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茶飲み友達−1

 

 翌朝、部屋に運ばれてきた朝食を済ますなり、鹿島は毅然と座敷に向かった。

 早朝の日本庭園は夏とは思わせない涼しげな姿でそこにある。いつ何時に見ても、それは変わらず美しく、そしていつも違う表情を見せている。

 それを横目に、開けたドアを閉めて廊下に目線を送ると、縁側の先に座敷の雨戸を開けているだろう井上の姿を探した。

 鹿島たちが居る家屋と直行と井上の居る離れの扉は、重厚で重々しい造りをしているが、誰でも開けて立ち入る事ができる。

 座敷の雨戸はすでに開け放たれており、清々しい空気が座敷に流れ込んでいた。その座敷にここの当主がどっしり構えていないかを確認する。今朝方、車の音が聞こえたのだ。直行が外出する時に迎えに来るセダンの車の音だ。つまり、直行は外出していていない。

 外に向かってゆっくり深呼吸する井上の後ろ姿を見つけるなり、

「茶のみ友達として訊きたいのですが」

 と、鹿島は唐突に切り出した。その声に不思議な顔をして井上が向き直る。

「おや、どうされたのです」

 いつもより思いつめたような表情の鹿島を見て、井上はきょとんとして尋ねた。

「直行殿には何人の女性がいるんでしょうか」

 しばし沈黙が流れた。やがて井上が可笑しな顔で噴き出すついでに応えた。

「当主の女性関係ですか?」

「はい」

「それはまた、突然どうした風の吹き回しです」

 可笑しくてたまらないといった井上の様子に、鹿島は痺れを切らしたようにズイッと前に出た。

「井上さんはどうしてそんなに笑うんですか」

「いいえ、まるで主人の浮気を咎める古女房のようでして」

 クククと小さく笑って井上は肩を竦めた。

「古女房とは、これまた随分な」

 顔を赤らめて鹿島は頭を掻いた。本当に自分が夫の浮気を疑う女房のように思えたからだ。

「どのような状況でそのようなご質問に至ったのです?」

 面白いと言わんばかりの井上が鹿島の前に居た。この男もこういう顔をするのだろうな、と鹿島は頭を掻きながらばつの悪い顔をする。

「井上さんはそういう話がお好きですか」

 鹿島はそう聞いた。

「はて、どうしてですか?」

「いや、余りにも朗らかに愉しそうなものですから」

「それはですね、お茶のみ友達の鹿島さんが面白いからですよ」

 貴方は実に面白いと、井上は付け足して微笑んだ。

「……直行殿はお厳しいのですか」

「おや、どうしてです?」

「直行殿の前ではあまりそういう表情を見たことがなかったので」

 そう言われて井上は少し戸惑ったように背を向けた。いつの間にか座布団を用意すると座敷に鹿島を誘導した。

「当主には恩があります」

「恩ですか」

「ええ、遠い親戚なんです私。事業に失敗して宿無しになった私を、当主がここで世話をしてくださった」

「そうだったんですか」

 どっこいしょと鹿島は腰を下ろして呟いた。

「申し訳ありません、深い話を聞いてしまいました」

「気になさらないでけっこうですよ、昔の話です。それにたまにはこういう話でもして時間を忘れるのもいいかも、と思ったのです」

 そういうと井上はにっこり笑う。

「当主は朝の稽古に出ています」

「稽古とは?」

「今日は火曜日ですから、地元の居合道の朝稽古ですね」

 週の半分を、スポーツ少年団のコーチ、居合道の師範、書道の先生、俳句研究会、地酒愛好会、ソムリエ協会などなどと費やしている。そういえばいつも縁側や座敷に居るのは、直行ではなく井上だった。

「ご多忙なんですな」

 尊敬の意を篭めて鹿島はしみじみと言った。

「そうでもしないとあの有り余ったエネルギーを持て余しましょう。ご健康で何よりです。」

 つられて井上は笑う。

「鹿島殿、当主はお昼すぎにならないと戻ってきませんよ」

 凛と背を伸ばした井上が、その姿とは裏腹な子供のような目線を投げてきた。 

「と、申しますと?」

「時間が許す限り、古女房の疑惑をお聞かせいただけませんか?」

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