想い-4
部屋に面した庭の一部を、ヴィクトリアのために。
直行の大事にしている日本庭園の趣向を壊さぬよう、寅次はそう望んで敢えて日本庭園と面さない部屋を自室に選んだ。彼があの日本庭園にどれほど特別な想いを抱いているのかは、旧知の間柄とまではいかずとも知っている。部屋に面した敷地に僅かながらの庭を耕して、そこに数株の薔薇を植えていた。直行の日本庭園と同じほどの想いをこの庭に込めようと。
寅次の部屋と隣に位置する山南とは、たまに会話をする。
黒百合荘の住人たちは、住人同士毎日顔を合わせている訳でもない。ほとんどの人が自室で食事をし、各々に私生活を満喫している。外に出かけるものもいれば、部屋に篭るものもいる。
山南はどちらかというと、出無精だった。自室でゆったり音楽を聞いて本を読み、お茶を嗜む。外に出るのは小型犬の散歩程度と少しの買い物をするときだ。
飼い犬がいるということで、山南は頻繁に部屋の窓を開け放ち、犬を外の空気に晒させてあげていた。一方隣では寅次がせっせと薔薇を植えて手入れしている。
そんな日常が何年も続き、寅次のバラも年を重ねるごとに見事に咲き誇っていった。
香しい芳香が山南の部屋にも届くようになった。
それが運命というものなのだろうか、偶然というべきものなのだろうか。
寅次の恋の相手は黒百合荘の隣人だった。
寅次も薄っすらとその事に気がついていたようだったが、いつも穏やかに窓辺に居る山南に敢えて声を掛けることはしなかった。
ただ日々を庭の薔薇と向かい、愛情を注ぐ毎日を過ごしているうちに、どちらからとなく会話をするようになっていった。
ただそれだけだ。
いつの頃からだろう。
寅次が執拗に山南に声を掛けるようになったのは--。