6章 一寸先は闇
《第6章》
「よお。待ってたぜ、王子様? 」
「お前……」
工場内に足を踏み入れた俺がまず見たのは薄明かりに照らし出された男の姿だった。
俺は楽しそうな笑みを浮かべている男に言う。
「お前、組織に連れて行くのが仕事だとか何とか言ってなかったか? 」
「ああ、言った。だが、普通に仕事をこなすだけじゃあ、物足りない。得られるのはほんの少しの達成感だけ。そこには楽しさがない。仕事は楽しくなくっちゃあ、長続きしないのさ」
「そうか。それなら俺はそんなお前にこう言おう。蛇の絵を描くのに足は要らない、と。だが、そのお陰でこうやって相対する事ができた訳だから、お前には一応感謝をしないといけないな」
「感謝ねぇ。なら一応受け取っておこう。では、俺からはこう言わせてもらうとしよう。虫ってのは、夏じゃなくても火に飛び込んでくるんだな」
男は半笑いでそう言った。
俺から仕掛けたものだから何も言えないが、今の言葉は少しイラッと来たぞ。
俺は苛立ちをあまり表に出さないようにしながら、男に問いかける。
「そろそろ本題に入ろう。ロロはどこにいるんだ? 」
「ああ。その娘なら、あそこにいる」
そう言って、男は自分の後ろを指差した。
その先を辿っていくと、ロロが廃工場の壁に沿うように寝かされていた。
「ロロ‼︎ 」
ダメか。反応しない。
「無駄だ。彼女は完全に気を失ってる。だから、叫んだくらいじゃ起きないよ」
「ロロに何をした……? 」
「そう怖い顔をするなよ。ちょっと眠ってもらっただけだ。だが、確保するときに暴れたからなぁ、それ相応の対処はした」
「何? 」
男のまるで嘲笑うかのような物言いに、俺の苛立ちはこの瞬間、怒りへと変わった。男はそれすら面白がっているらしく、顔に浮かべた薄笑いがだんだんと本格的な笑みになっていっているのが分かる。
「そうだ。怒れ怒れ。怒ってその殺意を俺に向けろ」
「チッ。戦闘狂が」
「ああ! 俺は殺し合いが大好きさ! 命を懸けた殺し合いがなァ! 」
「狂ってやがる……」
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺の名は宮間司影。『秩序の護り手』のメンバーだ」
「俺の名は、龍海勇誠だ」
俺が名乗ると、宮間は途端に静かになり、それと同時にその場に一時の静寂が生まれた。
宮間の能力の詳細はまだ分からない。だが、現時点で分かってる事は、やつの能力は物体と自分を転移させることができるという点のみ。この事から、やつは空間移動系の能力者で間違いはないだろう。あとは、その発動条件だが……。
能力には、それぞれ発動条件というものが存在する。俺で例えれば、ロロとの『経路』が繋がっているか否かだ。そして、相手の能力の発動条件が分かれば、それは戦闘を有利に運ぶ上で大きなファクターとなる。
やつの能力の発動条件がもしも『任意の物体をどこにでも転移できる』だった場合、それは1番面倒なタイプになるな。そうだとは思いたくはなーー。
俺は思考をそこで中断した。いや、せざるを得なかった。
なぜなら、俺の右側の暗闇から突然ナイフが飛び出して来たからだ。俺はそれを瞬時に体を前のめりにすることで避ける。
「くっ! 」
「おお。良い察知能力だ。ほら、まだまだ続くぞ! 」
宮間は前のめりの態勢になっている俺に、今度は自分でナイフを投擲してくる。結構な速度で投擲されたそれは、的確に俺の額に向かってくる。
ちょっと無茶するか!
俺はむち打ち覚悟で思い切り首を右に傾けた。それが功を奏したのか、ナイフは俺の左頬を掠めただけで済んだ。
しかし、安堵する暇はなかった。
「何っ⁉︎ 」
なんと、俺の影から1本の槍が飛び出して来たのだ。俺はそれを避けようと、とっさの判断で先程直した態勢から今度は体を横に開くことで避けようとするがーー。
「ぐはぁッ……‼︎ 」
その試みは失敗した。
腹のど真ん中にこそ刺さらなかったものの、槍は俺の脇腹に深く突き刺さった。
ドサリとその場に膝をつく。血が流れ出ていくのが分かる。ショックと流血で、力が抜けていくのが分かる。
「オイオイ、もう終わりか? まだ楽しみはこれからだろうが」
「ち、くしょ……」
流石に足に刺さったりしたのとは訳が違うな。全身の力が抜けていくようだ……。
とうとう座っている態勢も維持できなくなった俺は、そのまま横に倒れた。
地面に流れ出た血が広がっていく。それと共に俺の意識も徐々に薄れていく。
「本当に勘弁してくれよ〜。何の為に俺がここで待ってたか分からなくなるじゃねぇか」
「クソ。体に、力が入らねぇ……」
「そうだ! 良いことを思いついた」
良いこと、だと?
薄れかけていた俺の意識は、宮間のその思わせぶりな言葉で若干回復した。
宮間は始めの時のような楽しげな口調で、とんでもない事を言った。
「あの娘を傷付けるなり殺すなりすりゃあ、お前もまた本気を出すかなぁ? 」
なっ‼︎ あの野郎‼︎
「ふざけるな‼︎ んな事させるかよぉっ‼︎ 」
俺はボロボロになった体を無理矢理動かす。手をつき、それを支えにしてまずは立つ。
そして、脇腹に刺さっている槍を激痛に耐え、何とか引き抜く。
「へえー。やればできるじゃないか」
「根性には、自信があるあるからなぁ……」
「そうか」
とは言ったものの、この傷じゃあ長くは保たない。何とかしてロロを起こさねぇと……。
だがどうする? 叫んでダメなら強い刺激を与えるしかないが、ロロの体に傷をつけたくはない。何か、ロロの意識を覚醒させる程の強力な刺激になるものは……。
時折明滅する意識の中で、俺は思考を巡らせる。記憶を掘り下げて心当たりを探す。
そして、俺は気付いた。
これだ……! これならロロは確実に目を覚ます!
俺は笑みを浮かべる。それを見た宮間が訝しげな表情を見せるが、俺は構わず叫ぶ。
「ロロー‼︎ ポテチがあるぞー‼︎ 」
「は? ポテチだぁ? ンなもんで目を覚ます訳が……」
「……ポテ、チ? 」
ロロはそう言って目を擦りながら起き上がった。
良かった! 目を覚ましたか!
「な、バカな……。ポテチで……? 」
宮間が目を丸くして驚いているが、この際無視だ。
ロロの様子に少し安堵した俺は、再び声高に叫んだ。
「ロロ‼︎ 聞こえるか‼︎ 」
俺が叫ぶと、その声に反応したロロがこちらに顔を向けて泣きそうになりながらも返事を返してくる。
「主‼︎ ロロはここです‼︎ 」
「ああ、分かってる‼︎ 起きたばかりで悪いが、『経路・接続』はいけるか? 」
「はい‼︎ いつでも‼︎ 」
「よし。それじゃ、いくぜ‼︎ 」
息を吸って呼吸を整え、ロロと2人で一斉に発声する。
「「『経路・接続』‼︎ 」」
その宣言と共に、俺とロロとの『経路』が繋がれる。それによってロロの能力を使えるようになった俺は、能力の一部を使って体の傷を治し、失った血液も完全とまではいかないが瞬間的に生成する。そして、その後は身体能力の強化を行う。
「これで、万全だ! 」
俺は宮間に向かって自信を持ってそう告げた。
すると突然、廃工場の壁が大きく破壊された。
「水……? まさか、青山か! 」
「そうよ。遅くなって申し訳ないわね」
壁に空いた穴からやけに偉そうに入って来た青山に俺は言う。
「何でそんなに偉そうなんだよ」
「さあ? それはあなたの頭に聞いてみたら早いんじゃないかしら? 」
「なんだと? てかお前、今まで何やってたんだよ。俺がここに入る前に『すぐ終わらせるから』、とか言ってたじゃねぇか」
「あー。遊んでたのよ」
良かったな宮間。お前にも仲間がいたぞ。
実際、この時宮間は少し嬉しがっていた。やはり仲間がいると嬉しいらしい。
「うわここにもいたわー。ならお前にも言ってやるよ。蛇の絵を描くのに足は要らないんだよ」
「何よ。普通に蛇足って言いなさいよ。それより、あなた大丈夫なの? 」
「ん? ああ。任せとけって! それと、青山」
「どうしたの? 」
「ロロの保護を頼む。なるべくここの敷地外まで連れ出してくれ」
「分かったわ。ロロちゃんは私に任せて」
「それと、ありがとな。お前がいなかったら、今頃、俺もロロもどうなってたか分からない。本当に感謝してる」
「なっ……。そ、そんな感謝されるような事、私やってないわよ⁉︎ ま、まあ、感謝されたのなら、その気持ちは受け取っておくわ! ど、どういたしまして」
青山は顔を真っ赤にしてそう言った。どうしたのだろうか。風邪か?
「ロロちゃん! こっちよ! 」
「ロロ。そいつについて行けばとりあえず間違いはない。俺は大丈夫だ。心配するな」
俺がそう言うと、ロロは青山の元へと走り出した。
俺は宮間が移動するロロを襲う可能性も考慮していつでも攻撃に移れるように身構えていたが、宮間はロロに襲いかかる素振りを見せなかった。
俺は、2人の気配が遠くなったのを確認してから宮間に問いかける。
「なぜ追わなかった? 」
「なぜ、か……。俺は元より仕事が嫌いだ。だから俺は、仕事をちょいと後回しにしてまずお前とケリをつける」
「ハッ。とんだ職務怠慢だな」
「そうかもしれねぇな」
「だが俺は仕事はきちんとこなすタイプだからな。さっさと終わらせるぜ! 」
言うなり俺は脚力強化で移動速度を限界まで高めて地面を蹴る。
「んな、バカな⁉︎ 」
突然、自分の目の前に俺が現れたことに驚愕する宮間に俺は余裕を持って告げる。
「俺にとってはただの移動だが、お前には空間移動にも等しく見えてるだろうな」
「くっ。なめるな‼︎ 」
宮間が左手でナイフを振るってくるが、遅い。
俺はその攻撃を簡単に否し、ガラ空きになった宮間の腹に強化した一撃をお見舞いする。
「オラァ‼︎ 」
「ウボハ……‼︎ 」
「まだまだ‼︎ 」
続いて横に回り込んでもう一撃腹に蹴り上げを食らわせようとした、が。
「食らう訳には、いかねぇなあ‼︎ 」
当たる直前に宮間は暗闇に潜り込んで俺の一撃を避けた。
こいつの能力。大体分かった!
「お前の能力、影や暗闇の中を移動するんだな! 空間移動系の能力は俺の苦手な能力第1位なんだよ! 」
言うと同時に、俺は少し離れた場所に出現した宮間との距離を詰める為、再び高速移動を行った。
「そうだろう。特にお前のように正面突破の戦い方をするやつにとってはな」
宮間はしたり顏でそう言いながら、再び暗闇に潜り込もうとする。
また能力か……。だが!
「させるかぁっ‼︎ 」
俺は若干残っていた宮間の右腕を掴んで、思い切り暗闇から引っ張り出す。
「な、それは反則だろ⁉︎ 」
能力による移動が強引にキャンセルされて焦る宮間に俺はこう言った。
「ケンカに、反則がある訳ねぇだろ! 」
硬く拳を握り締める。
「まさか、この俺が、負けるってのか? 」
拳を振り上げて構える。
「ああ。お前の負けだ! 宮間! 」
そして一気に振り抜く。拳は宮間の顔にストレートに突き刺さった。
「ぐああああああああ! 」
宮間は絶叫をあげて後方に3m程吹き飛んだ。
聞こえているかは分からないが、一応宮間に向かって言っておく。
「命までは取らない。さっきケンカって言っちまったからな」
「……………」
言った後、俺は廃工場から出て(近場にあった大穴から出て)、ロロと青山に無事に宮間を倒した事を伝えに行った。
「よお。帰ったぜ」
「どうもおかえりなさい。てっきり死んだかと思ったわ」
「縁起でもないことを言うなよ。俺は死なねぇって」
「それだけ服を血まみれにしておいてよく言うわ」
「うわ、結構付いてるなぁ〜。絶対落ちないな、こりゃ」
俺が制服のことを心配していると、体に、ポフっと表現できそうな感じの小さな感触が伝わった。
その正体は他でもない。ロロである。
「うお、どうした? ロロ」
「主……。勇誠! 」
そう言ったロロは、なぜか泣いていた。
俺は滅多に見られないその光景に若干困惑したが、とりあえず何か言わなければと思い、その場で思い付いた言葉を言ってみる。
「お、おいおい、どうしたんだよ。泣くなんて、お前らしくないぞ」
「ひぐっ。怖かったよぉ……。痛かったよぉ……。寒かったよぉ……。寂しかったよぉ……」
泣きながら、ロロは俺にそう言った。いつもの敬語も忘れる程に、こいつは混乱していたんだろう。
怖い。痛い。寒い。寂しい。中でも『寂しかった』という言葉が、俺の心に深く突き刺さった。
確かに、俺はよくロロを1人で家に残すことが多かった。そのたびにロロは二つ返事で了解していたから、俺はついそれに甘えてしまっていた。
だが。
そうだよ。こいつもまだ子供なんだよ。まだ体の小さい、子供なんだ。それが家に1人ぼっちにされて、寂しくない訳がないじゃないか!
「……………。そうか。怖かったな。痛かったな。寒かったな。寂しかったな。その気持ちを分かってやれなくて悪かった」
「ごめんなさい。私、家を守られなかった。だから、私、お家出るね。約束、守れなかったから」
「なっ」
『家を出る』。そう言ったロロの瞳は不安と罪悪感に揺れていた。
そんなこと、良い筈がない!そんなこと、させる筈がない!
俺は涙目で見上げてくるロロの肩を掴んでこう言った。
「お前は、家を出なくて良い」
「どうしてですか? 私は、約束を守れなかったから、家にいたらいけないんじゃないの? 」
ロロは涙声で反抗するように言った。その様子から、無理をしているのはバレバレである。
俺はそれが少しおかしくて微笑んだ。
「な、なんで笑ってるの? 」
俺は無言でロロの頭を撫で、ロロとの目線を合わせる為にその場にしゃがんだ。
「確かに、お前は約束を破ったかもしれない。だけど、その後に行くあてはないだろ? 」
「う……。ない」
「だったらこんな小学生みたいに小さな女の子を路頭に迷わせる事はできないし、何より、俺もロロと約束したからな」
「約束? 」
「ああ。お前を絶対に守ってやるって約束したからな。まあ、それが今回は守られなかった訳だけどな、ハハッ」
「本当に」
「ん? 」
「本当に、ロロは、あの家にいても良いのでしょうか? 」
落ち着いてきたのか、ロロは元の敬語に戻っていた。
「ああ。あの家こそが、お前の今の居場所だ。だから、一緒に帰ろうぜ? 」
「……! はい! 主! 」
ロロは満面の笑みを浮かべてそう言った。
その笑顔に不覚にもドキッとしてしまったことは、ロロには秘密にしておこう。
「と、そうだ青山」
「どうしたの? 」
「いや、これからお前はどうすんのかなって思ってさ」
「私は支部長に今回の件についての報告とか色々あるから、まだここにいるけど」
「あーそうか。それじゃ、俺とロロは先に帰っとくぜ」
「え、あ……。そう」
「どうしたんだ? 」
「いえ、別に何でもないの、何でも。それじゃ、また明日に学校で会いましょ? 」
「おう。じゃあな」
俺は青山に手を振ってその場を後にした。
時計を見てみると、日付がもう変わっていた。そこで、ふと俺は思い出す。
あれ? 宿題、やったっけ?
「や、やってない! ヤバい! 教師に殺されるぅぅううう! 」
「どうしたんですか? 主」
「ロロよ。今はそんなにニコニコしている場合じゃないんだ。俺の命が関わっているんだよぉ! 」
「主。おんぶして下さい。ロロはそろそろお眠の時間です」
「な……」
なん、だと……。おんぶ、だって……?
俺は宿題が終わらないというリスクとロロが甘えん坊になっているという滅多にないシチュエーションとを瞬時に頭の中の天秤にかける。すると、即座に結果は出た。
よし。ロロをおんぶしよう。
「ほい。乗っていいぞ」
俺はしゃがんで言った。
「はい。主……」
かなり眠そうな口調で言って、ロロが俺の背中に密着してくる。
おお。柔らかい。体全体の感触もそうだが、意外にも胸の方も存在感があるじゃないか。うん。なんというかこう、素晴らしいものがあるよね!
こんな事を思っているあたり、俺は俺自身をたまに『ロリコンなのではないか? 』と疑ってしまう。
「主。変な事を考えていますね」
なぜ分かった⁉︎ まあ、天下のロロ様だから仕方ないか。
「考えてねぇよ」
俺は一応、ロロにそう言っておくことにした。
「あ、そうだ、ロロ」
「くー……、くー……」
「もう寝たのかよ。寝つき良すぎだろう」
そして、俺とロロはそのまま家に帰り、俺は教師の恐怖に苛まれながらも床に就いた。
こうして、今回の騒動は幕を閉じた。今回の事で、俺はロロの気持ちを知ることができたが、まだまだロロについては分からない事が多い。能力についての事がほとんどなんだが、まあ、それはまたおいおいロロ本人にでも聞くとしよう。
明日、生きていられると良いなぁ。
ーchapter1 endー




