8章 開戦
《第8章》
「そうか。やはり『あいつ』は認めなかったか」
「はい。では、いかがいたしましょうか? 」
「それは俺に聞く事ではない筈だぞフローゼン。俺はあの女に興味は無いが、お前は何かしらあの女に私怨を抱いているのだろう? 」
「そ、それは……」
「ならばお前の好きにすれば良い。俺は手を出さん」
「はい」
そして、ある部屋から出たフローゼンは、1度大きく息を吐き、携帯電話でかつて『彼女』によって自分と同じ思いをした仲間達に連絡を入れた。
「お、来た来た」
すると、2分と経たない内に次々と携帯電話に賛同の連絡が殺到し、最終的に賛同した人数は30人超。それを確認したフローゼンは不敵な笑みを浮かべた。
「待っていろ。アイーシャ=ハリソン。貴様に僕達が受けた痛みを思い知らせてやる」
○ ○ ○
「連絡はついたかい? 」
「はい。すぐこちらに向かうそうです」
「よし。ならもう安心だね。それじゃ、彼らが来るまで待とうか」
四神はそう言うと、見ただけで座り心地が良いと分かる高級そうな椅子に深く座り、机の下から缶のカクテルを取り出して呑気に飲み始めた。思わず「それどこから出したんだよ」と、聞いてしまいそうになったが、それよりも重要な事があるので先にそちらについて聞く事にした。
「四神。さっき言ってた猟犬って何だ? 人の名前か? 」
「名前と言うか、コードネームみたいなものかな。彼はとても優秀でね、過去にどこかの組織の部隊を2つほど相手にして勝利した事があるんだ」
「そりゃすげえな。1度戦ってみたいな」
「それは無理ね。あの子、人見知りが激しいから」
青山は「お手上げ」とジェスチャーも加えて言った。青山の表情からも察するに、猟犬の人見知りはかなり重度らしい。猟犬なんてコードネームからは想像もつかないが。
俺はもうすっかり元の調子に戻ってロロで遊んでいるアイーシャに言った。
「ところで、アイーシャはどうしてあんな奴らに狙われてるんだ? 組織が個人を狙うって、相当な事をしないとそうそう起こらないだろう? 」
「そうね〜。私の場合、狙撃がお仕事だから〜、その報復? って考えるのが妥当かな〜」
この際、アイーシャが人差し指を頬に当ててかわいさを強調しながら(実際かわいい)物騒な事を言っているのは一旦置いといて。なるほど。やっぱり恨みから来る復讐で間違いは無さそうだ。
「聞いて良いのか分からんが、これまで何人ぐらい撃ってきたんだ? 」
「100人は超えてると思うな〜」
いつもの間延びした声に『100人』という人数がそうでもないように感じてしまいそうになったが、思考をクリアにして考えると、それがただでは済まない人数だという事が分かる。
この分だと、向こうが何人で来るか分かったもんじゃないな。最悪、100人に近い数が来るかもしれないって事か……。骨が折れそうだ。
俺は、いつの間にか2本目に手を掛けている四神に言った。
「四神。お前は参加しないのか? 」
「僕は参加しないよ。ここに影響が及ぶようなら考えるけど、君達がいるからそれは無いと思ってる。僕は君達を信じているよ」
「とかキレイな言葉並べて、実は面倒なだけじゃないのか? 」
「ところで、彼らに勝てる自信はあるかい? 」
図星かよ。
「まあ、どれだけ人数が来ようが負ける事は無いという自信はある」
「結構。と、そろそろ到着する頃かな? 」
四神が3本目を開けようとしたところで、コンコンとドアをノックする音がしてドアが開いた。そこから少年と、少年の後ろに隠れるようにしてロロと同じくらいの身長の少女が入って来た。俺は少女の方は見覚えが無かったが、少年の方には見覚えがあった。と言うか、見覚えがある程度ではなく、土日以外は必ず顔を見てアホみたいな話をして盛り上がる親友レベルの人物だった。
「お前、速水か? 」
「あ、龍海! お前こそどうしてここに!? 」
「まあ、つい最近ここに入ってな。て事は、まさかお前も? 」
「ああ。つっても、俺が入ったのはだいぶ前だがな」
「へえー」
俺は速水の言葉に適当に返事をすると、未だに速水の後ろに隠れている少女に視線を移した。すると、一瞬だけ少女と目が合ったが、少女はさらに速水の後ろに回ってしまった。どうやら相当な人見知りらしい。
確か、猟犬もかなり重度な人見知りと聞いたがまさかこの娘じゃないだろう。組織の部隊2つを相手にしてなお勝利するという役には到底向いていないしな。
「支部長。猟犬が到着しました」
「うん。じゃあ、猟犬ちゃん。作戦内容を伝えるから悪いけどこっちに来てくれるかな? 」
と、四神が手招きをして言った。
ん? ちょっと待て。猟犬『ちゃん』? 今、『ちゃん』って言ったか?
困惑する俺に、青山がオドオドしながら前に出るまだあどけなさの残る少女を見ながら言った。
「信じられないかもしれないけど、あの娘が猟犬よ。彼女自信も能力者だけど、能力不使用の白兵戦なら私に匹敵するかそれ以上の実力よ」
「マジかよ。だとしたら猟犬なんてコードネーム、余計似合わないぜ」
「猟犬のコードネームの由来は、もちろん彼女の見た目じゃなくて、彼女の戦い方から来てるの。それはねーー」
「それは、乃愛の戦闘スタイルが、まるで猟犬のように命令を忠実に実行し、獲物を確実に仕留めるからさ」
と、速水が説明したが青山は自分の役割を取られた為にむくれている。だが。
「乃愛ってあの娘の事か? 」
俺が、四神の隣で作戦の説明を受けている少女を見ながら言うと、速水は頷いた。
「ああ。俺の自慢の妹さ」
「妹ねぇ〜。どうりでお前の後ろに隠れ…………。て、え? 妹? 」
「そうだぜ。あれ? 言ってなかったっけ? 」
「今初めて聞いたわ! それを聞いたら急にあの娘にお前の影響が及んでないか心配になってきたぜ……」
「いやいや! お前は俺を何だと思ってんだ? 俺がいくら変態だからと言って、実の妹に手を出さない程度には節度は保ってるつもりだぞ!? 」
猛抗議する速水に俺がなおも疑いの目を向けると、速水はしゅんとなって黙り込んでしまった。こいつのメンタルが弱い事は知っているつもりだったが、ここまで弱いとは思わなかったぜ。
そうしていると作戦の説明が終わったらしく、少女ーー乃愛は再び速水の後ろに戻っていった。どうやらそこが定位置のようだ。
すると、四神が3本目のカクテルの残りを飲み干してその場に立ち上がって言った。
「今回の作戦を伝えるよ。各自、敵を発見し次第迎撃に当たってくれ。後、絶対に死ぬな。危なくなったら無理はしないこと。以上」
「おいおい。そいつは作戦なのか? 」
「だいたいこうだから、その内慣れるわよ」
「まあ、いつもの事だな」
「そうね〜」
「…………」
四神のそのおよそ作戦とは言えない作戦に俺が半笑いで反応すると、各々がフォローを入れる。その様子から、四神が結構な信用を獲得している事が伺える。俺は小さく笑うと、踵を返した。
「そんじゃ、行って来るぜ」
「行ってらっしゃい。幸運を祈るよ」
俺は四神の言葉を受けて部屋を後にした。
○ ○ ○
「さて。こちらも準備を進めようか」
四神は、自分以外誰もいなくなった部屋で、独りコンピューターに目を向けて言った。
「猟犬ちゃんにはああ言ったけど、別働隊を1人で相手にするのは厳しいだろうからね。こちらも別働隊を向かわせるとしようか」
そう言って、四神はキーボードを叩き始めた。
「やれやれ。君は変わらないね。小を犠牲にして大を取る。実に合理的なやり方だけど、もし『小』が自分の部下だとしても結果的な『大』を取る為なら迷わず切り捨てる。今回の彼らは陽動で、捨て駒でしかないんだろう? それで本命はここの攻撃を任された別働隊、と。まったく、僕は昔から嫌いだよ。そのやり方」
○ ○ ○
「ふーん。ここって外見は普通の商業ビルなんだな」
外に出た俺の口から出た言葉は、作戦の意気込みではなく支部の外見の感想だった。ここから分かる通り、俺はこの作戦を実行するにあたって、ほとんど緊張していなかった。
「ええ。カモフラージュみたいなものよ」
青山が俺の感想に補足していると、乃愛は速水に耳打ちをしてどこかに走り去っていった。彼女は彼女で役割があるのだろう。
ちなみに、この場にいるのは俺、青山、速水の3人で、ロロはアイーシャと一緒に転移結晶でここから離れた狙撃ポイントへ移動している。
そうしていると、速水が携帯電話を取り出して誰かに電話をかけ始めた。
誰にかけてるんだ?
「ハーイ。速水でーす。ところで、今日は何色のぱ……、あ」
すると、速水は耳から携帯電話を離して言った。
「今日は何色のパンツはいてるのか聞こうとしたら切られちまった……」
「当たり前だアホ。もっかいかけ直せ。今度はちゃんとしろよ? 」
「へいへい」
速水は適当に返事をすると、もう1度電話をかけた。
「ハーイ。速水でって、ちょっと待って! 今度はあんな事聞かないから!! うん。うん。そうなんだよ。今から『お仕事』が始まるから、いつもの頼むよ。はい。それじゃ」
そして、速水は携帯電話をしまった。
「誰にかけてたんだ? 」
「うん? ウチの仲間さ。街に被害が出ちゃいけないから、ここら一帯を結界で覆ってくれるように頼んだのさ」
「結界か。それはどれくらいの大きさなんだ? 」
「縦は宇宙と成層圏との境まで、横は半径約30Kmの超ビッグな結界だ。この規模の結界をあいつはーー」
「2人共!! 」
速水が『超ビッグ』を体全体で表現しようとした時、それを遮るように青山の声が響いた。
途端に速水の雰囲気が変わる。速水は前方を睨みつけながら言った。
「来たか……」
俺もその視線を追う。すると、視線の先からざっと40人程の集団が迫ってくるのが見えた。
向こうも俺達を確認したのか、集団の先頭の人物が歩みを止める。その人物には見覚えがあった。
「フローゼン! 」
「やあ諸君。と言っても、出迎えはたった3人か。でも良いよ。君達の死を、我々の復讐の始まりとしよう!! 」
フローゼンの言葉と同時に、その周りからも男や女が雄叫びが上がる。それを聞いて、俺達3人は改めて気を引き締める。
「『経路・接続』」
俺が宣言すると、体の底から力が湧き上がる感覚が生じた。
これで準備は万端!!
「さあ、ーー開戦だ」




