募りの日本庭園−1
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庭師たちが帰った庭園に、女が立っていた。
長い黒髪を横で束ねた淡い着物を着た女だ。歳は二十代半ばくらいだろうか。彼女は揺れる楓を眺めてはその白い頬に涙を滴らせた。
何度も俯いては空を見上げ、涙を乾かすようにそこに立っている。彼女の周りを優しい風がそよそよと吹いていた。
直行は座敷に座ると、その後ろ姿をじっともの言わず眺めた。
二十代で出戻った妹を、彼は心底心配していた。幼子を一人抱えた彼女の心の傷は、どこまで深いのだろうと。
「サチよ」
たまらず直行は声をかけた。
「安心しろ、お前もその子も決して不幸にはならぬ」
母親似の綺麗な顔が直行を振り返った。直行の妹、サチは美しい娘だ。幼子の泣き声に二人とも視線を縁側に移す。木製樽の嬰児籠に立てかけていた風車が、カラカラとあやす様に音を立てる。その音に混じって砂利を擦る音が聞こえた。
「井上さん」
サチがはっとしたように顔を上げて名前を呼ぶ。
「井上」
直行が目を細めた。
半纏をぐっしょり汗で濡らし、首にかけた手ぬぐいで汗を拭った井上が立っていた。祝日で仕事が休みなので、趣味の庭の手入れを少し手伝っていたのだ。
「忘れ物をしました」
頭を下げて一歩退いた井上を留めるようにサチが動いた。
「お忘れ物はこれでしょうか」
惹かれるように井上に走り寄ると、そっと着物の裾から細く白い腕を出し、井上に差し出した。その手にはお世辞でも綺麗とはいえない手甲が置かれている。じっとりとした汗と草露が滲んだ手甲を、恥ずかしげに受け取り、井上は引き締まった顔で会釈した。
赤ん坊の泣き声がする。
まだ若い楓の木が風を誘うように揺れると、風車があやすように音を立てた。
サチは促すように井上の腕をそっと誘って縁側に連れて行った。
子供をあやす妹と、立ちすくむ井上の姿を見て直行は複雑に胸が揺らいでいた。
その子を不幸にしてはならないと、再度確信する。
※ ※
直行はゆっくり目を開けた。
さっきまで豊がいた気配はもうない。深い庭の深い空気だけがいつもどおり朝露に湿った空気が風で揺らめいていた。
柔く握っていた拳を広げる。熱の伝わった温い(ぬる)蝉の抜け殻を、掌からつまみあげて社に納めた。そうして目の前にある古い社に一礼する。