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二人の興味−2


 豊の話はこうだった。

 離れの奥にあるサツキを下見に豊は庭の奥へ入っていった。飛び石の続く庭を奥へと進むと、古びた関守石が置かれてあった。

 関守石とは、これより先の立ち入りを遠慮するという意味合いのあるものである。

 豊は辺りを見回した。豊の居る周りは、華奢ではあるがしっかりとしたモミジの幹が木立の根元に覆い茂る萩以外は、鹿島のいうサツキの姿はまだ見えない。

 関守石の向こうだろうか。

 豊は禁忌を破った。そしてそれは管理する立場の人間からしてみれば、それほど大きなタブーでもないかと思ったからだ。

 その奥には秩序良く配置されていた飛び石がやや複雑な間隔になり、やがて苔で覆われそうな古めかしい石畳が現れた。そうしているうちに、目の前に石が現れたという。

「石灯籠の中台の部分だけが、地面に埋もれるような感じっすね」

 両手で大きさを模索しながら豊は言った。

「めっちゃ苔が生えてて、かなり古いもんすよ、あれ」

 苔は立派なヒノキゴケでした、と付け足して豊は一つ言葉を呑み込んだ。

「あの、っすね」

 歯切り悪く鹿島を見る。

「確かにあれは石灯籠の中台なんすけど、そこに【直行 病にて死す 二十一歳】って刻みがあったんすよ」

 豊の顔は真剣そのものだった。

「もしかして、あの人、幽霊……」

「馬鹿を言うな」

 全てを聞くまでにないと鹿島は珍しく豊の言葉を遮った。

「他人のプライベードには口を出すなと言っただろう」

 いつになくきつい口調で鹿島は豊に視線を投げた。確かにその通りだ。どんなに興味をそそられたとしても、首を突っ込んではいけない。見ようとしても知ろうとしても禁忌だ。

 豊は肩を落として頷いた。

「はい、そうっすね……」

「しかし、気になるのは確かだな」

 豊には厳しく釘を刺しておきながら、自分もまた興味を惹かれていたのを鹿島は重苦しく感じていた。

「そうっすよね」

「全くもってここの住人は不気味で不可解だ。気にしないようにしながら、どうしても気になってしまって胃に穴が開くような気もしてくる」

 鹿島の本心だった。

 これほど他人に興味を持つ事はあっただろうか。

 これほど心惹かれる事はあっただろうか。

 これほど知りたいと思った事はあっただろうか。

 これほど欲望が湧くことが今までにあっただろうか。

(歳をとったからなのだろうか、年老いて興味や嗜好が変わるとはよく聞くが)

 黙り込んだ鹿島をしばらく見つめていた豊が思い切ったように低く囁いた。 

「俺と師匠だけの、秘密ってことでもいいんじゃないすか?」

 鹿島は返事をしなかった。

「胃に穴が開くよりは、秘密を作ったっていいんじゃないすか? 俺絶対言いません」

 これほどまでに真剣な眼差しをしたことがあっただろうか。鹿島は目の前の青年をじっと見つめた。

「墓場まで持っていく気があるか?」

 正直そこまで拘る必要はなかった。所詮その道で仕事をする上での、心構えの一つである。ビジネスマナーの一環だ。人として--道徳的に。

 しかし、人は欲深い。長い間その欲望に背を向けて仕事を全うした鹿島でさえ、この庭や住人の醸し出す妖気に大きく揺れ動いていた。

(自分は先が長くはない、禁忌やマナーなどに拘るのはもういいのかもしれない。だが--)

 目の前の青年を見る。豊の瞳は真っ直ぐに疑うことなく鹿島を見詰めていた。

(こいつに悪い癖を与えるのはよろしくないな)

「師匠、俺のこと考えてくれてるっすか?」

「な、何を」

 この事は忘れろ、と言ったところで後には引かないだろう。そう言う意志を明確にした声色で豊が、ずいっと前に身体を近づけた。

「他人のプライベートを検索しない。これは今後は本気で守るっす。ここの不思議なことだけに首を突っ込ませてください。絶対、師匠には迷惑をおかけしません」

「しかしだな」

 そこまで呻いて鹿島は続きが出てこなかった。

「他人と言っても、ここは師匠の住んでいる所じゃないっすか。だったら俺にとって他人ではない師匠の家の事なんすから、他人事じゃないっすよ」

「いや、他人とは言ってもだな」

 またしても口ごもる。

 正直腰を抜かしかけていた。これほどまでに真剣に鹿島の意見を跳ね返す事など、今まで一度だってなかったからだ。

 そもそも豊というこの青年、世の物事にはあまり関心を示さない男だと見受けていた。様々な邸宅の庭の手入れに向かったが、その先々で【現実は小説より奇なり】がまさに当てはまるような、そんな出来事が見え隠れする現場であっても、彼は淡々と庭木を手入れすることにだけ意識を注いでいた。

 一度、警察が踏み込んだ屋敷の手入れに居合わせたときでさえ、彼はどよめく隣人や家人を全く気にせず、庭の隅で鋏の手入れをしていたのを思い出す。

(何がこいつこここまで……)

 鹿島は唾を飲んだ。

 疑問などない、おそらく自分と同じような理由だ。

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