3章 アイーシャ=ハリソン
《第3章》
「お、女の人? 」
「そう。綺麗なお姉さんよ〜」
狙撃手は痛みに顔を歪めながらもゆったりとした口調を崩さずに言った。
いや、この状況は誰がどうみても俺が襲ってるようにしか見えないよな。離した方が良いのだろうか……。いやいやいや! 待て。こいつは狙撃してきたんだ。このまま離したらまた狙われる可能性がある。
俺は狙撃手に問いかける。
「答えろ。アンタは一体、どこの組織の人間だ? 」
「答えないって言ったら〜? 」
「質問を質問で返すな」
「やっぱり乱暴するのね〜」
「何でそっち方面に持って行こうとするんだよ! 」
あー、調子狂うぜ。だが、こいつがまともに話を聞く気が無いってことが分かった。もしかしたら、この態勢に問題があるのかもしれない。
そう思った俺は、一旦狙撃手を離すことにした。
解放されたことによって一時的に自由となった狙撃手はその場に立ち上がり、怪訝な顔をして俺に言う。
「どうして離してくれたの〜? また〜、ぼくに襲いかかるかもしれないのに〜」
「あんな態勢じゃあ、話し辛いかと思ってな。俺は向かい合って話をするのが好きなんだよ」
「やっぱり優しいというか、お人好しなのね〜」
「まあ、自覚はある」
「へ〜。正直な子は〜、お姉さん、好きだな〜」
そう言って、狙撃手は俺の胸を指でなぞる。
ふ、フフ。そ、そんなので俺が誘惑される訳ない。まったくバカめ。
「やめろ。そんなことをしたって、俺はお前を逃がしたりはしない。質問に答えろ」
「え〜。お姉さん逃げたいんだけどな〜」
「ダメだ」
ヤバイ。やめてくれ。そうやって上目遣いで、そんな甘ったるい声で喋らないでください! 俺の理性をどれだけ削りたいんだ!
自然と顔が赤くなって、体温が上昇するのを感じる。何ていうかもう、完全にペースに呑まれていた。
すると、狙撃手がトドメと言わんばかりに俺の耳元で甘く囁く。
「逃がしてくれたら〜、お姉さんが良いことしてあげる〜」
良いこと、だと……⁉︎ それは随分と気になるお言葉でーー、
「龍海いいいいいい‼︎ 」
「え? 」
俺が危うく「逃げて良し」と言いそうになったところで、バン! と、屋上の扉が吹き飛ぶのではないかという勢いで突然開け放たれたかと思うと、中からこの上なく怒った顔をした青山がずかずかと歩いて来た。
ちょっと待て。さっきまで学校にいたよな? いや、これは、グッドタイミングと言うべきなのだろうか?
そう思った俺は親指を立てて言う。
「青山、グッドタイミング! 」
「グッドタイミングじゃないわよ! 何簡単に籠絡されかけてるのよ、このバカ! 」
「バカとは何だバカとは! ちゃんと取り押さえただろうが! 」
「離したら意味ないでしょう⁉︎ 本当にバカねあなた」
青山はそう言って呆れた表情を浮かべた。
狙撃手はというと、青山の顔を見て笑顔になっていた。
どうしたんだ?
すると、狙撃手は何を思ったのか突然青山に抱きついた。
「あ〜ん、美春ちゃんこんにちは〜! 」
「あ、アイーシャさん⁉︎ 」
抱きつかれた青山は驚いてはいたがその狙撃手のものと思しき名前を言ったあたり、何らかの繋がりがあるのだろう。
そう考えた俺は、青山に問う。
「青山、もしかして知り合いか? 」
問われた青山はアイーシャと呼んだ狙撃手を引き剥がしながら答える。
「ええ。まあ! 知り合いというか、私の先輩! 」
「先輩? 」
「もう! そろそろ離れてください! 」
「あら〜。恥ずかしがり屋さ〜ん」
狙撃手は残念そうにしながらも青山をハグから解放した。青山は乱れた服装を正しながら狙撃手に言う。
「アイーシャさん。龍海に自己紹介してください」
「は〜い」
そして、狙撃手は笑顔で俺を見て言った。
「龍海君。初めまして〜。アイーシャ=ハリソン18歳で〜す。国籍はイギリスで、狙撃手やってま〜す。能力名は〜、『銃器創造』。能力は〜、『あらゆる火器、重火器を創造する』よ〜。そうね〜。あと言うとしたら〜」
何だか喋りがゆっくりで眠くなりそうだ。
すると、アイーシャは着ていたフード付きのジャケットをおもむろに脱ぎ始めた。
ちょ、ちょちょちょちょっと⁉︎ 何してんの⁉︎
そして、余裕のあるジャケットによって隠れていた部分が露わになった。
ジャケットの下は狙撃手らしい迷彩服を着ているが、何と言うか、よくフィットしている為、豊かなラインがくっきりと表れている。アイーシャは腕を組み、その豊かな胸を持ち上げるようにして言った。
「体には、自信あるかな〜? 」
それを見た俺は少々鼻息が荒くなるのと同時に、ある結論に至った。
この女、痴女だ……!
俺がそう思っていると、青山が怒った口調でアイーシャに言った。
「アイーシャさん。そういうのは止めてください……! 」
青山に制されるアイーシャは口に手を当てて青山をおちょくるように言う。
「あら〜。美春ちゃん妬いてるの〜? 」
「ち、違いますっ‼︎ そんな感情は持ってません‼︎ 」
「ふふっ。まぁ、そういうことにしといてあげるわ〜。それじゃあ、お姉さんこれから用事があるから失礼するわね〜」
そして、俺とすれ違う瞬間に、アイーシャは俺に耳打ちをした。
「あの娘結構繊細だから、色々気遣ってあげるのよ? お姉さんからのアドバイス♪ 」
「何のことだ? 」
俺が後ろを向いた時には、アイーシャは屋上から姿を消していた。
何だってアイーシャはあんなことを俺に教えたんだ? しかもあんな楽しげに。
「どうかした? 」
アイーシャが歩いて行った方を見つめる俺に青山は言った。それに俺は答える。
「いいや。何でもない」
「そ。じゃあ、行きましょ。下でロロちゃんが待ってるわ」
「そうか。というか、お前らどうやってここまで来たんだ? 俺でも本気出して6秒ぐらいかかったのに」
「それはロロちゃんの能力が異常なだけ。能力フル稼動で水圧最大にした水流に乗ってきたのよ。おかげで疲れたわ」
「そう。ご苦労さん」
俺はそう言って、青山の頭にぽんと手を置いた。すると、青山は顔をぼんっ、という効果音が付きそうな程急激に赤くして小声で呟いた。
「何でこんなこと急にするのよっ……」
「悪かったよ。急にはしない」
言って、頭から手を退ける。頭から手を退けても、まだ青山の顔は赤いままだった。
「んじゃ、降りるか。青山。ショートカットするか? 」
「私は遠慮しておくわ。普通に階段とエレベーターで降りるから」
「そうか。じゃ、俺は行ってくるぜっ‼︎ 」
俺は青山にそう告げて、屋上から跳んだ。
「うおおおおおおお‼︎ 」
そして、すぐに地面へと着地する。能力を使っている為大したことはないが、誰しも経験したことがあるであろう、少し高めの段差から飛び降りたりした時に生じる響くような足の痛み。それが今、俺の両足を襲っていた。
「ぐ、……ううう……」
さ、流石15階。痛みが半端じゃねぇ……!
「主」
うずくまっている俺に声を掛けたのはロロだ。
「うぐ……。おお、ロロ……。どうした……? 」
「どうしたもこうしたもありません。またいやらしい行為に及んでいましたね? 」
「おいおいロロさんよ。それじゃ、俺がよくいやらしい行為に及んでいるみたいに聞こえるだろうが」
「今日の保健室でのアレは違うとでも? 」
ロロさん、冷ややかな目!
「ち、違わないが、今さっきのは俺から仕掛けたんじゃない! 俺が言い寄られてたんだよ! だから俺は今回は一切悪くない! 信じてくれ! 」
「言ってませんでしたか? 『経路』を繋いでいる間は感情や思っていることや考えていることが常に共有されるんです。だから、先程主がどのような感情を抱いて戦闘を行っていたかロロには筒抜けですよ? 」
初耳だあああ‼︎ そんなこと初耳ですよロロさん‼︎
「そうですか。初耳ですか。あ、ちなみに今のも全部筒抜けです」
「いやあああああ‼︎ 早く! 早く『経路』を切ってくれええええ‼︎ 」
「主は私と繋がっているのがそんなに嫌なのですか……? 」
「上目遣いでそんなこと言うな! 意味深になるから! てか、あざといのは分かったから早く切ってくれ! 」
「仕方ないですね」
ロロがそう言うと、俺の体の中を流れる力の奔流が唐突に姿を消した。ロロが『経路』を切ったのだろう。
あー怖ぇー。まさか『経路』にあんな力があったとは。これからは気をつけよう。
俺が心に教訓を刻みこんでいると、ビルの自動ドアが開いて、中から青山が出て来た。
青山は俺とロロの近くに来ると、耳に掛かった髪をかきあげて言う。
「そういえばあなた達、まだ支部には顔を出してなかったわよね? 」
「確かに」
青山にそう言われて俺は確かに自分とロロはまだ『セイヴァー』極東支部とやらに1度も顔を出していないことに気付く。俺は青山に問う。
「なら、いつ行くんだ? 今日は木曜だから、明日も学校だぞ? 」
「でも、あなたどうせ土曜日も日曜日も寝て過ごしてるんでしょ? 」
「ちゃんと勉強してるぞ! 」
「ふーん。殊勝なことね。じゃあ、そうねぇ……」
そして、青山は少し考える素振りをした後、人差し指を立てて言った。
「じゃあ、今週の日曜日に駅前で集合。これでどうかしら? 」
「異論はない」
「私は主の望むままに」
こうして、今週の日曜日に『セイヴァー』極東支部へと足を運ぶこととなった。




