12章 あの日、二人は
「があッ!? 」
フローゼンの発する極寒の冷気が、熱伝導率の高い金属を瞬時に伝い、俺の腕を一気に凍らせる。
皮膚が内側から裂かれる様な猛烈な痛みに、まだ凍り付いていなかった痛覚が反応し、視界がチカチカと明滅する。
「そろそろ君の腕も完全に凍る頃かな? ハハッ。だとすれば僕の勝ちだ。僕は君の腕の組織の壊死が君を蝕んでいくのを待てば良いだけだし。いや、それより前に範囲内にある物全てを凍らせる『静止する銀世界』が君を凍らせて終わりかな? 」
「へっ。その選択肢に、自分が負けるってのも付け足しといた方が良いと思うぜ? 」
「まあどちらにせよ、君達の負けに変わりはない。僕はさっさとケリを着けてあの女を殺しに行く」
明確な、ドス黒い殺意を剥き出しにしてこいつは言う。
なんだ? こいつは、何故こうまでしてアイーシャを殺そうとするんだ?
どうしてもその疑問が頭から離れない俺は、フローゼンに聞いた。
「なあ。お前はどうして、そうまでしてアイーシャを殺そうとしてるんだ? あいつがお前に何かそれだけの事をしたって言うのか? 」
「当然だ! あいつは、仲間を裏切った上に見殺しにした最低な人間だッ。僕には、そんなあいつを裁く義務があるッ」
突然ヒステリックに言い出すフローゼンの瞳は、もうまともな光を放っておらず、狂気と殺気で満ち満ちていた。
ちょうどいい。こいつは使えそうだ。
「へぇー。良かったらよ、ちょいと教えてくれねぇか? その、アイーシャがやってきた事について」
「フン、まあ良いだろう。君が凍るまでの間、あの女の事について話してやろうじゃないか」
「あの部屋での出来事からずっと考えていたのですが、あなたはどうしてあの人達に命を狙われているのですか? いえ、この際野暮な事は聞きません。私に、過去に何があったか話してください」
「う〜ん、でもまだ『生成』まで時間があるから、それまでの間話してあげるわね〜」
アイーシャは、掌の上で『生成』をしながら、躊躇いがちに話を始めた。
「…………実はね〜、私は元からこの組織に居た訳じゃないの。私は初めはーー」
「あの女は初め、『秩序の護り手』に所属していた」
な、に……?
俺はこの時、あまりの衝撃にとても変な顔になっていたと思う。フローゼンは気にせず続ける。
「今から六年前、あの女は僕とほぼ同時期に組織に入った。当時は今とは違って無口だったが、実力はその時から群を抜いていた。受けた“仕事”は必ず果たし、どんな戦場からも必ず戦果を挙げて帰って来る。僕も皆もそんなあいつに憧れていた」
「あの時から色んな事をやってきたな〜。て言っても〜、内容はどれも『誰々を撃て』とか『どこそこの拠点の要所を落とせ』とか、そんなのばっかりだったけどね〜。でも〜、そんな事ばっかりだったのに、あの時はやり甲斐すら感じてたんだもの。ほんと怖いわよね〜……」
「いつも一人で出て、いつも一人で帰って来た。もちろん何もかも完璧にこなしてな。そしてある日、絶好調だったのかどうかは分からないが、そんなあいつの元に当時僕がいた小隊との合同任務の話が舞い込んで来た」
だいぶ体の感覚が鈍ってきたなぁ……。だが、まだ意識を飛ばす訳にはいかない。
「まさか、その任務が……? 」
フローゼンは、嫌な記憶を思い出したのか歯をギリと噛み締めて瞳に力を込めた。
「そうだ。その任務で、あいつは罪を犯したんだ……! 」
「その任務で、私とあそこにいる彼以外の人間はみんなーー死んだの」
黙って話を聞くロロに、アイーシャは自虐気味に笑う。
「その任務の前ぐらいだったかしら〜? それまで何も無かった私に〜、生きたいって思いが生まれたのは〜」
「その任務は、敵拠点の制圧だった。そこは規模がデカイ拠点だったから、敵の戦力が集まっている事は確実。そんなところをたったの一小隊と一人で制圧しろって言うんだから、よくよく考えればその任務事態もおかしな物だった。でも、そんな状態にあっても、あいつの存在は僕達の支えだった……! なのに……、それなのにあいつはッ! 仲間を裏切って、自分一人だけ敵に下った! 」
「それなりに自信はついてたと思うんだけど〜、それでも、いざ拠点の前まで来てみたら直感で分かったのよ〜。ああ、ここで私は死ぬんだって。実際、何度か死にそうになったわ〜。でもね〜、もうダメだ〜って思った時に、現れたのよ〜」
敵に、下った?
「おい、それっていつ頃の話だ? 」
「今から、三年前だ」
三年前。それは、アイーシャが極東支部に支部長に連れてこられた頃だ。
あの時の事はすごく衝撃を受けたから今でも覚えている。
あの時支部長は、「出張先で面白い子を見つけたから、つい連れて来てしまったよ」と言っていた。
当時は『出張先』というのがどこかは知らなかったが、もし、そうだとしたら?
俺は疑問に思った。
普通、そんな大規模な拠点を制圧しようと思っているのなら、しっかりと下調べは行っているはずだから、敵の戦力も全てとは行かずとも大まかな物は分かっていないといけない。
そこに敵の大幹部がいるとなれば、それこそ伝えられなければならない情報だ。
「任務の情報。特に、敵戦力についての情報はその時伝えられていたのか? 」
ここでこいつが肯定すれば、俺の疑問は解決される。同時に真実にも近付いてくる。
だが、その真実はこいつにとっては辛い物になるだろう。
フローゼンは、その氷の様な表情を変えないまま、淡々と告げた。
「いいや、伝えられなかった」
繋がった。
その一言で、俺の中の疑問が全て繋がった。
偶然、ではなかったのだ。
こいつらが攻めたという拠点に、“偶然”、四神がいたのではない。確かにこいつらにとっては“偶然“だっただろうが、そんな情報、組織の上層部が知らなかったはずが無い!
そうか。そういう事か。
「フローゼン」
伝えなければならない。
もしかしたら、伝える事で避けられるかもしれない。
俺は、様々な思いを込めて言葉を紡いだ。
「体中にケガをして、もう息も絶え絶えだった私に支部長は言っくれたの〜。『生きるんだ』って。たった一言だったけど〜、その時の私には最高の救いだったの〜」
そう話すアイーシャの瞳には、後悔と自責が宿っていた。
「はぁ……? 君は一体、何を言ってるんだ……? 」
「もう一度言う。お前らはその時も、そして恐らく今この瞬間も、組織に捨て駒として使われてる」




