募りの日本庭園−4
丸みが欠けた下弦の月が、ちょうど窓の中に収まりかけた頃だった。
藍色を纏った夜の空は、ぼんやり星を浮かべている。細く開けた窓から夜風が低く音を立てて入ってきた。
鹿島は椅子にもたれたまま眠ってしまったようだ。慣れない姿勢で船を漕いでいたのだろう。痛む首筋を摩りながら身をよじって姿勢を正した。灯りのついていない部屋は、しんと静寂を纏っていてどこか冷たい。
いつの間にかテーブルに置き手紙があった。
【 お休みのようでしたのでご夕食は控えさせております。お食事のご用命は下記まで電話してください。内線290 】
それを手にとって鹿島は胃の辺りを触ってみた。空腹感はない。
窓の外の山々のシルエットを眺めながら、頭を掻いた。
「あの香りはなんだったんだろう」
いろいろ不思議な事はあったが、一番気になるのはあの香りだ。風が部屋に入ったと同時に押し流されるように漂ってきた。
うまくまとまらない思考回路に、鹿島は苛立ちを感じて部屋を出た。
仄かな月明かりで廊下は思ったより暗くはなかった。鹿島が歩むと、廊下のセンサーが反応して足元に照明がつく。
ヒタヒタと鹿島は自分の足音を聞きながらホールについた。
さすがに夜中はテレビの前に陣取る山南もいない。黒一色のテレビ画面を前に、鹿島は腰を下ろした。そしてゆっくり庭を見る。夜風に少し揺れる楓のシルエットが見えた。蒼い世界が途方もなく広がっているように見える。体をずらして鹿島は庭を居向く。
ふと、座敷の方に明かりが見えた。
あの離れには直行と井上の寝室がある。まだ起きているのだなと、鹿島はホールの時計を振り返った。
時計の針は三時を回っている。離れの雨戸は半分ほど締まっている。その隙間からオレンジ色の明かりが漏れていた。おそらく小さなランプかインテリアスタンド程度の明かりだろう。しかし、光が漏れているのは座敷のようだ。寝室ならともかく座敷だ。
あの座敷にはそのような照明器具はなかったと、鹿島はぼんやりそんな事を考えていた。
ざわりと楓の影が揺れて、急かす様に雲が遠くに流れていくと、穏やかな月光が降り注いだ。
ふと、あの夜のことを鹿島は思い出した。
夜宴を開いた夜の事だ。
誰も居なくなった座敷に、直行と山南が寄り添っていた。ちょうどこんな月夜が明るい日だった。
あの二人はどういう関係だろう。恋人同士だろうか。
寅次があれほどまで山南に執着するのは、直行はさておき山南の方が直行に熱を上げているのを知っているからなのか。それともその逆か。
いやいや、何を根拠にそんな仮説を。
今まで人の色恋沙汰には興味を示さなかった鹿島は、自分の胸が高鳴るのを不気味に感じていた。歳を取ると考え方も興味の方向も変わってくるものかと自問する。
そもそも直行という男には些か興味があった。
初めて逢った時から、その男のもつ気迫というか雰囲気に、どこか惹きつけられていたのかもしれない。