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想い-1

 つい数時間前の騒動が嘘だったかのように、夜空には満天の星が瞬いていた。寅治がなぎ倒した楓の木はそれほど大きくなかったにせよ、幹が本来あっただろう場所から見上げると驚くほど天の川が見えた。

 今まで見えなかった場所に、ぽっかり夜空が見えるのだ。

 この庭を何度も散策していた鹿島には、この一本の楓の存在感というものがどれほど大きかったのか、再度痛感している。 

 あの時見えた白い女の面影。

 その表情はまるで自分の今の胸の内のようだ。

 悲しくて切ない。だがもう取返しもつかない。怒りようにも嘆きしかでない。

 だが、いつも当たり前にようにあったものがなくなって、今まで見えなかったものが見えていることに驚きと感慨深さも感じている。

 白い女のあの時の顔は、そんな数多の想いをその美しい顔に丸ごと重ねていたかのように鹿島には見えた。

 傷ついた幹にそっと手を置くと大きくため息ともつかぬ深呼吸をして、鹿島は後ろに立ち尽くしている豊を振り返った。

 彼もまた、とんでもなく泣きそうで怒りそうな顔をしている。

「しかたのないことだ。起きてしまったことはもう戻らない」

 ぎりっとこぶしを握り締めた豊の様子が空気を伝わってくる。鹿島は静かに目を伏せてまた大きく息を吐いた。

「しかたのないことだが、残念なことだな」

「……はい」

 奮える豊の返事が、蒼い闇に木霊するような静けさがあった。

「お前にはすまないことをさせてしまったな。危うく命をなくしてしまうところだった」

 鹿島には楓の木以上に豊の身を案じていた。

「それは、大丈夫っす」

「しかし、一歩間違えばあの男は山南さんもろとも……」

 そこまで言って鹿島は押し黙った。

 続きは聞かなくてもわかる。豊は二三度大きく肯くと、静かに鹿島の側に膝をついた。

「俺は大丈夫っす」

「俺は大丈夫ですけど、こいつはもう」

 痛々しいその姿とは裏腹に、楓の木は斜めに倒れかけたまま穏やかに闇に包まれていた。

 痛いとも悲しいとも。悔しいとも己の不運を嘆くこともなく。

 そんな姿を二人はじっと見つめていた。




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