4章 アブダクション・プリンセス
《第4章》
払いを四神に任せて先に店から出た俺は店内と外との気温差に思わず身を震わせた。もう4月も後半だというのに未だ夜は肌寒い日がある。試しに息を吐いてみたが、さすがに白くはならなかった。
そして、俺は1度深呼吸をして先程交わした契約を頭の中で繰り返す。
俺とロロが『セイヴァー』に加入する代わりにあいつらは出来る限り俺とロロを護る、か。とりあえずは一安心ってところだな。
そう思った俺は改めて安堵した。
「いやー。中々美味かったねえ、この店は」
「はい! また来たいですね! 」
どうやら支払いが済んだらしい。四神と青山が楽しそうに話しながら店から出てきた。すると、ドアのすぐ側で四神が突然青山に耳打ちし始めた。
ん? なんだ?
話を聞いている青山がチラチラとこちらを見ていることから四神が俺に関しての何かを青山に言っているのは分かるが、向こうが声を潜めているためまったく聞こえない。ロロの能力で聴力を高めて聞こうと思ったが、申請を出す前に話は終わり、青山がこちらに小走りでやって来た。
俺の正面に来た青山が言う。
「あなた、今携帯は持ってるわよね? 」
「ああ」
「突然で悪いけど、メールアドレスと電話番号を交換しましょう? 」
「え? 」
「これからは同じ組織に所属することになるんだから連絡手段が必要でしょ? だから、メールアドレスと電話番号を交換しましょうって言ってるの」
素晴らしいご提案ですね!
「あ、ああ。分かった。連絡用だな、連絡用」
「? 」
俺の反応に首を傾げる青山だが、あいつは俺みたいなありふれた男子高校生が青山のような美少女とメールアドレスと電話番号を交換するという一生に1度あるかないかのイベントの意味を分かっていないらしい。よし、明日にでも速水のやつに自慢してやろう。
「あなたの携帯貸してくれる? 」
「ああ。ほい」
「ありがと」
俺の携帯を受け取った青山はそこに自分のメールアドレスと電話番号を慣れた手つきで入力していく。
「はい。終わったわ」
「お、おう。サンキュな」
そして、青山から携帯を受け取った俺は心の中でガッツポーズをした。
どうだ速水よ。俺は、俺はとうとう美少女の連絡先を入手したぞ!
すると、青山が俺を蔑んだ目で見て言った。
「何ニヤニヤしてるのよ気持ち悪い。しかも、美少女がどうとかって思いっきり口に出してるし」
「なんだとっ⁉︎ 」
「何よ、その反応。全然面白くないわね」
「お前は俺に面白いリアクションを期待してたのかよ! そんなこと分かるかよ! 」
「そのツッコミは面白いと思うわよ? 」
「なんで上から目線なんだよ」
俺が言うと、青山はクスクスと笑った。
オイオイ。止めてくれよ? ボケはロロ1人で十分なんだ。流石にお前はボケサイドにまわったりなんてしないよな?
俺がそんな不安に苛まれていると、四神がこちらに向かって歩きながら言った。
「君達。漫才はそこらへんにして、そろそろ帰らないとご両親が心配してるんじゃないかな? ま、この時間まで付き合わせた僕が言うのも何だがね」
そう言われて携帯で時間を見てみると、時間は午後9時半を示していた。普通の家庭なら心配どころか帰った途端に怒られる程のレベルだろうが、生憎、俺の家には今親はいない。父は俺が小さい頃に事故で行方不明になっており、母は県外に出張中だからだ。
しかし、そうは言ってもロロには怒られるだろうが。
「青山の家は門限とか大丈夫なのか? 」
「ない訳じゃないけど、ウチは基本放任主義だからキチンとすることをしていれば特に何も言われないわ」
「ちなみに僕の家にも門限はないよ。なぜならーー」
「独身だからだろ? 」
「ああ、もちろん! って、そこは言わないで欲しかったなあ〜。テンション下がるからなあ〜。色んな意味で」
「ならネタにするなよ」
俺はそう言って、主に呆れからため息を吐いた。そして、踵を返して言う。
「じゃあ、またな。今日は楽しかったぜ」
「ええ。それと、メールアドレスと電話番号はあくまでも連絡用だから。勘違いしないように」
「そうだね。収穫になったし、何よりとても楽しかったよ」
2人の言葉を聞いた俺は、背中越しに手を振ってそれに応え、帰路についた。
あ、結構決まったんじゃね?
「あんまりかっこよくないわね」
「僕もそれに同感だね」
その際、小さく何か聞こえた気がしたが特に気には留めなかった。
○ ○ ○
「さて、ロロに何と言い訳したものか」
現時刻、午後10時05分。
先程言ったとおり俺の家に門限はないが、それでも限度というものがある。その限度はロロの気分で変わるのだが。
俺がもっともらしい言い訳を考えながら家のドアノブを回す。すると、
「開いてる? 」
なぜ?
ロロは自分が狙われていることもあって、とても用心深い一面があるためこういった戸締りなんかは確実にしている。いつかは忘れたが、家全体を結界で覆っていたこともあった。それほど用心深いあいつが家の鍵を閉めていないなんて。
俺はドアを開け、とりあえず中に入ることにした。玄関で靴を脱ぎ、リビングに顔を出す。すると、そこには荒らされ、電灯がチカチカとまたたきを繰り返している薄暗いリビングとーー
「ロロ‼︎ 」
服を血で濡らし、床に力なく倒れているロロの姿があった。
俺は急いで駆け寄ろうとしたが、その行動はいつの間にか俺の右足の甲を貫通して床に突き刺さっている1本のサバイバルナイフによって止められた。
「う、ぐああッ⁉︎ 」
「あー、待った待った。とても待たされたよ。随分と遅かったじゃないか龍海勇誠」
「な、に……? 」
右足の激痛に耐えながら声のした方を向くと、そこには黒のロングジャケットに黒のネクタイに黒のシャツ、そして黒のズボンといったまさに全身黒づくめの見知らぬ若い男がイスに座っていた。
「お前……、誰、だ? 」
「簡単に言えば、そこの女の『力』を狙っている組織の人間だ」
なんて分かりやすい自己紹介だ。
男は続ける。
「今日はそこの女をもらいに来ただけなんだ。んじゃ、用は済んだからとっとと帰らせてもらうぜ」
「くっ! させ、るかぁっ! 」
俺は言葉にならないほどの激痛を無視して右足を振り上げ、床からナイフを抜く。そして、そのままの勢いでナイフの柄を掴み、男の腿めがけてそれを投擲する。敢えて腿を狙ったのは相手の機動力を削ぐためだ。
投擲されたナイフが男の腿の皮膚を裂き、まさに突き刺さろうとしたその時。ナイフは男の腿に突き刺さることなく『途中でその姿を消し』、いつの間にか男の手に握られていた。
「なっ……! 」
俺が驚愕に目を見開くと、男はそれを面白がるようにうっすら笑みを浮かべ、先程のナイフを手元でクルクルと回す。
「まあ、そういうことだ。いくらお前の能力が強かろうが、闇の存在する世界でお前が俺に勝つ術はない。悪いが、こっちも仕事なんでね。お姫様はいただいてくぜ? 王子様」
「な、待て‼︎ くそ‼︎ 足が……」
さっき無理矢理ナイフを足から引き抜いたのが悪かったのか、右足の神経が麻痺して動かない。さらに、血もドクドクと流れて止まらない。すぐさまロロと『経路』を繋いで治療しようかと思ったが、ロロの意識が完全に途絶えているため『経路』を繋ぐことができなかった。
男はそんな俺を鼻で笑って、ロロを肩に担ぎ上げる。
「フン。じゃあな。王子様」
男はそう言ってぐったりしているロロと共に文字通り闇の中に消えていった。
「く、くそおおおおおおおお! 」
後には俺の無様な叫び声と床を殴る音だけが残った。




