眠は特に絶品なのである。

 …………あ、いつも通りか。

 先日、春休みが終わり、高校三年生としての新たな年度が始まった。僕もまた大学受験を控える学徒の筈なのだが、受験勉強を行う気には全くなれなかった。その辺りは、推薦とかで何とかなるだろう、と。随分と自堕落な事を考えていた。

けれど、世の受験生の半分くらいはそんな感覚だろう。汗臭い受験戦争など避けるに限る。

 だから今、僕はただただ退屈な春の日々を過ごしていた。

 発想が没個性な僕にとっては、何もすることがない時期なのだ。友人とカラオケに行ったり、ボーリングをしたりという行為も、そう毎日続ければ飽きてしまうもので。だからといって運動や趣味に励む気にもなれない、典型的なダメ高校生の僕は、ダラダラと自宅の回りを行ったり来たり散歩していた。でも、散歩って凄く大事だと思う。歩くという行為自体が身体に良いというのもあるし、気分転換に持ってこいなのだ。転換したい気分があるほど、日々鬱屈としている訳じゃないんだけどね。

 見慣れた住宅街を無心で歩んでいく。学校帰りの中学生や小学生の姿、それに自転車通学の高校生なんかが時々通りすぎていく。普段は、と言うかさっきまで僕もあそこに混ざっていたんだと思うと、面白い。自分自身を、客観的に見てるような気分になるあたりが。

 目的なく徘徊していたつもりが、気付くと足は少年時代に友人達と良く遊んでいた小さな公園へと向かっていた。小学生の頃、放課後や休日には毎日のように通っていた公園だから、まだ習性として残っていたのかもしれない。男はいつまで経っても頭の中が子供って言うし。

 高校生になってから一度も訪れた事はなかった筈だから、少なくとも二年間は来てないという事になる。正直、来てもする事なんてないし。だって、公園とは名ばかりのブランコと砂場、滑り台にシーソーと何かグルグル回るヤツ、という最低限の組み合わせがあるだけの公園だ。周囲は雑多な住宅に囲まれていて、野球でもしようものなら直ぐに近隣住民様に怒られるような狭さだし。今の僕なら公園をぐるりと巡るのに一分も必要としないだろう。

 そう言えば、少し前まではあったジャングルジムが無くなっている。怪我人でも出してしまったのだろうか。公園の一角の芝生の色が少し違う箇所を見ると少しもの悲しい気分になる。

 遊具の世界はもしかしたら人間の世界よりも生存競争が激しいのかもしれない。僕は人間で良かったと心底思う。小学生に踏まれて喜べるような歪んだ感性も持ってないし。

 世間では少子高齢化が云々と騒がれてはいるけれど、そんなの僕がガキの頃から一緒の筈で。だから、光景自体は小さなころ眺めていたものと変わらない。四、五人の子供がサッカーボールで遊び、もう数人がブランコで遊んで、という感じ。合計が二桁にギリギリ満たない人数。

 ……ノスタルジーに浸る以外に使い道がない光景だった。

 さて、余り眺めていても心の毒だ。そう思い、そろそろ引き返そうと思った時だった。僕がいる側とは反対側の入り口の傍にあるベンチ、そこに腰をかけている少女の姿が目に入った。

 白色のプリントティーシャツにジーンズという組み合わせは、あの年齢である事を考慮しても飾り気がなさ過ぎるような気もする。ショートで纏められた髪型は、しかし前髪が酷く長い。今は横に流されているが、多分、口元辺りまで伸びているのではないだろうか。木陰にいるせいで、表情は読めない。しかし、相当整った顔立ちをしている事がこの距離からでも分かった。

 何やら俯いて作業をしているようだったが、良く見ると、厚いハードカバーの本のページを捲っているようだった。公園のベンチで読書なんて悪く言えば年寄り臭い行動も、その少女がやると、不思議と様になっているように思えた。

 時折、本から顔を上げ、遊びに興じる子供たちに憂いを帯びた瞳を向けていた。

 そんな子供らしくない所作も含めて、その少女は何とも現実離れしている様に思えた。

 何故か僕は、少女の姿から目を離せなくなってしまった。

 目を離せば死んでしまう訳でもないのに、息をも止めて、少女の姿を目に焼き付ける様に。

 心奪われるとは、正にこの事を指すのだと僕は知った。

 どれくらいの時間が経ったのだろう。その間、僕はずっと公園の入り口に立ち尽くし、少女の事を見つめ続けていた。だが、まだまだ足りないのだ。僕の寿命全てを、少女を観察する事だけに費やしたい。そう感じてしまう程に、僕は少女の姿の虜になっていた。

 そして、僕の注視に気付いた少女が、本から顔を上げ、こちらへと視線を向ける。

 垂れ下がった髪の毛の隙間から覗く大きな瞳。それが僕の顔を見つめていた。

 ドキリと、心臓が震える音が聞こえた様な気がした。

 有り体に言えば、それは『恋に落ちる音』だった。

 僕は運命の出逢いというものが本当にあるのだと察した。それも独りで。

 その、ガラスを嵌め込んだ様な綺麗な瞳に射止められた僕は、気付くとその場から逃げ出してしまっていた。それ以外の選択肢を取る余裕なんて存在しなかった。


 それが、僕の人生の中で六度目の恋だった。


「と、言う事なんだ……」

 学校の昼休みという場で、僕は親友にそんな相談をした。

 相談内容は今話した通り『少女に恋をしてしまった』というものだ。

 巫山戯てると思われるかもしれないが、僕は大真面目だった。

 語り始めこそ真面目な顔をしていた友人は、話が後半に差し掛かった辺りで不審者を見るような目で僕を見始め、最終的には汚物扱いするという暴挙に出始めた。

 これ以上は、喋れば喋るほど墓穴を掘りそうだった為に早々に切り上げる事にした。

 お前に相談した僕がバカだったよ、と心の中で毒づく。その親友には「今の話は冗談だ」と言い残し、その場を後にした。背中に突き刺さる冷たい視線が痛かった。

 ……他ならぬ僕が一番戸惑っているのだ。

 現在高校三年生の僕が今まで交際してきた女性は四人。そのうち同級生が二人で、先輩が一人、後輩が一人。若干上下に揺れる事はあるが、二歳以上離れた子と付き合った事はない。それなのに、今回惚れ込んでしまった相手は、少なからず五歳は離れていると思う……。二十二歳ならまだいいんだけどね。

 もうちょっと自分の考えも整理したいし、他のヤツにも相談してみよう。女子は……ダメだ。今後の学校生活がその時点で終了してしまう。しかし、この話題を口外しないと誓える親友でさえ、さっきの有り様だったからなぁ……。

 そこで、僕の中でとある閃きが生まれる。そして僕は友人――A(仮名)の元へと向かった。

 Aは自席に着き、読書に勤しんでいた。昨日の少女が読んでいたような難しそうなものではなく、表紙に美少女が描かれた漫画の様な小説。教室であろうと公共施設の中であろうと、表紙を隠さないで読むAは良い根性していると思う。悪い意味でだけど。

 まぁ、今の状況説明で、Aのキャラクターは大体掴めてしまうと思うけど。Aは周囲に自身がロリコンであることを触れ回る様なタイプで、クラスメイト達に若干煙たがられているような人間だ。オープンオタクとでも呼べばいいだろうか。話している分には面白いから、時々一緒に遊んだりしている程度の仲だった。

「A、少し良いか?」

「ん、何だか深刻そうな顔してるけど、どうかしたの?」

 うん、Aは口調が特別オタクっぽいとか、なんか臭いとか、そういう訳ではないのだ。ただ、発言の要所要所に見られる美少女を連想させる単語が気持ち悪いだけなのだ。

 そして僕はAに向けて、再度同じ説明を繰り広げる。

 僕の話を聞いていたAは先ほどの親友とは正反対に、目を輝かせ出したのだった。

「分かる、分かるぞ!」

 声量の調整が若干狂っているのか、クラスに響き渡るような声で叫ばれる。分かるのは結構だが、回りの空気も理解して欲しい。Aと話しているというだけで、女子の視線がこんなにも痛々しく感じるとは、今まで思ってもみなかった。正直恥ずかしいが、背に腹は変えられないのでこのまま会話を続けていく。

「うん、うん……確かに、ロリは最高だよなァ!」

 数秒で前言を撤回する程度に我慢出来なくなった僕は、Aの手を引き教室の外へと飛び出し廊下の左右を確認。人気のない場所を目指して走りだす事にした。

 後ろでAが「おいおい、同士。何も恥ずかしがる事はないんだぞ?」とか言ってくるが無視。

 ……というか、同士ってなんだ同士って。僕、そういうのになるつもりはないんだけど。

 校内を彷徨った挙句、結局、避難階段前という日陰物が集まりそうなスポット――と言うか日が差し込まないから人が少ないんだろうけど――に落ち着き、会話を再開する。

「なぁA。お前はどうするんだ?」

 僕の質問に、Aは疑問を露わにする。

「どうするって……何がだ?」

「だから、少女を好きになったら、どうするんだって訊いてるんだ」

「どうするもこうするも、眺めて楽しむけど……?」

 僕の剣幕に何故かAが怯え始める。そんなに、僕の表情が本気過ぎたのだろうか。先ほどまでのAの元気は何処かへと霧散し、自分の知らない生物と対峙する者特有の恐怖に戦いていた。

「眺めてって、そんな事で満足出来るのか……?」

 僕は自分の中の『健全な疑問』をぶつけたつもりだった。

 そりゃあ、恋をしたからには、話したいし、触れ合いたい。果てはちょっとココでは言えないような事も……そう考えてしまうのは自然なものだと思っていたから。

「そんなの犯罪じゃん」

「は……?」

「え……?」

 何か、今、凄いイラッときた。何だ、コイツは。そんな中途半端な気持ちでロリコンを名乗っていたのか、と。法や世間を敵に回す覚悟もなく、少女を愛していたのか、と。

 そこにそれ以上の熱い想いなど、絶対にあってはならないとは思うけど。

「そ、それに僕は、うん、写真とか、絵とか眺めてるだけで満足だから……」

 その時、僕は悟った。『ああ、コイツでは話にならない』と。コイツが好きなのは少女という一つのジャンルなのであって、それ以外の何物でもないのだ。

 確かに、幼女に手出しをしないというロリコン界の掟があるのは理解している。

昨日ちょっと調べたから。

 だけど、それでも好きになった相手がまだ少女と言っても差し支えない年齢だった時は――

 ん……? 今、何か自分の中でスッキリとする何かがあったような……

「そうか……分かった! 分かったぞ! いや、助かった! ありがとう」

 そうだ。僕が恋をしたのは『少女だから』じゃない。彼女を一人前の女性として認めた上で、恋をしたのだ。そんな単純な事に今まで気付けなかったなんて、僕はなんてバカなんだ。つまり、僕はロリコンではないし、この恋には何ら道徳的問題も発生しない!

 手のひらを返したように静かになった僕に、Aは再び驚く。

「だ、大丈夫……? なんか大丈夫じゃなさそうな叫び方してたけど」

 Aが何かを言っているが、僕の耳には届かない。

だって、それどころじゃないから。そうと決まれば、走りだすしかないからだ。

 他者が見れば、今の僕は情緒不安定の危ない人間以外の何者でもないだろう。しかも、少女を好きになってしまったなどと宣わいているのだから、Aの怯えは仕方のないものだと思う。

 しかし僕はそんなAを無視して、教室へと猛ダッシュする。恋に邁進する今の僕にとって、友人の事を気遣う余裕なんて存在しなかったから。

 迷いから吹っ切れた僕のステップは、空でも飛べそうな程に軽やかだった。


 学校で友人たちのドン引きという粛清を受けた僕は、恋を諦め――――られる筈もなく、気付くと昨日のように公園へと足を運んでしまっていた。

 帰りのホームルームが終わって直帰してきた為か、まだ公園に小学生達の姿は見受けられない。しかし昨日と同じベンチに、件の少女が座っていた。今日も重厚な本を眺めているようだ。

 ページを捲る少女の折れてしまいそうな、硝子細工の様な指先に見惚れる。そのまま、伏し目がちな少女の表情をずっと眺めていたい衝動に駆られるが、それでは昨日の繰り返しだ。

 公園の浅く刈り込まれた芝生に始めの一歩を踏み出す。久しぶりに嗅ぐ緑の匂いが、小学生の頃の記憶をくすぐる。蘇ったのはどうしてか膝を擦りむいた時の苦い思い出だったけど。

 ほぼ無人の公園に男子高校生が一人で入ってくるという異質な状況を敏感に感じ取ったのか、少女は本から顔を上げ、僕の顔をジッと見つめる。少女の顔を近くで、それも正面で見とめてしまった所為で、僕の動きが、心臓が静止する。

 昨日は余り細部まで眺めている暇がなかったが、やはり少女は美しかった。

 冷たさすら感じさせる純白の肌。赤い蕾の様に慎ましやかで綺麗な唇。艶やかな髪の毛は相変わらず少女の表情を隠そうとするが、不思議と美しさは損なわれない。それは少女の髪の毛の一本一本が、絹の糸の様な滑らかさを持っているからだろう。清流の様な流れを持つその黒い髪の毛が、春の風を受け、さらり、と舞う。拍子に少女の甘い香りが風に乗り僕の元へと辿り着き、僕の意識と理性を溶かした。その黒い髪の毛が少女の肌の白さを更に際立たせていて、指先で触れるだけで壊れてしまいそうな危うさを感じ取る事ができた。

 だが、やはりこの少女のチャームポイントは眼だと僕は思う。前髪の隙間から覗く伏し目がちの黒く大きな瞳。今は警戒の為か視線が険しいが、それもまた少女の整った顔立ち、その鋭さや漂う気品と合わさって、少女の魅力を際立たせていた。長い睫が少女の瞬きに合わせて微かに揺れる。僕はたったそれだけの事に対し深い感動を覚えた。

 この歳の少女であれば『可愛い』と称するのが自然だろう。しかし彼女のそれは、やはり『綺麗』や『美麗』と評価するのが正しいように感じた。それは少女の放つアンニュイな雰囲気がそうさせているのかもしれない。他の小学生では持ち得ない落ち着きを少女は持っていた。

 絶対にそんじょそこらの成人女性よりも色香に溢れている。

 いいや、今この瞬間の『少女』だからこそ、彼女はこれほどまでに危うい美しさを纏えているのかもしれない。少女という不完全な存在が、『人間』のように振る舞っているから、そこに不均衡という最上の美が表れているのか。細かな仕草、所作、全てが計算づくの行動の様に思えてしまうのは、その所為なのだろうか。そして、そんな事を感じてしまうのは、僕の眼鏡が恋の熱で曇ってしまっている所為だろうか。多分この時点で、僕は彼女にぞっこんだった。

「……私の顔に何か付いていますか?」

 落ち着き払った少女の声。声質は当然、子供のものだ。が、大人らしく振る舞おうとしているのか、少し硬い印象を受ける声だった。そんな必死に背伸びをしているような様は愛らしく、応援してあげたくなるような、不思議な気持ちになってしまう。

そして僕は、その凛とした響きに、反応が一歩遅れてしまった。

「……あっ、いや、違うんだ」

 どうして僕はこんな初々しい反応をしてしまうのだろう。喉に言葉が突っ掛かっり、鬱血する様に溜まっていく。ただの日常会話に不自由してしまうほど、僕は緊張していた。

 今までの恋をした手にだって、こんな反応をしたことはなかったのに、だ。

 そして僕の挙動不審な反応に少女の視線が一際厳しくなる。

 ポケットから僕を脅す様に取り出された防犯ブザー。それが割と冗談ではないくらい怖い。

「こ、こんな所で、本を読んでる小学生なんて珍しいなって、だから、ちょっと気になってね」

 どもりどもり、何とかそれだけを口にする。少しだけ、本当に少しだけ少女の瞳から警戒の色が薄れる。しかし依然として構えられた防犯ブザーが並々ならぬ存在感を示していた。

「変ですか?」

「変じゃないよ。ただ、珍しいって思っただけ」

「それはただの言い換えで、要は変だって言ってるだけでしょう?」

 見た目通り(この場合のこの表現があっているのかは微妙だけど)の大人びた反応や空気に、逆に、僕は落ち着き始めていた。少女の年齢と、醸しだされる空気、そしてその落ち着き払った口調。それらのギャップに、非現実めいた物を感じてしまった為だろうか。

「うーん、初めはそう思ってしまった事は認めるよ」

「初め……?」

 僕の言葉に引っかかりを覚えたのか、少女の顔に思案の色が見えた。

「ああ、貴方、昨日私の事を見てたと思ったら一目散に逃げ出した変質者ですね」

「へ、変質者!?」

「あの挙動不審さは変質者以外の何者でもなかったと思うけれど……」

 記憶を遡ってみると、確かに。一歩間違えば通報されていてもおかしくなかったかもしれない(現状も十分アレだけど)。何せ、女子高生に道を聞いただけで警察を呼ばれる世の中なのだから。女子小学生から逃走しただけで捕まってもおかしくない。

「それで、その変質者が何の用なの……? 本当に珍しいってだけで声をかけたのなら『怪しい』を通り越して『危ない』になるけど」

 言われて気付く。衝動的に行動したのはいいけれど、自分は今、結構危ない状況に立たされているのではないか。この会話を何処に着陸すべきなのかも決めてなかったし。

 しかしこう言う時の思考と言うのは、考えれば考えるほど纏まりと正常を忘れ、明後日の方向へと猪突猛進してしまうもので――

「君のことが可愛いなって思って、つい……!」

 ――『つい』じゃねぇよ! と突っ込んでくれる人間はこの場にいなかった。

 場の空気が凍りついた。少女の表情が凍りついた。僕の思考が凍りついた。

 完全にやってしまっていた。

 何せ、少女が構えていた防犯ブザーを取り落としてしまう程の衝撃だったようだから。

「へ、変態!?」

 再び動き出した少女が発した言葉がそれだった。僕を見る目に初めて感情が混じった。

 それは嬉しいけど、喜んでる場合じゃない。

「貴方、最近噂のロリコンだったのね……。私、ロリコンって初めて見たわ」

「ち、違う! 僕は少女が好きなんじゃなくて、君が好きなだけなんだ!」

 僕は、先ほど思い至った答えを、つい口にしてしまう。

 目の前の少女という存在を知って一日余り。出会って十分足らずという電撃告白だった。

 相手が少女だという点を除外しても、なかなかの暴挙だったと思う。

 その所為で、また空気が凍りついてしまったし。互いの心音だけが、バクバクと公園に響く。

 一瞬遅れる形で、木陰でも分かる程に少女の顔色が赤く染まる。

 そして少女は、関節が壊れ気味の人形の様なぎこちない動きで立ち上がると、防犯ブザーを拾うのも忘れ公園から一目散で逃げて行ってしまった。

 ……やっちまった。

 僕は数秒その場で立ち尽くすと、PTAやK察的な何かに恐れをなしてその場から逃げ出した。公園から五十メートルほど走った後で、とある事を思い出して公園へと戻る。そして少女が落とした防犯ブザーを拾い上げポケットに入れると、再び走りだした。

 べつに、少女の持ち物を蒐集したい訳ではなく、あのまま置きっぱなしにして誰かに拾われたりしたら面倒だと思っただけです。本当です。

 ついでに言うと、久々に激しい運動をした所為か、それとも勢いに任せた告白の緊張が今更襲って来たのか、心臓が破裂しそうでした。

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