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奇人達の戯れ−1

 

 法螺貝が鳴った。

 どこからともなく馬の蹄が砂利を擦る音が聞こえてくると、黒い物々しい人影が竹林の向こうに見え隠れしている。

「何が起きたんだ」

 刈込み鋏についたサツキの葉を振り落しながら、豊は耳を疑った。

 慎重に周りを見渡してみる。直行や井上のいる座敷は、開け放たれて相変わらずしんとして、そこには誰も居ない。老人たちが徘徊するホールの方を背伸びして見ると、山南ばあさんの頭が見えた。ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、音のした方に意識を戻してみる。

 庭の向こう側に、広葉樹の林と山並みを背景にした竹林がある。青々とした竹葉は、たわわに向こう側への視界を妨げていた。背を丸めて向こうに目を凝らすと、確かに何者かが動く姿が見えた。

 法螺貝がもう一度鳴り響く。

 さっきより雄々しく勇ましく。

 ぞくりと豊の背中を鳥肌が這った。何が向こうで起きているのか。

 慎重に身を屈めながら、豊は笹を掻き分け向こうに意識を集中させた。 

 漆黒の鎧が数体並んでいた。深紅の生地に黒百合模様をあしらった幟が、悠々と風を受けている。その中央に床机(しょうぎ)に腰を掛けた鎧武者が居た。

 長々とした日本刀を携えた漆黒の鎧部隊の中で、一際目立つ深紅の鎧を纏う男は、どっしりとそこに存在を押さえつけていた。

 顔は見えない。

 対して、白金に美麗な細工を成した西洋鎧を、上だけ着けた騎士団が対面して陣取っていた。露に突き立てられたグレートソードが景色の緑を吸い込むように輝いている。

 風に揺らめく(たてがみ)の白馬に跨る男が、その剣を一振りすると、そこだけ風が渦巻く錯覚に捉われた。促されるように純白のマントが翻る。

(なにか映画の撮影っすか?)

 目の前に広がる異質な光景に豊は狼狽した。映画の撮影という割にはカメラ機材やらスタッフやらが見上がらない。

 豊は更に身を屈めて木の葉の間からその様を見つめた。

 騎乗の男は、薄い白髪頭に包帯を巻いていた。

 鹿島に聞いた話を思い出した。日本庭園を馬鹿にして脳天を割られた男がいると。一目で白馬の男が寅次という男だとわかった。

 −−という事は、対面する漆黒の鎧武者は直行とかいう人物なのだろうか。

「何が起きるんっすか」

 事の自体を把握できず、豊は頭に巻いたタオルを脱いで口元を覆った。見ている事がバレたら殺されるような気がしたからだ。できるだけ息を殺そうとして、そのままさらに小さく膝を折る。 

 気迫な映画のように、それは始まった。

 一羽の雁がどこからともなく飛び立つと、促されるように竹林が騒めく。

 ほぼ同時に二人の男が動いた。直行が床机から立ち上がるや采配(さいはい)を振りかざす。それと同時に寅次の白馬が嘶いた。ほどして法螺貝が高々と宣戦報告する音。

 わーーと怒涛の声がどちらからともなく上がると、両者とも武器を大地に投げ捨てて走り出した。そのまま殴り合い蹴りあい、馬乗りになって揉め合う。

 よく見ると、その濛々たる団体は老人ホームのメンバーだった。玄関前で徘徊していた老人の姿も見える。見慣れない者もいる様だが、彼らも見てくれはだいぶ高齢だ。よぼよぼとおぼつかない足取りで歩いていた老人も、豊の目の前では懇親の力で鎧に拳を打ち付けていた。ぐぅと鎧がのけぞり、負けずと上の者を蹴り飛ばす。

 とても老人たちの戦い方じゃない。

 混じれ合う人ごみの奥に、一際目立つ鎧を纏った直行と、白馬を降りた寅次がぶつかりあうのを見た気がした。

「まさか」

 豊の脳裏に鹿島が浮かんだ。鹿島までこの戦いに参加しているのか。確認より先に豊は老人ホームに駆け出した。


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